感染の恐怖、破壊の恐怖
「うっ………う……」
最初に異変を訴えたのは春藍であった。ライラと夜弧よりも早く症状が現れたのは、春藍が"魔術"の耐性をあまり持っていなかったことだった。
周囲を警戒するライラと夜弧、それにアルルエラは春藍の変化に気付くのに少し遅れた。最初に気付いたのは
「大丈夫?お兄ちゃん?」
妹の謡歌であった。感じた不安を言葉に出したことで夜弧とライラが春藍の方を見たのだ。
「どうしたの?」
「春藍様?」
無論、2人も心配する。そして、その心配が現実となる時。
ドタッ
「え?春藍……」
春藍が雲の上でグッタリと倒れるところを見た時、ライラと夜弧はもう遅すぎたことに今気付く。
「はぁっ……はぁっ……どーなってるんだ?」
一方でレモンを救った王。必死にライラ達から逃げて走ったわけだが、彼もまた春藍同様に犯されていた。触れてすらいないのに感染してしまった症状。
襲われるダルさと無気力感。
無様に地面へ転がり、レモンも投げ出してしまう様。
"五月病"に侵されていた。気絶しているレモンも同じく、起きられないほどの無力感になっていた。
そして、街全体。特に地面は酷いものだった。住民達が堂々と寝転がって意識をボンヤリとさせていたのだった。驚くべき感染力であった。
「くっ、なんだこいつは……」
王は自分の掌をボンヤリと見つめていた。
「急いでこの世界を脱出しましょう!」
「そうだけど!……ちょっと待って!」
ライラと夜弧は2つの意見に分かれた。春藍が倒れる原因は不明であるが、理由は分かっていた。つまり、すでにもう5人共。"五月病"に侵されていた。
「春藍の意識がないままなのよ!春藍が助からない!」
若からもらった腕輪をすぐに操作する3人だが、ライラの言葉に手が止まった。
「それならこうします!」
夜弧が"トレパネーション"で強制的に春藍を操作する手段をとる。症状が現われているのは春藍だけであるが、4人共感染している。
「しかし、ライラ!」
「なに!?」
熱くなっているが冷静に状況を分析しているのは夜弧の方だった。
「私達も何かに罹っている状況で、フォーワールドに帰れば被害が拡大するかもしれません!」
「っ……確かに、それはあるわね」
「では。この原因の元を止めねばならないのですか!?」
アルルエラが恐る恐る街を見下ろせばすでに多くの人間が倒れこんでいる惨状。動いているのは操られた人間達だけだった。
死んではいないだろうが、呆然と無表情のまま。全員が倒れていた。
「あれは毒と判断してよろしいでしょうか?」
「ええ」
「下に行けばもっと濃いでしょうね。地上は即死だわ」
この原因を突き止めるにはあまりにも時間と情報が足りていない。
「あのカジノの中で間違いない?」
「そこに賭けるしかないでしょ、ライラ」
術者の命を奪うしか他はない。ピンポイントに狙い、短期決戦に持ち込む。
ライラの"ピサロ"が、この異世界全体に存在している雲が、キングカジノに押し寄せる。集まり、縦に長く伸びて黒ずんで耀き始める。
管理人、蒲生に引導を渡した雷。
「海星雲天雷槍」
一つの異世界にある雲と自分の魔力を使い尽くす。
光を浴びれば熱を感じる前に消滅するほどの莫大な電撃。生存不能に追いやる無慈悲な自然そのものだった。
「いぃっ」
謡歌は初めて、身が震える危険と死を目の当たりにした。5年前、フォーワールドがポセイドンによって燃やされた光景を思い出した。それよりも近い現場にいたことで、胸を押さえつけて動揺を止めようとしていたが……ダメ。
体が怖がっている。
「あとは……」
ライラはカジノを完全に消し去ったところを見て、急激に襲われたダルさと無気力感、意識の薄れによって
「頼んだわ」
全ての雲を消失させ、5人全員が地上へ落ちる。もう助からないことがない地上への落下。
ライラまでも、"五月病"に侵され脱落する。
一切の抵抗すらなく地面に落ちた春藍とライラ。そーすることしかできなかった夜弧とアルルエラ。アルルエラは謡歌を抱えて地上へ着地。夜弧は拳銃を構え、破壊した跡地に足を運んだ。
ライラが消滅させたキングカジノのさらに下。
不自然なほど人が山となっていて、下にいる何かを意志も感じさせずに護っている。ライラの雷でも消せなかったが、原因の核。2名の姿が見えた。
「やれやれなんて雷だ。ですから言ったでしょ?地下にいた方が良いと……」
人が幻のように消えていく。やはり、間違いないと夜弧は真剣に覚悟を決めて頷いた。
「それはどーでもいい事。それより、なぜ。まだ私の"五月病"でまともに立っていられるのが2人ほどいるのでしょうか?」
「それはあなたも、私も、まだ踏み入れていない異世界があるということですよ。戦闘は大丈夫ですか?」
ライラが生んだ破壊によって生まれた高低さは相当なものであった。
2人を見下ろす夜弧とアルルエラ、2人を見上げる藺兆紗と山羊波春狩。