慈朱里咲
朱里咲は基本的に軽装である。
忍装束の袖を斬りおとし、半袖とスカートのようにしてしまう。本人曰く、夏服版の忍装束とか。
「身軽でいいからな(日焼け対策が大変だが)」
扇子を仰ぎ、自分の城の中で歩いていた。朱里咲とすれ違う者達はその歩き方に絶句してしまう。
「おお、どうだい。水羽が拾ってきた女の子は?」
「朱里咲様。その歩き方は止めてもらいませんか?」
「別に減るもんでも、見えるもんでもない。精進が足りんと見えるぞ」
面と面が向かい合い、話し合うことはできる。だが、天井に足を付けて城内を過ごすとはさすがに常識が欠けている。部下達の多くは朱里咲の奇行に頭を悩ませていた。
「修行せんとな」
朱里咲は退屈なのだ。戦いに飢えた生き物であり、日々の鍛錬と称して自分の限界を常に突破しようとする性質。
天井を歩く事でバランス感覚、脚力の強化、臨機応変にできる動きを養えるそうだが凡人共にはそこまでやれるわけがない。
「一命は取り留めました。しばらく安静していれば意識も取り戻すことでしょう」
「そーか。目覚め次第、処遇も配属も水羽に一任しよう」
「相変わらずそこまでの興味はないのですね?」
「どうも気が乗らないのでな」
アメジリカの支配者となった朱里咲であるが、ただ管理人の消失によって選ばれただけに過ぎない。
戦闘狂であることは民衆である者は理解している。
「いけませんよ、朱里咲様。私達はあなたの優しさを理解しているつもりです」
それでも彼女が戦闘以外においても力があるのは事実だった。彼女の暴に出た異世界への侵略がアメジリカの原型を管理人が管理していた頃よりも太く、厚く、安定し始めたのは事実であった。
資源、食料、土地、人材(だいたいは男)。これらの補強が管理人という障害が不在となり、乱獲し放題。当初はもし失敗し、敗れたりすれば全国民がいなくなると不安論も上がったが。
『助けを待つのは女の仕事だろう?私達は人間だ。下種なことをしようと、生き残ろう。手は私が汚す』
結果は圧勝、制圧も完璧。読みは的中。自信と実力がマッチしていた証拠。
「人間の管理もしっかりしていて、あなたがいるから皆安心する」
「そーいった時は楽しいからだ。祭は準備前が一番楽しいのさ」
サバサバと朱里咲はこれまでの異世界の奮闘を振り返る。
自分達の文化を敵に染めさせられる。決して悪い事はしていない。敗者には敗者のレールがあるものだ。
抵抗する者や使えぬ者は朱里咲が切り落とした。優先すべきは自国民である。異世界での敗北者達にはその命と労働を与えるだけにしていた。
「ふーぅ」
朱里咲の行いは自分のためでもあった。自分が誰よりも戦場に立ちたいから後方支援や異世界の運営手段を部下達に学ばせた。
これから自分の異世界はもっともっと広がっていくだろう。戦場が広がり、朱里咲が戦わなければいけない時が増えるだろう。そんな時、自分の異世界が崩壊しそうだったら戦闘とは違う苦痛だ。いっそ、そんな時を見てしまったら。
自分の手で壊しそうになる。孤高となり、最強の戦士を目指してもいい。そんな感情がわずかにある。
「勉強に励んでくれ」
「は、はい!」
それはきっと最後の選択だ。私をまだ仲間と思っており、私自身も仲間だと思える時までだ。
「言葉が通じ合える者がいれば生かしておけ」
「承知しました」
朱里咲は途方もないところまで見据えていた。見えてしまうと悲しくなる。
どーしても矛盾が、心の中で生まれている。
「いかんなぁ」
大人になっていないと、他者は思うだろう。しかし、自分が自分を外すという選択をとれない。自分がそーできている。
早く。もっと早く戦いたい。ウズウズし始めた。"軍神"が目覚め始めている。
「ほっ……」
願う事は自分より強い者と出会いたいことだ。この疼きは高みを望んでいる証拠。それに見合う存在と会い、戦い、精神を鎮めたい。
まだ自分より強い存在に出会ったことはない。いるだろうか?という不安はまだない。
「うっ………ううっ……」
その頃、温かい布団の中で意識を取り戻そうとした謡歌がいた。
冷たい枕に氷水が入れられた桶が隣に置かれ、
「大丈夫?起きなさいよ!」
ゆさゆさと謡歌の体を揺らす水羽、その隣には医者がいた。
「よしなさい水羽」
「で、でも。起きそうじゃん」
「あなた、朱里咲様並に強いのにこーいったところは抜けてるわね」
「な、なんだと!?」
「『ぶっ殺すぞ』……って、言うつもり?」
「くっ……どーせ僕は単純だよ!」
謡歌を拾ってきた水羽。女性としては小柄な体躯であり、年齢もかなり若い。女性としては悪趣味な髑髏マークの衣服を好んでいる。
ボーイッシュな雰囲気をかもし出しているが、わりかし馬鹿な子だと周りは思っている。でも、とても頼りになれる奴だ。
「お、お兄ちゃん……」
「?」
謡歌の言葉は水羽達の言語とは異なっていた。だからその言葉の意味は分からなかった。水羽もすぐに忘れたことだろう。
ようやく、その瞳を開けた謡歌。
「?……」
「気付いた?」
「大丈夫ですか?」
謡歌には見慣れない光景。そして、誰かも知らない人が周りにいること。
「僕が分かるか!なー!」
「あの……」
「おーい!……もしかして、僕のこと見えない?」
謡歌は体を動かすのもかなり精一杯だった。痛みとは違い、脱力がかかっていた。自分に声をかけてくれる水羽の方に顔を向ける。
「…………」
な、なんか聞き覚えのある言葉。この言語は確か……
「うーん、やっぱり反応ないな。聞こえてないのかな?」
「いえ、水羽。きっと私達の言葉を理解できないんです。以前にもあったことでしょうよ」
「あ、そっか。それもあるね。じゃー先生の規則通り」
その事実を知ると水羽は急過ぎるほど行動を変えてしまう。凶器以上の右手を振り上げる。
「処分しよっか」
「待て待て待て!」
一体何がしたいのだお前は!と、新たな言葉を吐こうとした医師。水羽のお馬鹿ぶりには困ったものだ。
そんなやり取りがあり、なおかつ謡歌が状況の整理を行なえた時。
たった一言だけ、水羽達に伝える言葉。
「あ、り、が、と、う」
水羽と朱里咲達が使う言語は、タドマールの民達と同じ言語であった。