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RELIS  作者: 孤独
女性編
382/634

コロネパン大好き、水羽ちゃん

様々な言葉を理解できる存在がいるとしたら、争いという形が変わる。

特に今まで言葉を理解できず、処分するしか手段がなかったアメジリカの世界から考えれば大きな改革であった。



「私をどこに連れて行くんですか?」



謡歌の能力は決して高くない。知っている言葉も、扱い方もまだまだ未熟であった。助けられた水羽に協力する形であり、連れられるような状態で大きな檻に入れられた、まだ処遇が決まっていない捕虜達の前に連れて来られた。

まだ謡歌には水羽達のしていることを明確には告げていない。


「僕達以外の言葉が分かるって言ったよね?」

「は、はい。多少ですけど」

「ならこいつ等の話し合い手をしてくれ。それから何を言っているのか、僕に教えてくれよ」



謡歌は水羽に抱えられるような状態だ。

水羽の顔が捕虜達の前に近づくだけで、彼等は言葉でなくても理由を伝えていた。

謡歌に使える言語は3つ。それ以外の言葉があるかもしれないと、不安もある。

言葉が通じないかもしれない相手に、もっとも効きやすい言葉は挨拶だけだった。



「こんにちは」


あまり得意ではないライラが話す言語の挨拶に、ようやく捕虜達は言葉が通じえると表情に緩みが出た。

もう一度だけ、同じことを繰り返す。


「こんにちは」

「こ、……こんにちは」



返してくれた言葉に少し安堵する。なんて言っているか分からない水羽にも通訳する。


「"こんにちは"って言ったよ」

「そ、そうなのか」


水羽には分からない。でも、言っていることは正しいと。

捕虜達の態度がそう思わせてくれた。謡歌はゆっくりと、悩みながらも優しく言葉を紡いで会話を作っていく。

両者共に何も分かっていないことだった。"こんにちは"、"ありがとう"、"またね"、一通りの挨拶をしてから名前を尋ねる。年齢を訊く。誕生日を訊く。職業を訊く。家族のことを訊く。

色んな感情を言葉に乗せて謡歌と話し合っていく捕虜達。

暗く落ち込んでいただろうが、徐々に明るさも戻ってきた。



「あー、謡歌」

「な、なんです?」


水羽はその答えを聞くだけ。ちょっと退屈だし、謡歌を抱え続けるのもちょっとした苦痛だった。


「椅子持ってきてあげる。こいつ等分も用意してやるから、頑張ってくれ」


ちょっとした疎外感もあっただろう。

謡歌が話すことはとても退屈な紹介文ばかりだった。いや、水羽がいちゃ良い顔をしないだろう。まだ肝心な恐怖面を言っていないようだ。

しばらく、謡歌が頑張って立ってもらっている間に椅子を人数分用意に外へ出る水羽。居辛い顔だった。


「?」


少しまだ謡歌にはこの異世界を甘く見ていたのだろう。

水羽がいなくなったことで質問をしていた謡歌から、捕虜側に移ったのは明白だった。


「水羽、椅子をとりに行ったみたいです。みなさんの分も……」



ガシイィッ



謡歌がビックリして、お尻を床に付けるほどの迫力があった。

檻から出たい表情を全面に出して、謡歌に伝わる言葉を出した。捕虜になった全員がほぼそうしていた。


「助けて!」

「殺される!」

「出して!私達は逃げたいの!」



謡歌には捕虜という状態をまだ甘く見ていたのだろう。無理もない。言葉が分かっていても、それを体験するには至らない。

保護として、謡歌は考えていたのだろう。捕虜達には外傷が特に見当たらないからだ。


「えっ?え?」


謡歌は驚きだけで手一杯だった。

しかし、捕虜達は驚いて止まることができない。水羽に自分達の言葉が理解できないこと、この場には今、謡歌しかいないことが最後のチャンスだと思っていた。水羽を知らない謡歌に彼女を表現する事実を突きつける。



「あの子は私の夫を殺した!」

「私の弟も!」

「殺人鬼!人を殺すことに何も思わない奴!」

「ここにいたら殺されるわ!」

「あなたも殺されるわ!」



誰も、私は殺人鬼ですと自己紹介はしないだろう。

意識を失っているところを拾われた謡歌には真実か嘘かの判断より、唖然しか見せない態度しかできなかった。

言葉が分かるからこそ、気持ちが混乱することもある。未だに



「え?」


と、反応するしかできなかった。

水羽が来る前に逃げたい捕虜達の気持ち。どのように檻を開ければいいかという、チンパンジーのような発想も二の次。

人は助けを求めている。でも、水羽も自分の力を信じて助けを求めていた。


水羽に相談するべきことなのか?どうなのか?



「出してください!」

「生きたいんです!」

「急いで!」


時は進み、謡歌は選択ができなかった。それよりも早く、思った以上に早く部下も連れて



「謡歌ー。椅子持ってきたよー」


水羽が大量の椅子を運んできたのだ。


「どーしたの?倒れて。喚き声も聞こえたけど」


この人達はとても酷い野次を言っていたよ。

なんて言葉を水羽に使う事も出来ない。まだ水羽が来ても謡歌は呆然とするしかできなかった。捕虜達がいる檻を水羽が開けて入れば、捕虜達が逃げ惑うのも当然であった。



「悪い、椅子並べるのを手伝ってくれ」

「えーっ?運ぶだけでも大変だったのに~?」

「っていうか、なんで捕虜に椅子を与えるの?」



椅子運びに手伝ってくれた水羽の部下達はブーブー言うも、なんだかんだで手伝ってくれる。

このやり取りでさえ、捕虜達は恐怖していた。何か仕掛けがあるのではないかと思っていた。下手なことを言えば、今は逆に謡歌のせいで殺されると思っていた。



「あ」


ようやく、遅くなって謡歌は驚きから解かれた。

自分の前に置かれた椅子が一つ。



ドドンッ



いや、水羽とその部下の分まで含めれば4つの椅子が檻の外に置かれた。



「水羽ちゃん」

「謡歌。あんたがちょっと話さないと、この状況が進まないんだけど」


殺人鬼呼ばわりされている水羽の言葉。

そこに怒気も殺意もない。けど、ほんの少しだけ水羽に恐怖するのは自然だろう。謡歌は脅されるように椅子に座り、そわそわと水羽を見ていた。


「なに?」

「う、ううん。別になんでもないよ」


表情がまったく作れていない。何か吹き込まれたなって、水羽は直感的に察する。それも仕方ないなんて思うのはまだ先のこと。

謡歌は困りながら質問する。


「お話を変えてですね!」


一つ。まずは一つ。自分自身も水羽のことが分からないから、水羽に恐怖している捕虜達を落ち着かせる言葉を使った。水羽達と捕虜達の言葉を使い分けられる謡歌がこの場を支配している。


「みなさんってどんな趣味があります?」


落ち着いて、自分の今後を判断するためにも質問を水羽にも振ることにした。

時間を稼ぐという意味もある。長引けば不利という状況でもない。



「私は勉強と、お兄ちゃんが好きなんだけど」


ちょっと自分のことも惚気だす。

空気が重くなったところでこの緩みは少しだけ、捕虜達の気持ちを和らげた。捕虜と名が付くも、全員女性である。それはそれで


「裁縫」

「手料理」

「化粧」

「入浴」


女性らしい。なんていうか、とても平和な感じの行い。ここで水羽達にも質問を振ってみる謡歌。


「水羽ちゃんの趣味ってある?」

「うーん。僕は戦うことと殺すこと以外ないかな。ねぇ」


そんな答えを聞くと、謡歌の背筋に寒気が走る。っていうか、どっちも変わらないんじゃない?

しかし、そんな答えを言ったからか。水羽の部下が茶化すように水羽の趣味を語ってくれた。


「水羽ちゃんはパン食いが趣味でしょ?」

「そーそー。大食いだし、好きな食べ物は絶対に分けてくれない!」



女性として大食いというあまりプラスにならない要素を悟られたくなかったのか、それでも



「ぼ、僕はコロネパンが好きなんだ!大体、趣味と違うじゃん!好きな食べ物だったらそう答えるよ!」

「食べ歩きも趣味でしょーよ」

「パンがない異世界を攻めた時の表情は今でも笑える。パンがない世界なんて信じられないって、普通敵に言うのかな?」



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