勇浪
「くぁっ……あーっ!」
ロイが起きると隣にいたはずのNM_Hはいなかった。日が昇った時刻にちゃんと目覚め、外で待機していた。
「ん?何してんだ」
『おはようございます、ロイ様』
待機していたと思っていたが、なんかいつの間にやら魔物を手なずけていたNM_H。植物を食べて生きていそうな優しそうな魔物。
NM_Hは沢山の草を分け与えていた。いつ拾ってきた……。
『魔物も言葉を使います。しかし、まだ乏しく私達が聞き取れるのも少ないです。言葉が通じ合えるように造られた私達も、勉強中というわけです』
「魔物の言葉を覚えるって、使用用途はあるのか?」
こうして、目の前にいる魔物に対して言うべきことじゃないが。
『生産効率を上げるため、言葉を知れば家畜の飼育にも役立ちましょう。生きる命は誰かの命を奪わなければなりません。今、私が手に持つ草のようにね』
魔物に食べさせながら優しく触れるNM_H。
動物園かなんかに就職したいみたいな事を言う。
「アレクの奴はこーゆうことを理解して送ってんだな」
『私はラフツー様達の言語データを入力されています。人との会話は99%、こなせると思っております。それでも全ての言語を理解したわけではありません』
「向上心が高いことだ。とはいえ、言葉が通じ合える魔物なんて珍しいもんだ。あんまり言葉を過信するなよ」
頭の中にある平和なり、戦争なりが。きっと言葉だけでしか分からないんだろう。昨日のことも含めればな……。
ロイは食事のため、魔物を狩り、食べてからこれからのことを考える。
昨日見た、あの鳳凰の卵を入手するわけだがどーすればいいもんか。NM_Hが魔物達と会話し、その数をいつの間にか増やしている。ロイにはない情報を収集する能力がNM_Hには備わっていた。
『そうですか、貴重な情報をありがとうございます』
「なんて言っているんだよ、こいつ等」
ロイが狩ってきた肉食の魔物の肉を寄越せという目をしている魔物達。絶対、交渉の材料にしたな。
NM_Hは周辺の魔物との会話で、鳳凰の生態についてより詳しく知ることができた。と同時にロイの肉を奪ってさっさと森へと消えていく魔物達。
「ったく。3つくらいで腹一杯だからいいけどな」
『ロイ様。どうやら鳳凰の卵とやらは火山の中にあるそうです。魔物さん達が教えてくれました』
「だろうな。卵を産むにしろ、哺乳類みたいに赤ちゃん産むにしろ。天敵のいない安全な場所で種を撒くだろうな」
『活火山への安全なルートも教えてもらいました。とりあえず、そこまで行きましょう』
そこまでって。そこから先をどうするかが重要だろ。
『私が話し合ってみます。実際に会えばきっと言葉は使えますよ』
世間知らずはどちらかというと俺のポジションなんだがな。
とはいえ、俺も直接の戦闘はなるべく避けたい相手だよ。お前に危害が加わらないところまでは見守ってやる。
休憩地点から一番近い火山へと向かっていくロイ達。2人の行動など、鳳凰やその他の魔物達に分かるはずもない。
「暑ぃな」
山の周りは熱風が吹き荒れる。鳳凰がいるせいで気温が上昇しているらしい。大抵の魔物は鳳凰を恐れるため、山の付近にはいない。
「つーか、見えるけどな。あの巨体だし」
鳳凰が遠くからでも見えるほどの巨体だ。喰い方もグロテスクな上、高温を発する魔物と来ればまともにやりあえる相手じゃない。少なくとも、人間ではキツイ。魔物から聞いたという安全ルートも、普通の一般道的なもの。
鳳凰に近づくことを恐れている魔物が多いからだ。
「くきゅるるるるる?」
ロイもNM_Hもほぼ順調に山を登っていく。障害物はあれど、ロイの身体能力を持ってすれば障害にすらならない。
この山に住んでいる鳳凰は二人が近づいていることは知っているだろう。しかし、手を下す価値はないと判断していた。自分達が動けば山は崩れるし、我々のことを崇める存在がいることも知っているからだ。
トーーンッ
その人間は鳳凰の姿が好きだからだ。圧倒的なスケールを持つ鳳凰を崇めていた。目をこらせば誰にも気付かれない、気付きようがないほどの距離から標的を鮮明に確認できる。
そして、彼はその距離を理解していない。算数すらロクにできない知能。
この自然界に勉学という理念がない。そもそも理念もないだろう。
険しい山を登るロイ達に横から襲い掛かろうと、とんでもない身体能力で近づいていく。
「ん?」
ロイが岩場の中心で何かが近づいてくることを感じた。しかし、この険しい山道の途中。道という場所もロクにないここにどうやって来る?鳥か?
バギイィィッ
両者が本当に姿を会わせた瞬間、両足は迷う事無く動き。同じ場所、そして同時に捉えていた。
「きょぉっ!?」
「なんだぁ!?」
ロイは受け側であるし、自分の足場が不安定なこともあった。突如、急襲してきた謎の人間に力で負けて山道のルートを外される。
「うおっ!?」
『ロイ様!!』
一気に山から落とされるような急傾斜にロイは飛ばされる。何か障害物があれば掴んで勢いを止めたが、それらしい物は周囲になかった。
一方で、突如現れた彼はロイに奇襲を防がれたことに興味を持ち、無防備なNM_Hではなくロイの方へと襲い掛かった。
「人間か!?」
この自然界に人間がいるとは思っていなかった。自分と同じ"超人"の類。
転げ落ちながら体勢を整えるロイに追撃せんとする彼。ハチャメチャな戦い方であるが、ロイもまたそれを受けている。
ミギイィッ
有利不利を理解している頭はないが、ロイが自分の攻撃を止める。
初めて自分とそれらしい形と出会い、こうして対等に戦える存在と出会えたことで気持ちの整理が上手くできていない。転がりながらもロイは必死に敵の隙を見出した。
パシイィッ
「ぎょ?」
「杭になってもらおうか?」
転がりながら彼の左腕をしっかりと掴んだロイは、彼を持ち上げてから勢い良く地面に叩きつけて頭から両肩まで埋め込む荒業を決めた。
彼を杭にすることで転がり続けていたロイの勢いが止まった。敵を地面に突っ込んだ際、右腕も地面に入ったがなんとか抜けた。
「ふぅー。あぶねぇ」
『ロイ様ーー!大丈夫ですか!』
「おう。心配ねぇよ」
傾斜面を持ち前の身体能力で昇ろうとするロイ。突如現れた敵の詳細については後回しで良い。この状態になりゃ早々復帰はできない。
すぐにNM_Hの元へ駆け寄ろうとした時だ。
『ロイ様!後ろ!!後ろです!』
「あ?」
必死な表情だが、伝えている声に必死さはなかった。ロイの振り向きがちょっとゆっくりになっていた。
「ぷひゃひゃひゃ」
両足の動きのみで彼はなんと地面から頭を引っ張り出した。痛々しい血が流れていても笑いながら、自分の血を飲んだ。
「なんだテメェ?いきなり襲い掛かりやがって、このままやるか?」
「ふひひひひ、うきゅきゅきゅ」
ロクな言葉を発しない。NM_Hは彼の言葉を聞いただけで彼が何も知らず、何も分からないことを察した。感情表現のない言葉の羅列だけ。
彼は動くことだけで自分を表現する。
「しゅしゅしゅるるる」
「何言ってんのか、わからねぇな」
ロイは彼と向かい合った。
「ただ俺を殺したいのは分かってやるよ」