感染人間
古から用いられた凶悪にして見えない死を作り上げた戦術。
流行り病を患った兵団。彼等は将軍の伝書通り、重たい足取りで敵陣へと突っ込み。死んだ者となれば、捕虜にされる者もいた。彼等が敵に勝つ保障はなかったのだが、敵は知らなかった。捕らえ殺した連中が、人間という存在であるのは事実であり、彼等を兵器と見た頃には自分自身も味方を喰らう兵器となっていたことを。
疫病が戦争として兵器となることが実証された例。
「なんだ?」
奇妙な気配に気付いたのは山羊波の護衛、4人であった。彼女の行く道を塞ぐ彼等。中には藺しかいないと思っていた。
「ちょっとあなた達!さっきから聞いてる!?私達は、山羊波春狩という方と話がしたいんですけど!」
「ここで造られている"アルテマ鉱石"の発注を願いたいんです」
ライラ達はこのカジノの社長である山羊波との交渉を強く要求していた。
しかし、護衛である4人にその願いは通じることはない。まず、先にこちらに来ていた藺が終わってから通すのが筋。ライラ達もこれ以上の手荒なマネは亀裂を生むだけと判断しており、急かすだけが精一杯だった。
まだライラ達は分かっていない。
ギイィィィッ
「!?なっ」
護衛達4人の奥から現れたのは意識があるのか分からないが、ゆっくりと歩いてくる人間達。その不気味さと山羊波がいる場所からやってきたことで、
「何者だ貴様等!?」
「山羊波様はどうした!?」
護衛達が手を出そうとするのは当然であった。
生気を感じさせない人間達から発せられる山羊波の魔力。4人の護衛が彼女の不安を高めたのは当然であった。
誰も知りはしない。藺と山羊波の交渉が成立したということ。全員に、死ねと彼女が言っていること。
パシィッ
「!?ん……」
「っ!……ううっ……」
現れた人間達に触れた4人の護衛はすぐに床に膝をつけた。ただならぬ魔力をライラ達に見せ付けるのには分かりやすいものだった。
4人の護衛が倒れれば起き上がることすらなかった。その上を無慈悲に歩いて行く謎の人間達。
「な、なにこいつ等!?」
「なにかヤバイです!」
"魔術"だからこそ、ライラと夜弧の警戒は強くなった。
春藍が2人を護ろうと現れた人間達を迎撃しようとしかけたが、
「!ちょっと!?」
捕らえられた王が3人の視界から外れ、レモンを抱えて一気に外へと走り出した。状況は不明であったが、王には今現れた人間達が藺の能力によるものだと直感的に察した。
そのうえでレモンを救出。素晴らしい仕事人であった。
「逃げるよ、春藍!」
「え?でも……」
「あれは絶対にヤバイ!!」
王とレモンを追う形となったが、3人も急いで脱出した。
知る事はないが藺と山羊波のコンボは凶悪非道であった。山羊波の"五月病"が与えられた人間達、通常ならば命が行動するできない状況に陥るが、藺の"人脈"により先に操り人形化すれば行動が可能となる。
加えて、"五月病"に侵された者は周囲にその影響を撒き散らかし、取り付いた者を媒介としてさらに力と感染範囲を広めていく。
「謡歌!アルルエラさん!!」
ライラは"ピサロ"で空へと逃げる選択をとる。間違いではない。すぐに謡歌とアルルエラを回収し、空中へ。
「どうしたんですか?」
「敵は倒したんですか?」
アルルエラと謡歌には戦況が見えていない。敵から逃げたような雰囲気も分かる。
「話を短く言うと。不気味な連中がカジノの奥から出てきた」
「そいつ等が触れた人間があっという間に倒れた」
メテオ・ホールのような圧倒的な力ではなく、その性質に不気味さを抱く。
夜弧とライラは状況を知らない2人に分かるような迫力で伝えていた。そして、続々とその意識があるのかないのか、よくハッキリとしない人間達がカジノから出てくる。
「あれだよ、あれ!凄い不気味な奴等!」
「歩き方が普通じゃないですね」
雲の上から異常な集団であることはアルルエラと謡歌も確認できた。初めて、異世界で敵というのを見た謡歌にとっては不安を高まらせる存在だろう。
「ライラ!さっきの男と少女がどこに行ったか覚えてる!?」
「無理ね。完全に撒かれた。でも、あれとあいつ等が仲間なのかしらね?」
王とレモンを完全に逃したライラ達。
ほぼ振り出しだと5人は思っていたが、それは違っていた。この時、もう一つだけとれる選択肢があったことに気付いていながら、できなかったのはライラ達のミス。判断の過ちであった。