空気の読めなさ。それは怒らせる的にも、笑わせる的にも…………
リアに一度触れただけで、春藍には理解できた。二度目で訊こうと思った。
「リアは体全体が機械なの?」
「!!!?」
「!っ」
それをなぜ察した?っと、春藍のあまりにも無防備さから想像もつかなかったインティ。自分はリアと出会った時には普通の人だと思えて、能力を初めて見た時知った。
どうして分かったの?ってインティは顔に出たが。リアはまったく違う顔。気付かれた事に暗く影を落とし、それが人間ではないものだった。
人は怒りだけで簡単に人間とは違う顔になれる。
「あなたは死にたくなりましたの!?」
「!えっ」
先ほどまで楽しそうにしていた顔が吹っ飛んだリアの怒りの顔。ライラとは別の邪悪を秘めた女性ではなく、人間としての怒りの顔だった。リアにとって今消し去りたいのは春藍よりも、その前にあった。
「ワタクシが気にしている事をへーぜんと言うのですか!!?」
なぜ、自分はこのような形で生まれてしまったのか?機械(科学)となって生きている自分。
人間に成りすまそうと思われるかもしれない。常に手袋を付け、インティほどじゃないにしろ肌の露出は控え、左目は赤い機械の球体になっており、晒せば分かるため、隠れられる程度に前髪を伸ばしていた。
「ワタクシは人間です!!機械で動いてなんかいないわ!!この童貞がああぁぁ!!」
銃器がなくとも、リアの拳は鋼鉄でできているため春藍の顔面をぶん殴れば、ライラの比じゃないほどの威力がある。砕けるのは必死だろう。だけれど、そこから春藍は笑みをこぼして。
「そうだと思うよ。少なくとも、僕よりもリアは人間らしいよね」
「っっ!?」
まさかの童貞すら(たぶん意味が分かっていない)承諾し、春藍は言葉を遠慮なくリアに送った。
「機械で体はできてるからと言って、魂はリアだよ。アレクさんはよく言っていたよ、"科学"には魂があるって。けど、本当に魂が込められた存在があるなんてリアを見て確信しちゃった」
「っ……………!」
現実は肯定であるが、怒りによる否定を放ったリア。
しかし、春藍の予想外の受け入れと、新たな発見を感謝するかのような顔に言葉と怒りを失ってしまった。自分が春藍を拾ったその好奇心を思い出した。この世界や人を理解していない心が羨ましかったらだ。
危うくはあるが、無知なりの優しい心がある。
「リア、暴発しないでよ」
「……っ……」
「?」
仲間以外ではこんなに優しい言葉を言われたのは初めてだ。
インティやパイスーも、若も……誰でも最初はリアの機械仕掛けの体に驚いて、リアを信頼するような言葉を投げかけた。春藍のような言葉ではなかった。こーゆう生き物は
「まったくですわ」
リアは怒りから春藍を試すように左手の手袋を外し、左の前髪を乱して曝け出した。リアの右目と左目は明らかに違う。人間の持っている目と同じ右目、赤い球体の機械である左目。極めつけは左手だ。手の形こそは手であるが、皮膚がなく、金による骨組みだけしかなかった。
その左手で春藍の右頬を触ってあげた。とても冷たい温度だと思う。
「こーされてもあなたはどうしてビクつかないのかしら?こんなに冷たい左手よ?」
「確かに冷たいね。けれど、こーやって優しく人に触れられるのは温かい気持ちを持っている人の行動だと思うよ」
リアが聞きたかった言葉を、春藍は絶対に知らなかったけど100点で答えた。
人の形をした完璧な化け物であるリアに対して、何も悪く思わず尊重していた。こんな優しく、許してくれる人達に囲まれていた世界にいたのならきっと良かった。
だけれど、その許しを持っているというのは不幸に近づく素質を秘めている事だ。リアは春藍から手を離し、手袋を填めた。そして髪も戻した。触れても早々自分の体が機械でできているとは分からないいつもの恰好に戻った。
「世界にたった一人でも」
「?」
「あなたのような優しさを持った人と、出会う事があれば幸せでしょうね」
静かになった時。
トロォッとリアが持っていたアイスクリームが少し溶けて、服に付いた。それに気付いてリアはアイスを持っている事を思い出すように二段目に乗っているアイスを食べた。春藍のアイスも溶けそうで急いで食べた。
「こうしてアイスを食べてるとこも不思議に思いません?」
「それは不思議に思うなぁ。どんな原理でちゃんと消化しているのか、僕はリアの体の事が知りたいって好奇心が出てくるよ」
「変態ですわね、春藍。高貴な女性を口説く言葉としては不適切ですわ」
「へ、変態って……ライラにも言われてるのに……」
いつも言われているような罵声のような、声質ではなかったがしょんぼりする春藍。その表情を励まそうとするかのように、春藍が持っているアイスを横から顔を出しリアが食べてしまう。
「あ」
直後に機械ではない。れっきとした人の唇が備わっている、リアの唇は白いアイスクリームがややついていながらも春藍の唇にソッと優しく、慣れているように重ねた。
リアはまた春藍の口の中に舌を入れてあげたが、春藍にはそんな大人な礼儀を分かっていない。何をするんだ?という疑問しか沸いていないような顔。むしろ、見ているインティは顔を真っ赤にして凝視していた。
リアが春藍の唇から離れた時。春藍の顔は呆然としていた。
「んふっ。もう少し、春藍が大人になってワタクシの事が好きになったら」
「え」
「この続きをまたしたいですわ」
その続きも、今のも……春藍には分からない馬鹿っぷりを見せて、リアに聞いた。別にまたやって欲しいとは思っていない。その言いにくい気持ちがある好奇心だ。
「つ、続きって、どんな事をするんですか?」
「ぶふっ」
インティが、真っ赤な顔から笑いそうな表情になり、声にも出たが。春藍とリアには見えてもいないし、聞いてもいない。
春藍の質問にリアはちゃんと分かる言葉だけを教えた。続きを今やっても意味がない。春藍自身も覚えてくれないと楽しさが増えない。
「クリトリスについてよく勉強をしなさい。そうすれば続きがどーゆう事か理解できるわ」
「ク、クリトリス?」
「高貴な女性にそれがなんなのか尋ねるなんて、男性として恥ずかしいですわよ」
春藍の表情がもう、それはなんなんですか!?って尋ねていてリアには笑えた。可愛い。
「リ、リア。その、自分で高貴って言うの?恥ずかしい事も言ってるよ……」
「高貴な女性って淫乱な気持ちを、それこそ毎日押し潰しながら苦しんでいますわよ」
「い、淫乱ってなんです?リア!インティ!」
「リアがそのー……言うべき事じゃないんだよね。というか、おかしいよね?春藍くんは自分で勉強してねー、そーゆうこと」
「そ、そんなぁ。教えてください!なんだか恥ずかしいじゃないですか!」
「ウチも恥ずかしいよ」
インティがこの微妙になってしまった空気に困惑。リアがアナタが教えなさいよっと意地悪な表情を出している。
一方、その頃。隣の部屋では。
「い、一体隣で何が起きているのよー…………殺されてたりしてないわよね」
「ただ歌っているだけだと良いですけどね。何をしているか、女性が2人もいましたし、ちょっと複雑です」
ライラとネセリアがずーっと春藍達の様子を探っていた。だが、聴こえてくるのはオーケストラの曲だけだった。なんだか2人共、不安という気持ちで一致して待っていた。
カラオケに入ったというのに音楽を一つも流さず、メニューも頼まない。
「早く出るなら出なさい。さっさとアレクを探しに行きなさいよ」
「カラオケのBOXの中にいたんじゃ見つかりませんよね」
この待っているだけの虚しさ。
苛立ち。早くしてくれないかなーって言ってやりたい。だが、それを言いに行くと自分達は一体何をしているんだと言われて、って春藍が勝手な行動をしたのが悪い!
ってな感じの事を部屋に突入して言いたい。そうすれば、無事に捜索に調査が進められるのに。
「あ、音楽が消えたのかな」
「!!動いたみたい!?ネセリア!」
注意をする前に春藍達の部屋から音楽が消え、廊下に出ている光景がライラ達にも見えた。短いようだが随分と長くここに隠れていたと感じた2人。
「追うわよ!ネセリア!」
「はーい」
再び春藍達の後ろを追いかけるライラとネセリア。本当にアレクの居場所を聞き出せたのか?絶対嘘だと思っているライラ。その春藍とリア、インティの会話。
「そ、そんなー。アレクさんの居場所を教えてくれるってリアは言ったじゃないか」
「ええ、春藍に教えましたとも。ワタクシはアレクさんを知りませんと」
「意地悪過ぎるよ、リア。春藍くんが信じていた顔をしてたのよ」
「春藍くん。覚えておきなさい。教えるという問いは、YESやNOでもない答えもあるのですわ。ただ真面目に生きているだけではダメなんですわよ」
リアの意地悪な笑顔。春藍の少し落ち込む可愛い顔を見て満足しているような表情だった。
「1人よりも3人で探した方が良いでしょう?そうでしょう?」
「う、うん。けど。リア達は用事とかはないの?」
「特に今はありませんわよ、ねぇ」
「まぁ、そう言っておくよ」
とはいえ、またしてもリアが先頭に立って向かっている場所は。アレクが絶対に居ないだろうアイドル用のファッション店であった。ここに作られた物はなく、ほとんど異世界からの輸入品である。歌唱力が多少あり、容姿が優れていればアイドルという立ち位置となって売れて生き残る選択肢もある。ファッションもそれなりにここの世界では武器である。
揃っている洋服はとても綺麗な物だったり、時には際どい洋服だったりする。3人が並んで女性専用の洋服コーナーに入った。
「これはインティに似合うんじゃないかしら?」
「そ、そんな破廉恥な物はウチには着れないよ!」
「黄色チューリップのメイド服。ネセリアにプレゼントしたら似合うかな」
春藍は洋服を眺め、選んだ服を着ているネセリアやライラ、リア、インティの姿を想像しながら良し悪しを思ったり、時には春藍が選んだ服をインティに試着させて楽しんでいるリア。外から見ればそれはとても普通の仲良しに見える。
「な、なんで洋服店にずーっといるのよ、何笑ってるのよ」
「ねーねー、ライラ。こーゆうのはアレクさんに似合いますか?」
「それどころじゃないでしょ!」
歯をギシギシとさせてライラは、すげー楽しそうに笑っている春藍を睨んでいた。一方でネセリアは、春藍と同じく男用の洋服コーナーで2人に似合いそうな衣服を選んでいた。というか、どんな形でどんな材質なのか春藍にちゃんと伝えれば作ってくれる。
そんな男1人、女4人の異世界人が集まった洋服店は突如としてウェックルスの"ポリス"に囲まれたのであった。