凄いことをやっているんだと、頭では理解しているが、中身がなんなのかは知らない
「情報伝達の強化と、子供の教育にも力を入れましょう!」
広大な領地に対し、活動している範囲に限りがあった。
それは食料や居住区の確保が足りていない事もあるし、情報を共有する環境が足りなすぎるのが原因だろう。
朱里咲と水羽の戦闘範囲は彼女達の感覚が届く範囲が限界。遠い遠い場所までの情報は頭にも入らない。
「私達には無線やメールなどのライフラインがあるんですけど。本格的な物はお兄ちゃんみたいな本当の技術者を呼んでからにしましょう」
領地が広すぎるため、ライフラインを全般に復旧させるのは極めて困難だ。まだ未開の道も多い。道作りも労働として入っている。
「原始的なんですが、紙とペンを使いましょう!"新聞"、"手紙"、"輸送"、……その全てを行なう配送会社を設立します」
原始的なやり取りこそ、0からのスタートには良い。
文明時代がそこまで発達していないアメジリカにとって、逆に人を使った連絡業務や情報公開は合っていた。"超人"ばかりを擁する異世界にとって、馬以上の馬力を持つ存在は多くおり、いわゆる飛脚会社を設立。
土地に農地と住居、病院などが建ち、町となる。
町をいくつも作っていき、情報を発信してみんなに公開する場を作り上げる。
「手紙を書く程度の文化やそーゆう輸送関係もやっていたけどね」
「でも、管理人がいなくなってから曖昧なところだったよ」
「みんな意見が遠くからでも分かるようになるのは良いなぁー」
情報をその一つで纏めるのではなく、全部に配布できるシステムを築く。
これにより住民達はよりアメジリカの状況と戦況をより把握できるようになる。謡歌はフォーワールドの山佐からそのノウハウを学んでおり、住居などの建設だけでなく、その番号と地域名を割り振るよう指示を出していた。(住所の設立である)
そうした情報を簡易的にすることで、これからの構築をより鮮明かつ簡易に置き換えやすくなる。
考案した物に続き、手が走っていく。日に日に大きくなっていくアメジリカの世界。侵略ではなく、発展という形の成長。
情報交換の場と情報発信の場が広がり、懸命に謡歌のアイディアを飲み込んだ。他の文化を取り組むことには利があるのは確かだろう。
紙の生産。筆の生産。墨の生産。
「こーゆう技術は伝わっていたんですね、水羽ちゃん」
「あーあ。謡歌。僕達のことを馬鹿にしていたの?」
とはいえ、極めて突出した生産力も品質も持っているわけでもない。
まだどうしても侵略が突出して、発展の速度にまだ物足りない。少なくとも、現場が分かっている謡歌にとってはそう感じているのだ。
「捕虜の皆様により、細かな雑務を与えても宜しいですか?」
「例えば?」
「私みたいに技術支援です。きっと、私のように水羽ちゃん達に協力してくれる方がいるはず!必ず私が説得しますから!」
アメジリカの指導者は朱里咲しかいない。しかし、彼女がそう自ら動く事はあまりなかった。師の気持ちがわずかに知れる水羽は謡歌の存在を友達と、支える者だと思った。
「うん、分かったよ。僕も協力するよ」
侵略国家で養ってきたこの異世界の本格的流動。
みんなの平和のため、安心のため。謡歌の判断は幸福になるための利便を重視しての政策であり、それを止めるなど水羽の頭には当然ながらなかった。
"凄いことをやっているんだと、頭では理解しているが、中身がなんなのかは知らない"
そんな曖昧な理由。信頼するにはあまりにも頼りないものだった。
「ありがとう。水羽ちゃん」
「とはいっても、危険だからな!僕がいるからな!」
謡歌を守る意味での言葉を使う水羽。
捕虜は謡歌の言葉にとても素直になる。喋り方がやっぱりいいのだろう。
謡歌は忙しく頭を回しながら、フラフラとした足取りでも、捕虜達と話し合って自分のように持っている技術をこのアメジリカで活かすよう説得する。それがアメジリカで嫌われる男だとしても、対等にして扱うと誓っての説得。
戦闘ができる者はアメジリカの者達に殺されたが、それ以外の人間は殺されなかった。朱里咲が意図的に殺さなかったのが大きいだろう。説得ができる謡歌もあって、ようやく捕虜の中で技術を持つ者達が動き出す。
謡歌の案を実現させるため、ライフラインの強化だけでなく様々な分野の発展を遂げようとしていた。そーゆう夢語りが続く中で、
「ふぅー、……ふぅー……」
「大丈夫か?謡歌。少し休まないか?」
「け、けど……」
「休憩は必要だよ。お前が倒れたら終わっちゃうからさ」
すでに謡歌の体力はおかしいところまで来ていた。戦闘とは違う疲労が確実にあっただろう。顔色も悪くなってきた。水羽は察して、謡歌を優しく介抱する。元々、体力だってないだろう。ひょろい体だった。
熱も少しある。濡れタオルをおでこに乗せて、床に転がせた。
「さすがに今日はこの辺にしなよ。また3日くらい寝ずに動き過ぎなんだから」
「ご、ごめん。だけど……」
「みんなが謡歌の明るい顔を見れば元気になれるよ」
水羽の言葉に謡歌は起き上がらなかった。とても、とても……。
「僕が看病してやるから、ゆっくりしてな。指示は出し終えただろ」
「……う、うん」
「あ!それとさ、それとさ!もしかして、パン屋って改築されたりする?」
「考えてるよ。美味しいパン屋さんができたら、食べにいこう」
「おお!言ってくれたな、謡歌!じゃー、僕達の初デートはパン屋で決まりだな!本当に楽しみだなーー!」
「デートって……女の子同士じゃん。それに早くても半年先だよ?」
「いいのいいの!」
敷かれる布団に、水羽が謡歌を優しく入れてあげる。その横で水羽も椅子に座っていた。
「隣に」
「隣にいてくれるんだよね?」
自分が言おうとしたことを先に謡歌に言われた。
「ああ、僕は謡歌が休めるまでいるから。心配しないで休んでよ」
「水羽ちゃん。ありがとう。ゆっくり、眠って元気になるから……」
謡歌は背中を水羽の方に向けて眠ろうとしていた。とても安心できる友達ができた気がした……。気がした……。
『謡歌さん、アメジリカに楔は打てましたか?』
悪の囁きが来るまでは。
『そろそろアメジリカを滅ぼす予定です。戦力の分断と情報の攪乱の準備は万全でしょうか?』
その声を聞いた瞬間、謡歌の目と心は死んだような形に変化し始める。
「はい。……藺様。……水野水羽と慈朱里咲の分断はできました」
水羽には決して聞こえない声。まるで心の声だ。
『宜しい。では私の指示に従って、正しく動いてくださいね』
「はい。……藺様。……なんなりとご命令ください」