謡歌のお兄ちゃんと水羽のお兄ちゃん
『にぃに。また行っちゃうの?』
『心配する必要はない。ちょっと行って壊滅してくる』
兄は最強を求めていた人だった。そして、その志に違わぬ存在であった。
兄は誰よりも強い人。自分の道を作りたい人。僕に夢という現実を見せる人。
『心配するな、"……"』
あの頃の名前は忘れたけど、兄の強さは忘れていない。あの人は最強だ。
僕がその記憶を継承しているのなら、兄もどこかできっと。
◇ ◇
「お前!僕達の言葉を喋れるのか!?」
「ひぃっ!?」
「止せ、水羽。病人を脅かすな」
水羽を静止させる医師。どっちを診てやっているのか、分からなくなる状況だ。
水羽に代わって彼女が話しを進める。
「君の名前を教えてくれ。まずはそれからだ」
謡歌は質問を聞き取り、回答するまでの時間がどうしても遅れた。それはロイ達が使う言語をまだ完璧に把握できておらず、読解からの回答がまだ難しいのだ。
落ち着けない状況のはずだが、謡歌が頼るべき人達は目の前にしかいない。
「は、春藍。謡歌。です」
「春藍謡歌。ふむ、謡歌ちゃんか」
良かったとホッとした。言葉が通じ合える。こんなどこだか分からないところで、人に信じてもらえなかったら、想像もできない末路だった。
「心配するな。ここは私達の世界だ。君の命は保障するよ」
「は、はい」
そこからは長くて多い質問だった。それも仕方のない事だ。
侵略側である水羽達にとって、捕虜の役割はまず利を生ませることだ。適正があるかどうかでまず捕虜か、処分かが決まる。
謡歌は水羽によって拾われたわけだが、どこの異世界か分からなかった。
「"未来科学"フォーワールドという場所の生まれです。でも、確かですけど。私が前にいた異世界は、"THE MARTEN"ギャンブル大帝っていうところからで」
「??つまりどーゆうこと?」
「侵略したということですか?」
「いえその。私は侵略とかではなく」
謡歌は自分の右腕に付けたはずの若の腕輪、"ディスカバリーM"を捜すが、見つからなかった。
起動させた覚えもない。どこかに無くした記憶もない。
覚えていない。謡歌は仕方がないとしか言いようがなかった。
「私の知り合いにいろんな異世界を飛べる力を持つ人がいるんです」
「色んな異世界に行ける能力?」
「その人の力で、お兄ちゃん達と一緒に。フォーワールドからギャンブル大帝に移動したんです。でも、そこからの記憶がなくて……」
水羽達には仕方のない事だが。
「私と水羽には両方の異世界のことを知らない。君が一体何者かまで分からない以上、あまり良い扱いはないと思っていてくれ」
「えー、厳しいんじゃない?女の子だよ!」
「水羽。朱里咲様はこの子の処遇をお前に任せると言っていた。私は朱里咲様を連れて来ることにする。また色々と話を聞かせてもらいますよ、謡歌ちゃん」
謡歌は意識を取り戻しても体を満足に動かせる状況ではなかった。歩くどころか、立ち上がるのもやっと。
春藍達のように戦士になれているわけでもない。体力は普通の女性と同じである。そんな中、水羽はポケットから食べ物を取り出した。
「チョコって知ってる?」
「チョコ。はい、知ってますけど」
知っていると分かったらすぐに謡歌の口に突っ込んだ。お腹が減っているだろうと水羽は思っていた。しかし、起きたところにそんな甘い物を与えるのは良くない。
「食べろ。甘くて旨い!」
「ふぎゃ、あぁっ」
食べろと言いながら、無理矢理食わせる水羽。あまり口が動かないが、美味しいという感覚はある。
なんとも常識外れな行動をする人に自分の処遇を任されてしまった。
「しかし、謡歌の体は細いなー。まずは一杯食べないとな!あとで僕がコロネパン……あ、パンにチョコを挟んだ美味しい料理を教えるよ」
「は、はぁっ」
でも、気分が悪くてきっと喉に通らない気がする。
「歩けるようになったら一緒に甘い物と旨い物を食べよーぜ。それからお前の実力を知りたいから、手合わせもしたいなー」
「て、手合わせ?」
「殴り合いだって!ここだったら常識だろ?」
私、ここの異世界の住民じゃないんだけど……。
「大丈夫。お前、兄に会いたいんだろ?僕も同じだ!そんな簡単に処罰なんてくださないぞ!」
「あ、ありがとう。水羽さん」
まだ2人は気付いていなかった。それゆえ、世界がとんでもない2人の邂逅だと知った時。
波乱が起きるのは当然だった。
「私達の知らない異世界から来たと。その春藍謡歌という子は……」
「はい。しかしながら、私達の言葉を理解できて様々な異世界を回っていたと発言もされました」
朱里咲はこの報告を受け、天井にぶら下がることを止めてちゃんと地面に立って考える。水羽は馬鹿だか妙に勘が働く。
「あいつが拾ったおかげで少し変化が起こるか」
「いかが致しましょう?」
「処遇は水羽に託すと私は言った。私から何か裁きを与える気はない。だが、少し調査してみるのも面白かろう。面白い人材だ」
ほんの少しだけ、今の流れを変えるきっかけが生まれたのは事実だ。