リアとインティと春藍……後ろにライラとネセリア
「ごめーん、少し並んでいて……あれ?」
「遅いわよ、インティ。"韋駄天"を使えばすぐに来れるというのに」
お昼の暑さが出る時にやってくる屋台に売っていた3段アイスを二つ購入し、持ってきたインティに見えた光景。リアの隣に男の子がいる!だけだった。リアが粗暴な性格だと知っているインティ。
イライラとかムカムカは昨日の爆発でないはずだけど、今日はムラムラしているんだと分かった。
確かに黒リリスの一団にこんなに可愛い感じの、女と一瞬間違えそうな面をしているリアが好きそうな子羊みたいな男の子はいない。筋肉もない。力は絶対に無いだろう。
ウチの好みじゃない。ってウチは男には興味がないよ!
「インティ。アイスを頂戴。暑い中大変でしょ」
「ええ。ですけど、一つはあなたのアイスで、もう一つは?」
「それはあなたのでいいですわ。相変わらず暑そうな恰好をして、体の中をアイスで冷ましなさい」
「いや、ウチが訊きたいのはそこにいる男の子の事なんだけど」
インティが目を丸くして春藍の事を見ている。春藍には彼女、インティがリアの友達だという事くらいしか分からない。
「あのこれ、食べる?リアに何を言われたか知らないけど」
「いえいえ、大丈夫です。僕はアレクさんって方を探していて、えーっと、リアさんがアレクさんを見かけたみたいですので、教えて頂きたいと思っているんです」
それ100000%嘘だと思うんだけど。と、凄い残念そうに春藍を見ているインティ。こーゆう意地悪には結構反対のインティは、リアをジロッと睨んで注意を出した。
「リ~ア~。止めなさいよー」
「あら?良いじゃないですか?」
「?」
「少々、ワタクシお退屈になられているんですわ。"管理人"が出てきてくれないと、暇で暇で……、男の子と遊んで気分転換がしたいわ」
「ん~~……、やっぱり止めなさいよ!」
インティはリアにアイスを渡しながら言って。その謝罪を告げるように自分のアイスを、春藍に渡そうとした。無駄な時間を取らせてごめんなさいと、一緒に言おうとしたら
ベチャアァッ
「あぁっ!」
「あ」
三段アイスの上段が崩れ落ちていき、春藍のズボンにベタァッとついてしまった。その瞬間、慌ててインティはポケットからティッシュを取り出し、自分のアイスをも地面に落として
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
「あ、いいよ。替えはあるから」
春藍のズボンに落ちたアイスの痕を消すように、ティッシュで懸命に拭いているインティ。それを優しく自分も拭いて、もう大丈夫とジェスチャーもする。
「ホントにごめんなさい!」
「ワザとなのかしら~インティ~ちゃん」
「ワザとじゃないです!ウチがドジやから……」
さっきの注意を返すようなリアの訊き方に耳を真っ赤にしてインティは言った。少しシミが残りもとれて、インティは少し安堵した溜め息を吐いた。だが、そんな安堵感もすぐに、
「ではカラオケに行きましょうか。気晴らしには良いですわ」
「ちょっ!リア!」
「この子の服にアイスをぶっかけた罪は、謝罪だけでいいのでしょうかね?」
「カラオケに行くのは絶対違うでしょ」
リアは思い出したように春藍に訊いた。まだ訊いていなかった事。
「あなた、お名前はなんですの?」
「僕?春藍慶介です」
「そうですの。春藍くん、一緒にカラオケで遊んでからお教えしますわ」
ホントに行くのってインティは、馬鹿らしく思っている気持ちになっていた。そんなリアの誘いに春藍は面白い事を訊いた。
「あの、カラオケに行く場合。お金はどうするの?僕はそんなにお金はないんだけど」
「お金の心配ですか?春藍くん、ホントにあなたって不思議な方ですわね」
「え?だって、カラオケに行くとお金が掛かるんじゃ」
お金の心配をしている春藍に、ホントに興味が沸いてきたリア。
インティも分かっている。この男は異世界から来ている人間だと。だが、春藍はリア達の事がここの世界の住民とでも思っているのか、それとも本気で良い人だと思っているのか?
「ウチ達の目的はさ」
「いいじゃない。"管理人"が現れなければワタクシ達は暇で死んじゃいますわ」
春藍には聴こえないように会話をしたリアとインティ。特別に掛け声をしたわけじゃないのだが、リアとインティが前を歩いていくと、春藍は何も疑問に思わず2人の後ろを歩いて行く。ちゃんと歩幅も合わせている、律儀な方だとインティには思った。
その純粋さ、律儀さ、馬鹿っぽさも含めてリアは面白いペットを拾ったと確信した。
「ちょ、春藍、何処に行く気よ!?」
「きっとアレクさんの情報が手に入ったんじゃないですか?」
「あれは絶対に違うわよ!」
遠くの物陰からやり取りを見ていた2人。
春藍と同じくらい人を信じてしまうネセリアと、明らかに怪しい二人に連れて行かれた春藍を見て焦りを出したライラ。アレクを探しに行かせたと思ったら、女と出会っていた。そんなことのために別行動を許した覚えは無い。
だいたい、この遠目で見ても。恰好や言動、雰囲気からしてこの世界の人間じゃない。
しかも、春藍が話かけた女の方は超危険な感じがする。笑顔の仕方が、最悪に嫌な女の面をしていた。
「追いません?ライラ」
「そうね……!って」
まさかネセリアが先にそんな事を言うなんて……
「春藍が向かう先にもしかしたらアレクさんがいるかもしれませんし、ちょっと春藍も気になります。知らない人達についていくなんて、絶対ダメです!」
「そ、そうよね!」
リアとインティにも気付かれない距離を保って様子を見ながら、追跡するライラとネセリア。少し見てれば分かるが。
「結構、春藍が楽しそうに話してますよ、ライラ」
「分かってるわよ!っー、何話しているのよね?」
とはいえ、二人の胸ならネセリアには完敗するだろうし、私の方がでかいでしょうね。って私は相手のどこを見ている!?つーか、今私。ネセリアに完敗って認めた気がした!
そして、春藍はリアとインティの後ろを歩いていたが、徐々にその差を詰めて。リアと隣になって楽しそうにお喋りを始めた。
「ですわよねー。ワタクシ、カラオケなどは音楽を娯楽にするだけに過ぎないと思っております。高貴な者は椅子に腰掛け、淹れたてコーヒーをテーブルに置き、聴く事に集中できる環境が。音楽が音楽としてあるべき姿と思っていますの」
「僕も音楽はクラシックが一番だって思ってるよ。休日はリアと同じように、そーやって音楽を流し聴いていたよ」
「クラシック仲間がこれで2人目となり、とっても嬉しい出会いですわ」
楽しそうに音楽の話をするリアと春藍。音楽の趣味が合い、とても楽しそうに会話している横でムーーーッと、睨むように二人を見ているのはインティ。
話についていけなくて、軽く嫉妬中であった。分からない話をするんじゃないと、言いたげだった。
「ここのカラオケで遊びましょうか」
リアはテキトーに見かけたカラオケ店に入っていき、リアがここでの遊びを全額支払うと口に出した。春藍の事を客人と呼んで割り勘を拒否した。
「!」
部屋に案内される前に、歌手を希望してそうな女性サークルが目の前を通った。
楽しいはずのカラオケ帰りのはずなのに、浮かばない様子だと春藍は察し出来た。リアもリアで、元気がない女性達を見た時に自分なりの言葉を春藍に吐いた。
「これがこの世界なのですわ。とてもクソッタレですわよね?」
「え?」
「お部屋で少しお話をしましょう。あなたのアレクさんも含めて」
まだワタクシの質問に答えないようにと、気持ちを込めたかのように手袋をつけた右手を自分の唇に当ててから春藍の唇につけてあげた。
「!……あ」
「ふふん、続きはお部屋でですわね」
そうされてから、春藍は少しだけリアの事を注視しながら。わずかにボーっとしているともとれる顔で見ていた。
カラオケボックスに三人が入ると、そこはまだゴミが残った場所だった。ちゃんと掃除して欲しいとインティが愚痴って、お菓子の空箱をゴミ箱に捨てた。リアは手早く、機械を操作して。歌うことを目的とした曲ではなく、来るまでに話をしたクラシック曲のモーゼルトという作詞家の曲を選ぼうとしていた。春藍はただボーっとして、ソファに座っていただけだった。
「何を頼みます?」
「なら、アイスコーヒーと2段チョコアイスクリームを3つ良いかしら?」
「リアってホントにアイスが好きだねー」
「ワタクシわね。インティ、厚着過ぎるあなたの事を思って頼んでいるのよ。脱ぎなさい。男もいる環境にもなったのよ」
「い、嫌です!」
三人が座ってから、リアが選んだモーゼルトとのピアノソナタの楽曲が流れる。注文した物もすぐにやってきて、
「どうぞ、春藍くん」
「ありがとう。リア……」
リアから渡されたアイスクリームを受け取った時も、手袋から伝わる触れた温もりを確かに受け取った春藍。そんな細かいところには気付かなかったリアは隣で、この大好きになりそうな世界で、とてつもなく嫌いなところを春藍に吐いた。
春藍がこの世界の住民ではない事は分かっている。"黒リリスの一団"以外で管理人を敵に回す行為をやるのは、よっぽどの深い事情。仲間には何度も同じような恨み話をしていた。だからもう理解されている。じゃあ、他はどうなのだろう?
「さっき通った女学生さん達。可哀想ですわよね?」
「え?」
「来週に試験があるのか、分かりませんけど。音楽だけが生存できる力、この世界は確かに多くの異世界に影響を与える力があるのに。あのような仕方なく音楽と携わった者を見ると、運命は残酷ですと同情してしまいます。大きな成果が生まれるための肥料ですわね」
生まれた時から、才能もなく。自分を信じてもそうさせてくれない現実は、たまらなく虚しさがあります。
「"管理人"という、神の真似事をする輩共がどクズでビチクソにキモ過ぎて。………なぜ、多くの異世界が。生まれた瞬間のように、泣いて喜べる世界にしないのでしょうか?どうして生まれた瞬間に悲しみや、空っぽな気持ちになるような世界ばかりなのか。疑問に思います」
「!」
音楽が流れながらも、春藍はリアの言葉を一字一句ちゃんと聞いていた。お互い、手に持っているアイスを見てはいなかった。
「リアは」
春藍はその話を聞いたから、質問したい事ができたわけではなかった。ただ、気になって訊いてみた。