アレク・サンドリュー主任
「ん…………んん」
ライラが目を覚ました時、見慣れない天井だった。それはそうだ。異世界に来ているのだ。クロネアの謎の力とラッシの一撃に敗れたライラ。彼女の長いようで短い冒険は終わった。
「ここは……」
起き上がると布団の中にいた。いや、これはどこかの世界で眠った場所、ベッドという物の上でライラは眠っていた。錠のような物も付けられていない。自由の身どころか、傷まで治されている。
「目覚めたか、異世界人」
「!誰!?……っ」
ライラは声を掛けた男に咄嗟に反応し、ベッドから飛び上がり戦う構えを見せたが……傷口がすぐに開いて、腰をゆがめた。
男は白衣を着ているが、とても大きくガッシリとした体型だった。作業員ばかりの世界。肉体派をアピールするように肉体が白衣の下から見える。
「無理するな、俺はお前を"利用"したいだけだ。敵意はない」
「な、何者よ」
「それは後の方が良いだろう。それよりもお前の命の恩人であり、俺のためにやってくれた部下を起こしてからだな」
男はそう言って、ライラとは違ってごろ寝の少年を起こす。"科学"の使い過ぎ、懸命な治療による疲れでグッタリと眠っている彼。
「起きろ、春藍。ライラという少女が起きた」
ペンペンと頭を叩いて、春藍はゆっくりと目を覚ました。
「ん…………アレクさぁ~ん?」
「ああ、お前のおかげだ」
春藍は目を覚ます。とても寝ぼけた顔だったが、ライラの顔を見た瞬間。眠気というのを吹っ飛ばしたような顔をした。
「ライラ!良かった!!助かって良かった!」
その喜び方はライラが少し退いてしまうほど、とびきりの良い顔だった。
「あ、あんたが私を助けたの。っていうか、"管理人"が」
ライラには状況が理解できない。
ラッシとクロネアに敗れた記憶があるのに、春藍に助けられた事。何が起きたか説明が欲しかった。
「あー!良かった!ホントに良かった!もうダメかと思ったけど、助けられて良かった!ホントに……」
「ここは俺の寮室だ。主任の寮室は広い上に"管理人"の監視はない。好きに喋ることができる。しかし、泣く事はないだろう、春藍」
「す、すみません。アレクさん……その、なんだか分からないけど、嬉しくて」
アレクはタバコを取り出して一本吸う。
彼も内心嬉しかった。
とりあえず、紹介の方はライラと最初に出会った春藍に任せる。
「ライラ、この人は僕の上司で。技術開発局の主任。管理人と同じぐらい偉くて凄い人。アレク・サンドリュー主任だよ」
「アレクだ」
「ライラが行っちゃった後、アレクさんが来て。アレクさん、ライラと話がしたくて。もちろん、僕もだよ。それで君を追ったんだ」
春藍の両手につけられている手袋。それが彼の科学、"創意工夫"である。
「ラッシにやられたお前だったが、まだ霧が深く奴等は回収に手間取っていた。その時間に春藍はラッシがぶち壊した破片の数々でお前の偽物を作り上げ、そして俺がお前を運んだ。クロネア達は偽物のお前を持って帰った」
「あたしを作ったって」
「命はない人形だ。だが、春藍の"創意工夫"は管理人の目も検査も騙せる」
春藍慶介
スタイル:科学
スタイル名:創意工夫
手袋型の科学。
手に取った物質を変化させる能力。春藍の想像力に対応して、変化する。
ライラの傷口から出た血や筋肉など、彼女の身体の一部も素材として偽物を作り上げた。
破片でも"創意工夫"ならば柔らかい皮膚にも変えられる。臓器などはロクに機能をつけられなかったが、形だけはしっかりと整え、ライラというフォルムを一寸も狂いなく作り上げていた。
わずかにライラの身体が入っていることで、管理人達もそれがライラだと誤認して持ち帰ってしまった。
「ですけど、あまりにも急ですから。長くは騙せないような」
「それでも十分だろう」
春藍はライラの偽物を瞬時に作った物のプロ魂故か、管理人達を騙せても不安でいた。
アレクは手短に重要なところだけを述べて、ライラが助かった理由を彼女に伝えた。
そして、ラッシから喰らった傷についても
「その。僕の"科学"でなんとか、傷の損傷を補ってみたんだけど、変なところはない?ついでに服もしたけど」
「!」
春藍に訊かれ、ラッシに撃ち抜かれた身体を再度確認した。
雷や風にやられれば肉は裂け、焼かれただろう。細胞も壊されていた。
それを何事もなかったのように修復している。春藍の凄い治癒力を感じ取れた。
って
「あ、あんた。あたしの体を触ったの?」
「へ?そうしないと治療できないし」
真顔で何も思っていないような声を出した春藍。少し恥じらいを見せているライラ。
ともかく、時間に限りがあるが安全と命は救われたライラ。そーいう事はしまった。
そして、アレクも春藍も。時間を作ることができた。
「あたしの世界の管理人。桂に、奴等は連絡してるでしょうね」
「!」
「桂が来たら間違いなく終了。あたしの目的も終わり。あたしの偽物がどこまで持ち堪えるか分からないけど」
ライラは時計を探し、見つけた時の時刻から気絶している時間を割り出した。
「3時間くらい寝てたのね」
情けない声を出した。
「桂が来るまで、あと2時間がいいとこ。けど、この世界から脱出する準備には10分も掛からないでしょうね(術が整うまで)」
「2,30分くらい話ができるのか?」
「そんな余裕は出したくないけど、興味津々のアレクに。助けてもらった春藍から逃げて得はないと思うし。私ができる範囲でなら」
とても限られた時間でライラは2人の質問に答えようとする姿勢を出した。
「俺が一番お前に訊きたい事は、俺も一緒にこの世界から出ることが可能か?」
アレクの質問は大人らしさが感じられないが、自由を求めていた。なんだろうか、ライラにはこの2人がとても不思議に見えた。
特にこの世界から出たいという意志がアレクから感じられる。
一方、春藍はその言葉にかなり驚いた表情を出している。
「ええ、できるわ。でもね。あたしの意志で決めさせてもらうし、あたしのやり方はどこ行くか分からないわ」
答え+解説までやるのは時間を短縮させるため。ライラのサービスであった。アレクがこの世界から出たいと言ってもどんな世界があるかなんて、ライラだって分からない。アレクの求めているような世界なんかに辿りつく確率なんて、1%もない。
しかし、それでもなお
「俺はそれで構わない。色んな世界を見てみたいだけだ」
「旅人になりたいの?冒険って甘くはないよ」
アレクは本当にここを嫌っている?でも、なんというか。世界は気に入っているが、管理人達を好んでいないのではないかと推測できるライラ。
そして、アレクの質問はまだ続く。ライラに興味津々というより、異世界にいけるという事に興味が沸いている。
「ここ以外に"科学"の世界ってあるのか?」
「あるわね。けど、こんなに科学が充実している世界はここだけよ。あくまで私が行っていた世界ではね」
「ライラの言っている世界に移動する方法は俺でもできるか?」
「それはできないでしょ?可能性は0とは言わないけど、"科学"の資質を持っているアレクが"魔術"を使えないでしょ」
「確かにな。そこは諦めるか」
アレクはフフッと笑って、癖でタバコを取り出した。それを見て
「タバコを売っていたりする世界はあるか?」
「あたしの"吉原"では売ってたけど、他じゃ見た事ないわね。希望が薄いんじゃない?」
ライラも馬鹿げている質問に笑顔を出した。タバコを心配するなんて喫煙者らしいかもしれない。
「異世界についたら最初に何をすべきなんだ?」
「何をすべきって、あたしは大抵人を探すわね。発音の違いや知らない言葉もあるけれど、管理人達が纏めているから大体の事は話ができるから。ここでの春藍みたく、管理人達の情報を聞いてたりするわね」
「食事はどうしている?」
「大抵サバイバルね。お食事処に行っても、その世界でのお金がないから食べられる事がないし」
「オショクジドコロ?」
「え?知らないの?お金を出してご飯を作ってもらうところ」
「配達はないのか?」
「料理を食べる専門の場所があるのよ。この世界にはないの?ちょっと信じられない」
「技術者が多いから手作りが基本だ。体調が悪い場合は、出来た物を持ってきてもらっている。食いに行くための場所があるとは信じられん」
世界観の違いを思い知る2人。
よく喋るんだなって、呆然としている春藍は思った。あまり春藍は喋る方ではない。いや、ここの世界の人間は口数は多くない。アレクさんがよく喋る人だと思っていたが、まさかこれほどとは
なんでそこまで話したい事があるのだろうか?
行ってみてからでも良いんじゃないか?それに自分が訊きたい事もアレクが質問して、ライラが答えてしまっている。凄く、その。気まずい。
春藍には知らない誰かに対して、興味は沸くものの誰もが思い浮かべるような単純な質問しか浮かばない。その先にある何かをアレクのようには問えない。仕事上では仲間との会話は仕事故に可能であるものの、人見知りであることが確かである。
興味はある、中身がない。心って奴が、彼は空洞である。
少しの寂しさ。
アレクという、尊敬する人は確かに自分が成りたいような事ができる人間だ。そして、ライラは異世界からやってきたというのにとても明るく。自分とは違っていた。
自分が入ることができない会話を聞くのは、苦痛であると感じられた。
そして、感じられるということは孤独ではないこと。自分が何も感じられなかったら、怖いと知れた。
「お前とはどこかで会っているような気がするくらいだ。俺も長く、楽しく話したのは久しぶりだ」
「あんた達の世界ってそんなに会話がないとこなの?凄そうな技術ばかりのくせに、寂しいところね」
アレクはクールな顔を出しているのに、楽しいと語った。表情はわずかに動いている程度。
会話を大分失われている世界なのだと、ライラは思えた。
生かさず殺さずの。優秀な者達を奴隷のような扱いをする世界。それが真理であると伝え、突きつける。精神と身体に異常を起こす世界。
だからその。先ほどからダンマリを決め込んでいる春藍に話しかけてみた。
「春藍からは何かないの?ねぇ?」
「え、……」
唐突の振りは心配という気配りをするライラの気持ちであり、その対応をとる春藍であるが。
「その……」
自由に答えて欲しいという問いが、とても難しいと顔に出して口をこもらせて、空っぽの頭に手を入れて探っても。ボロボロの布切れみたいな質問だったり、同じ事の繰り返しを訊く事しか出ない。
「うー…」
ここで自分は、"また今度にしよう"……そう言って、先延ばし先延ばしにすると仕事は一向に片付かない。仕事がよく出来る人間は、忙しくても今やる。
そうである。アレクにもよく言われた。仕事はそうするのだが
「ま」
「ま?」
人間関係については何も習っていない。何も知らない。彼の周りには人間であるという人間があまりにも少ないからであり、彼も人間あるという人間に近かった。
「また、今度でも、良いかな」
この今度はいつ来るのかな。