危険な特訓
謡歌がアメジリカに来て2週間が経った。かなりの時間が経っているのだが、謡歌に何ができるかといえば……ほぼ何もない。
「では今日の授業を始めますね」
謡歌はアメジリカの臨時講師として、語学というこの世界では新しい授業を開いた。まだ未熟者とはいえ、十分に会話がこなせる謡歌の知識をアメジリカの住民達は学んでいく。
「謡歌先生の授業って分かりやすくて楽しい!」
「朱里咲様と並ぶほど好きです!」
生徒達はかなりの好評であった。とくに彼女達の特徴として、とにかく暴れることが好き。脳筋女子共ばかり。文系な謡歌の授業は新鮮であり、頭を鍛えるや知識を蓄えることに楽しさを感じる生徒は多かった。
「今度、計算とかをあの子達に教えてやってくれないですか?」
「え、ええっ!?私がですか!?」
「だって私達の子供達って、頭が馬鹿なのが多いんですよ」
不良軍団とも言うべきか。
当初は謡歌のことを邪険に感じる者も多くいたが、それらを上手く懐柔するような巧みな話術がある。さすが人材育成に携わるスペシャリストだ。今や優等生軍団に変わろうとしていた。
朱里咲も謡歌の技術には驚きがあった。
謡歌の凄さは言語を知っていることよりもそれらを上手に扱えること。
常に先へ先へと、自分自身を学ぶ力があった。
「いかんなぁ」
少々、朱里咲も謡歌に毒されてしまった。
良い意味で考えれば、謡歌を処分するのは少し遠くなったことだ。
朱里咲のそんな考えに気付かず、また自分自身はやれるだけのことをキッチリとやろうとする謡歌。水羽と同じようなタイプであるが、やや頭は回っている。
何をどうすればいいか分からないから、とりあえず。春藍達の手掛かりを調べるため、朱里咲達と協力することを選んだ。
そして、それとは別であるが、アメジリカの文化には興味をそそられていた。講師という名目もあって、様々な施設への見学が水羽との同伴で許された。
「やぁっ!」
まず、アメジリカという異世界は女性のみでまかなわれている仕組みであること。侵略する前は男達など存在していなかったという。
女性しかいないとはいえ、決して劣っていない。
「せぃっ!!」
朱里咲の血脈が代々続けている道場。学校の一部分と化しているが、その凄まじい熱気と殺意、研ぎ澄まされた技をさらに磨き合う場所。
「今でも先生がこの道場を管理している。僕もここの道場の出だよ」
「み、みんな。あんなに戦っていて大丈夫なんですか?」
謡歌が見たのは血みどろになって戦いあっている女性達。
フォーワールドでも、タドマールから来た女性達でも、ここまで戦っていることはないだろう。
「平面かつ、競技のような組み手ばかりでは強くなれないよ」
"慈流格闘術"
古くから伝わる武術であり、あらゆる戦況に対応したものらしい。全ての武における技が詰められている。全てを会得すれば"軍神"と称されるほどであるが、未だに完全な会得をしているのは創設者である慈の血筋のみだという。
「色々あるからこそ、その色々に対応する。武も技も、才能だけではやっていけない。こうした努力、訓練の積み重ねで身につけられる」
水羽は自慢気味の言葉を使ったが、格闘などにそこまでの興味がなかった謡歌にとっては危険と無茶しかないことにしか思えなかった。
戦うことの怖さも知っている。そして、今は戦うための怖さに慣れるための特訓を見た。
「い、命掛けなんてする必要はないんじゃないですか?」
「?そうなの?でもさ、命賭けてやりたいことはあるでしょ?」
なんとなく、同感したくなかった。
「いえ!命を捨てることになったら、大変じゃないですか!何も残らないじゃないですか」
「………ははっ、じゃあ。僕と謡歌が違うんだね」
覚悟とかそーゆうのを信じているタイプ。意志は必要だと思うけれど、やっぱりは
「手に入れたい物だからこそ、失うことに気付けるよ」
「違います!大切なのは危険ではなく正しい教えです!」
謡歌の考えとしては危険な行いの撤去。戦闘に関しては素人であるが、道徳は水羽達よりもある。
「きっと、この訓練で命を散らしている人もいるのでしょう!?」
「ああ。沢山いたけど、続けてもあんまり意味ないんじゃないか?」
「そんな。水羽ちゃん!それはいけない考えです!酷い!」
「酷いって……」
友達のような気持ちで接していた二人であったが、心境に変化を覚えたのは水羽の方だろう。振り抜ける拳では人の心を恐怖か死に追い詰めるしかできない。言葉しかなく、死ぬ拳を目の前にしても気にせず謡歌の言葉に、自分とは違う力に意識し始めた。