想定外が連続
ボチャァンッ
"港未来"よこはま。そこはもう水だらけの異世界となった。
海洋生物にとってはとても楽園だろうが、人間達にとってはそうはいかない。
しかし、人間とは違うのだから。彼等が争いという結論を出しているのもおかしくはない。
ドバアアァァァァ
「おいおいおい。今度は滝か?」
舞台は再び、フォーワールド。突然、襲い掛かった洪水を対処したクォルヴァとアレクであったが、その量はまだまだ増えていく。水が浸入してくる量も脅威だが、箇所もまた多すぎる。
「キリがないって感じかな?」
クォルヴァが止められる範囲に限りがあり、アレクにも水を一気に蒸発させられる回数に限りがある。長引くほど不利なのは分かっている。そして、長引けば被害が増す。
「どーしよっか?アレクくん!」
「この水が"ザクロ水"ってことは、欲しいのが転がり込んでラッキーだったが。位置が悪ぃ……か」
人間が多く住んでいるところに、こんな危ない代物を管理させることは考えになかったが。向こうから来ちまったのはしょうがない。
「クォルヴァ!ここに海を造るぞ!!」
海を造るという計画。人間らしい発想ではない。せめて、ダムが良いだろう。
「海ねぇ。……それも仕方ないよね」
フォーワールドは自然が不足しており、土地の大半が平面でできている。海を造るといったが、平面の土地に大量の水が流れ込めばほとんどが浸水する。
かといって、ここから水をせき止める工事を始めても遅く、それよりも水は早く増えていくだろう。
「土地をぶっ壊す」
春藍がいない(いても、止められない規模でもあるが)ことを考えれば、土地を破壊して造るしかなかった。地盤を大きく下げようという考え。
しかし、問題は当然ある。
「どうやって、もう水に沈んだ土地に穴を空ける?この水の量と勢いは待ってくれないよ?」
破壊は簡単であるが、地盤を沈めるとなると大掛かりな用意が必要となる。技術的には可能であるが、時間と人材が足りていないだろう。
発想は買うが現実的ではない。
「大丈夫だ!策はある!!」
「え?」
「若にライラの部屋から、"例の物"を盗って来いと指示している」
「女性の部屋からの物取りを指示するんだね。若くんも不憫だね」
そんな若はライラの部屋に侵入して、アレクに言われた物を探していた。
「くそー!どこにあんだよ!まさか持ち出したのか!?」
綺麗に整頓されていたライラの部屋がみるみる散らかっていく。彼女の衣類も勝手に取り出される。帰ってきたら、完璧に説教される。
アレクの記憶が正しければ、持ち帰って来ていたらしい。
ドガラァッ
「おっ!これか!?」
持ち帰ったはいいが、これを扱える仲間がいない。ファンタジー物にしては珍しく、剣を使う連中があまりいないんだよね。
ライラの部屋から見つけた剣。いや、刀か……
「桂の愛刀!"一刀必滅"!こいつで間違いねぇな!!」
"科学"ではなく"超人"の力を宿す刀、"一刀必滅"。管理人ナンバー030の存在が刀となったものである。あらゆる物を破壊する能力であり、制御することは難しい。ライラが桂の遺品ということで預かっていた。
「なるほど、桂の"一刀必滅"を使って、無理矢理、土地を壊すんだね」
「防波堤とかはしっかり建造するがな」
「ひとまず、土地を変えなきゃ話にならない。"一刀必滅"が届き次第、私が水中に入って土地を削ろう。私なら溺死になることはないから」
とはいえ、クォルヴァが防衛に回れなくなること。
「人の数が必要になってくるな」
「しばしの辛抱だね」
現状、2人でなんとか、流れ込んでくる水を塞き止めている状況だ。
アレク1人ではとてもじゃないが、防ぎきれない。決壊が始まってから1時間経ち、ようやく大勢の作業員と資源、重機機材が集まり始めた。
「うおっ、水がこんなに……本当に止まっているのか?」
「あっちなんか水がドンドン流れ出ている。このままじゃ、……この異世界は浸水するんじゃないか!?」
移民達も含めて、4千人にも及ぶ人間が集結した。急ピッチの塞き止め作業を行なうための人員だ。また、その後ろには円滑かつ効率よく運搬が行なえるよう、山佐達が抱える輸送業者が並んでいた。
「見て分かる通り。この波を止めなきゃ、フォーワールド全体に波が押し寄せる、スピードも正確性も問われる」
クォルヴァは若の身体を借り、半永久的に動けるだけの準備も整った。腰には"一刀必滅"がぶらさがっている。
そして、アレクはどのような形で防波堤を製造するか、決断していた。資料を作る余裕などない。的確に人員を配置し、口のみ指示をこなしてもらうしかない。
「もっと広がれ!土地や家を守ることは考えるな!自分達の命を優先しろ!」
フォーワールドの南側を大半、水にすることにした。それはこの地域に住んでいる人達にとっては、糾弾するなというのが無理な話。しかし、アレクはその判断を自ら決めた。ヒュールでもなく、クォルヴァでもなく、彼がこの判断を決定したこと。
「おーっし!それで良い!7分後にクォルヴァの能力を解除する!!今から"壁"を作れ!」
アレクは急ピッチに造られた高台の上に立っていた。波が来れば壊れてしまうほど脆い。この上で全体の指示と波を食い止める役割がアレク。
同時に、津波が押し寄せる前にやっておかなければならないこと。
「すまねぇ」
スタートが同時ならば確実に範囲とスピード、パワーで津波が勝つ。
しかし、下準備ができるのはアレク側。"紅蓮燃-℃"を土地に向けて放ったのだ。津波が来るよりも前に、町が焼き尽くされた。
「守りきれるもんは決めてんだ。このフォーワールドは守る」
アレクの炎がかけられた範囲が、津波被害を食い止める最小限の範囲の設定。それは他人から見れば広すぎるものだが、ここにいる者達にとってはそれが本当に狭量だと感服する。
"ザクロ水"は一定の温度でなければ増加することはない。アレクの炎ならば小さくても、多くの水を蒸発させられる。
「あと3分」
準備は整っている。アレクは土地を焼くだけではなく、クォルヴァの能力が解除される数秒前に"紅蓮燃-℃"を起動させて、津波の第一陣を焼き尽くす。第二陣を事前に土地を焼きつくした炎で足止め、……それ以降は状況次第。
「さーって、覚悟はできたよね?若」
『ホントに大丈夫なんだよな!?僕の身体だからな!』
「大丈夫。水の質量をまともに浴びても、死ぬことはない。痛みもあまり感じないよ」
『ホントだな!?痛いのは嫌いだから!』
「ああ、それは私だけの話だけど」
『なんだとーーー!?』
「嘘だよ、冗談冗談。一心同体なんだから平気さ」
土地を破壊するクォルヴァと若。一気に津波の中へと飛び込んで、土地を"一刀必滅"で穴を空けまくる。この刀は手加減が難しいため、とにかく、掘れとの指示を受けている。
「さて……?」
『どうした』
作戦決行まで、残り1分と切った時だった。
バギイイィィッ
新たな空間の亀裂が入った。
「ちょっ!」
『は!?』
その亀裂の大きさは予想していた水量を超える量が来ると、断定できた。それを最も近場で見ていたクォルヴァと若には理解できる。これはもう一瞬で自分達に襲い掛かる。
「アレク!!始めろぉぉぉっ!!!」
無論、クォルヴァが大声で叫ぶ前に。アレクだってこの現実を目の当たりにしている。想定外のことが本当に起こる。
ドバアアアアアァァァァッッ
新たに現れた空間から大量の水が噴出し、津波と化してクォルヴァを飲み込んだ。だが、それよりも早く。自身の能力を解除し、止めていた周囲の水を動かしていた。つまり、クォルヴァは自分を守るための能力を使えたこと。
ボコボコボコ
『平時』
クォルヴァは若の肉体を借りており、身体能力は若ほどのパワーしかない。しかし、若の肉体は津波の直撃を浴びても壊れることも、溺死することもなく、勢いに勝れないが、負けることもない。
若の呼吸が止まった。しかし、それでも生存している。
「如何なる力でも今の私達はこの状態が保たれる」
『津波直撃だったが、無傷かよ。なんつー防御性能だ。やっぱり、桂やポセイドンクラスの実力者なんだな』
「防御ではないです」
『へ?』
「今の身体、すでに100回は死んでいます。しかし、臨死の状態から超高速で蘇っているだけ。私は防御より回復が専門なのです」
『人の身体を勝手に何百回も殺してんのかよ!?』
押し寄せた津波を乗り切ってから、クォルヴァは地面に向かって"一刀必滅"を突き刺すのであった。超有能なドリルみたいな扱いになるとは、桂は思ってもみなかっただろう。
ドゴオオォォッ
一刺しで広範囲の土地が消滅する。さらにはその周囲の水までも打ち消す。まず、クォルヴァ達の始まり方は順調に近かった。