情報侵略
もっとも厄介な朱里咲はメテオ・ホールにぶん投げました。
「準備は……"オペラ・クルセイダース"は準備できましたか?」
「陣は完成しました」
「よろしい」
朱里咲との距離を置きたかった藺。メテオ・ホールに、遠方から奇襲を仕掛けさせ、朱里咲が向かうよう手をつくした。
まだ大勢の戦闘要員は残っているが、藺からすれば厄介なのは純粋な戦闘能力を持つ水羽のみ。
「山羊波さんも待っていることです。テキトーに騒ぎを起こして、雑魚達の誘導を願います。水羽は謡歌ちゃんを使って足止めさせます」
「分かりました」
侵略されること。
広すぎる領土と、管理が追いつかないほど増えた人口によって、レモンと山羊波、藺までもがあっさりと領地に侵入できた。
向こう側の戦闘準備は万全。
謡歌を使い、レモンが得意とする戦場を作り上げた。
「"住民合唱曲"」
人々が言語を理解し、文字を尊重したことでレモンの攻撃は多彩になる。
「うあああぁぁっ!」
「なんだぁっ!?」
突然。書かれていた文字が具現化し、人々に襲い掛かり、また自分達の発する言葉もまた自分を襲う生物となれば混乱は当然。
情報伝達を乱しつつ、戦場を荒らすレモンの能力はかなり厄介であった。
文字の具現化と生物化ができる範囲をレモンがコントロールする。騒ぎながら逃げ出す人々を水羽達から遠ざけるようにさせていた。
「よいよい。騒ぎを聞いて、水羽より先に戦闘ができる烏合の衆がやってくることでしょう」
アメジリカ側からすれば突然で、理解不能の攻撃に見舞われることだ。
レモンと藺が侵入していることなど分かるわけもない。
「一体何事だ!?」
「そ、それが文字が突然人を襲いだすんです!」
そうやって情報のやり取りをするだけで具現化される厄介な力。
『一体何事だ!?』
『そ、それが文字が突然人を襲いだすんです!』
口にして、本当に痛い思いを知る攻撃。やってくる軍隊達もレモンの攻撃に苦しめられ、原因を彼女達なりに探っていた。朱里咲の離脱がこの混乱を大きくさせたのも要因だろう。
「水羽様!」
「異変なんでしょ?」
とはいえ、水羽も外の音だけでなく、謡歌を守る部屋の中で起こった出来事で侵略されている現状を知っていた。
出現した文字達を一瞬で殴り、崩壊させた。喋りながら簡単に文字を壊していく。
「敵がこの本部内にいる。複数人で組んで敵を探すんだ。僕はまだ謡歌を守らなきゃいけない」
「……承知しました。我々だけで対応します」
水羽への信頼は朱里咲と比べれば薄い。そして、経験も朱里咲と比べれば若すぎる。レモンの奇怪な攻撃の前に苦戦するが、痛すぎる損害は出ていない。実際に触れた水羽は、レモンの攻撃によって死という結末は低いと見た。
奇襲に加え、予測不能だから自分以外の者達が混乱したと頭で回答。
水羽が単純過ぎるほど、強さに傑出している。
一方で藺とレモンは強さではなく、応用力や発想力の傑出。真っ当な一対一を好まない戦闘スタイル。
「じわじわ行きましょうか」
『じわじわ行きましょうか』
パチィンッ
「……レモンちゃーん、私と山羊波さんには発動しないように工夫してくださいよ。音でもあなたの能力が発動するんですから」
「ごめんなさい。忘れてました。今消しました」
仲間との協力プレイによって、その力が異なっていく。
藺も手にしている人材を扱い、人々を誘導させつつ混乱させていく。
「管理や防衛が徹底されていない。情報の大切さ、恐ろしさをまだ知らない者達」
アメジリカは女性の世界である。藺は自分の、”人脈”の中から女性を十数人出し、情報網を乱すために用いた。所詮、捨て駒。いくら死のうが捕まろうが、こちらで完全な洗脳を行なっているため、藺が不利になることはない。
「助けてください」
『助けてください』
「こちらに敵が!」
『こちらに敵が!』
あちこちから、藺の使った女性達が救難の要請をかけたり、敵を見つかったなど誤報の連発。軍内部の信頼を崩し、民衆達の不安も高まる。
ただでさえ、情報の共有を難しくしているレモンの”オペラ・クルセイダース”を常時浴びていることもあり、予想を上回る早さでアメジリカの内部が弱っていった。
「2人一組で敵を探ろう!」
「見つけ次第、赤い煙幕を張ること。これならば文字の攻撃からは免れる!」
水羽の指示がようやく軍隊に到達した。しかし、軍はこの情勢の中。水羽の指示を誤って解釈していた。
複数人で組んで、敵を探し、排除させるつもりであったが、彼女達の判断は二人一組で敵を探すという状態になってしまった。無理もない。会話するだけでも、ストレスや煩いを感じる。二人一組がギリギリ自分達が許せる許容範囲。
軍に加入している者達は皆、水羽や朱里咲に劣るも戦力だと思っている。敵の攻撃が未知であるが、そこまで恐るべき攻撃ではない(面倒な攻撃)。そーいった点は水羽と同じ考え方で敵を探しにいった。
「2人一組ですか。思ったより馬鹿で助かります」
確かに強いんだろう、だが、奇襲に対しての耐性はまったくないと藺は見抜いていた。”超人”という存在は真向勝負でこそ、その真価を発揮する。
「これならば私1人でも十分なんですよね~~」
挨拶もロクにせず、藺は弱い者同士が組んだところを集中的に奇襲していった。
レモンの援護もあり、藺はあっさりと敵を捕まえていく。必死に抵抗を見せるものには仕方なし、……っていうか、最初からする予定だった。
捕まり、恐怖を感じる者達を服従させる。
「”鉄格子の安全死”」
自らの異空間に対象者達を引きずり込み、拷問かつ洗脳の時間。現実と藺が保有する異空間では感じる時間の長さが異なる。
「上手くいくの?」
「させるのが私の仕事です。早く終わる仕事ですよ」
弱いからこそ、多少の拷問だけで記憶の混同を起こし、あっさりと服従する。
今度は藺が捕らえた者達を絡めてさらに情報を乱す。仲間が敵になるという恐ろしさ。無能が敵の中にいるという喜び。
完全に藺とレモンは敵陣の中で隠れながら、翻弄していく。アメジリカ側が知っている以上の被害をたった二人で与えており、素早くて黒い本当の侵略を行なっていた。