朱里咲 VS メテオ・ホール
シュタァッ
「…………いかんなぁ」
朱里咲が到着した。といっても、情報が途絶えた街が見えた地点まで来た。
「あんな緑の煙は出ていなかったぞ」
視力もかなり良い。高い山かなんかから見れば、状況が理解できる。
目を凝らしてもっと状況を確認している。このような原始的過ぎるが強力な索敵を持っているとは、藺達も想定外だったろう。
「全員、倒れているな」
しかし、火事といった感じでもない。この土地にある独特の自然現象なのか?
こーいった時、記録が大事だと思う。
「ふむ」
あの煙が毒だとすると迂闊には飛び込めない。それに人の転がり方、表情から察するに全員死んでいる。手遅れなのは間違いない。
問題はこの現象がもし、何者かの仕業だという場合。早急の始末が必要だ。あまりに危険だ。
朱里咲はここに来るまでの間、周囲を警戒しながら進んでいた。なんらかしらの大群が通り過ぎれば即座に気付ける。
だが、今の惨状を見る限り、人が関与したものではないのが明らかだ。当然、来るまでにそんな大群を見かけもしていない。朱里咲の頭は自分達が侵略する側としての、予測でしか動いていない。
「少し近づくか」
だから、これに深い理由があるとは思えない。この惨状の調査に乗り出すのは当然であった。
高速で移動し、街をもっと近く見られる距離までくる。
街の外であるが、こちら側が使者として送っていた者の死体が転がっていた。
「おい、どうした?」
死因を間近で確認する朱里咲。
彼女の死因は窒息死だった。毒殺とは違っていたし、
「随分と綺麗な死に方だ」
朱里咲は指で死体の胸部を裂いてより中身のやられ方を確かめる。指をメスのように見立ててやってやる。死体は窒息死であるが、随分と器官が綺麗なまま。誰かと争った形跡はない。
より細かく調べる頃には死体の形は、死体ではなくなっていた。
「?」
この者が街に入った形跡もあるとは良い難い。
このやられ方は奇襲と見ていい。綺麗な殺しの手口だ。
「いかんなぁ」
ワザと隙を作って誘ったが。乗ってこないか。それともやられると、直前で察したか?
「気配が漏れているぞ、魔物め」
この者はきっとここで殺された。それも一瞬の内にやられた。敵が近くにおり、奴はここから動いていない。注目させるような、あの煙がその証拠。
「かくれんぼかい?それとも、案外それが本体なのかい?」
朱里咲は町を覆っている煙の方を見た。メテオ・ホールの外見は明らかに自然災害の一種と見ても、間違いではない風貌だ。ここまで接近してくれた朱里咲に手が出なかったメテオ・ホールは、
「私は街に入るほど愚かではないぞ」
より勝ちやすいルートを選ぶための、最善の受けであった。
朱里咲がメテオ・ホールに気付かず、好奇心などで街に入るという可能性に賭けた受け。
「喋らないか?喋れないのか?どっちでもいいが、お前は期待ハズレと言っておこう。魔物討伐は趣味じゃない」
周到な罠を容易く看破する。普通、心配して中を調査するだろう?
もし、朱里咲がメテオ・ホールに気付かれぬ距離で観察していなければしていただろう。仲間を助けることではなく、敵の形を知るための調査。
朱里咲が警戒を発しながらメテオ・ホールの体の一部へと近づき、目にも止まらぬ掌打を繰り出した。
「む」
だが、煙となっているメテオ・ホールに掌打が通るわけもない。
朱里咲の少しの驚きは打撃が通じないという結果。今まで朱里咲の戦歴からは一度もなかった相手であった。
その確認だけをしっかりとしたメテオ・ホールはついに朱里咲への攻撃を開始した。藺が言うだけあって、こいつが只者ではないことは間近で見て分かった。
絶対の安心が欲しかった。
強い者と強い者がぶつかった時。相性というものも起こり得る。
メテオ・ホールが即座に朱里咲を呑むように体全体で突進を仕掛けてくる。街を飲み込めるほどの巨体ながらその動きは俊敏であった。
「っと」
朱里咲。これを見て即座に後退し、メテオ・ホールの突進よりも早く移動する。"超人"としての特性が光る、俊敏な動き。
メテオ・ホールが発する緑色の煙に十分な警戒をしながら、敵を観察し始める。
お互い様だが、一体どーゆう仕掛けをしてくるが戦闘の醍醐味。
「いかんなぁ」
打撃が通じない魔物がいるとは思わなかった。
少々厄介。煙の魔物と見て判断していいか?いやしかし、窒息した死体を見る限りそれだけの能力とは思えないな。
木々の上に乗りながら、メテオ・ホールとの距離をとっていく。
街を覆っている煙の全てがメテオ・ホールならば相当な大きさ。だが、この時点で朱里咲は予測を立てている。
「……………」
攻撃が通らなかった理由はいくつもあるだろう。
①、やはり煙か何かの魔物であるため、打撃が通じない。
②、煙は体の一部であり、本体が別にある場合。
おそらく、前者なんだろうな。でなければ、私が死体をじっくり確認するときに襲い掛かっても良かったはずだ。だが、こちらの攻撃を待ったということは奴になんらかの不安要素があると見た。絶対効かない生き物ではないはずだ。
接近は極力まだ控えるとして、奴の隙を見出すチャンスはあるはず。ここは守りに徹する。
『メテオ・ホール』
「!おや?喋るのか、お前」
『お前を殺す者だ』
「なんだ?調子付いたのか?」
一戦が始まる。その本格的なところで、メテオ・ホールから名を挙げた。
「慈朱里咲。貴様如きが知るには、早すぎる女だがな」
朱里咲 VS メテオ・ホール。
2人の対決が長引くことは想定の範囲内。そして、どちらもそれを理解していることが藺達の罠であった。