ギャンブルと仕事
元々、私。ギャンブルは嫌いなんです。
ギャンブルというのは勝ち負けがあるじゃないですか?それに対して必死に、お互いが頑張り、死力を尽くすなんて。
馬鹿の極みだろ。馬鹿。ホントに馬鹿。それを夢と言われて憧れちゃうなんて、
アホ丸出しです。良いお客様ですよね。
仕事ができる者は勝ち負けなんかないんです。いえ、負けはないんです。
「ねーー、山羊波さん」
「は?」
「今の気分、どうですか?」
山羊波は圧倒的な優位に立っていた。少なくとも、王とレモンから引き離した時点で彼女の勝ちは確定していた。
だが、敗れ去った。なぜか?
「あなたはホントにギャンブラーだからです」
山羊波の部屋に入り込んだのはもう1人の藺に加え、強そうな戦士達十数人。その部屋の後ろにも何人もいる。
藺が2人もいることに山羊波は理解ができなかった。銃や弓を向けられ、山羊波との直接的な接触を極力避けたプレッシャーの掛け方。どーしてこんな大人数がいるのか理解できない山羊波は混乱していた。
「ど、どうして?」
「私の能力。まだ、言ってませんでしたよね?」
藺の"人脈"には自分とソックリな容姿を持つ人間が何体もいる。その1人を囮にさせ、山羊波のことを調べさせていた。無論、囮だからこそ強気に交渉に出たのだ。本体は、王達と一緒に来るよりも前に到着して身を潜めていた。
「ギャンブル好きだから、そのルール内でしか対処ができない。あなた、私1人でここに来ると思ったんですか?」
「どうしてそんなに人間がいるのよ!!?」
山羊波はただただこの理不尽な差を信じられず、また自分が強いと驕っていた。錯乱だったのも仕方あるまい。そこで藺は1人に攻撃させる。
山羊波のお腹を貫いた銃弾。彼女が床に膝をつけたのは必然だった。
「私の能力です。二度言わせないでください」
「くっ、……藺。貴様。殺すぞ」
「それは無理です」
五月蝿い口を封じるため、さらに矢を山羊波の右腕に突き刺させた。藺、自らは何もしないが、周りがちゃんとした戦闘力を持っている。
山羊波の悲鳴はきっと上の護衛達には気付けないだろう。気付いたところで彼女を殺すことはもう容易い。
「くっ、くぅぅっ」
山羊波は最後の抵抗として、"五月病"を発動して藺に与えるように魔力を放ったが。彼は平然としていた。
「私、精神型には結構耐性があるんです。無論、部下にもね」
単なる相性での片付けだった。
藺と山羊波の術者としての、決定的な違いは経験の差にあった。直接触れていれば確かに山羊波にやられている可能性もある。また、長時間山羊波の魔力を浴びなければ大した事はない。
「仕事を与えられた人間に、命は2の次、心は3の次」
今度は直接的に屈強な戦士数人が山羊波を取り押さえた。体に傷を与え、腕力では絶対に抗えない状況にした。
山羊波は取り押さえる男達に、"五月病"で精神を崩そうとするも上手く行かない。彼女は知らない。
「社蓄に心なんていると思っているんですか?」
「な、なによこいつ等……。なんで私の能力が効かない……?」
「彼等を操作しているのは私です。山羊波さん、私とじゃ相性が悪いんですよ」
誰かに操作されている人間を操作するのは難しい。
山羊波の場合は対象者の心の操作であり、藺の場合は自分の命令で動く人形でしかない。どう足掻いても、山羊波が"五月病"で藺を倒すのは無理だった。
「もし、私が1人であなたに付いていくことを疑っていれば結果は逆でしょうね。手荒なマネを喰らっていました。あなたは能力を晒し、その性格まで吐いてくれた。私、勝ちと負けを孕むギャンブルなんてしませんよ?」
ただ手荒なマネは好きじゃない。大切な人材の心が萎縮、あるいは挫折を味合わせてしまい。新鮮さが消えてしまう。
「傷害で済ませますよ。あなたの勧誘をね」
これ以上、藺が山羊波に危害を加えることは無意味である。
手駒にするのもいいが、彼女ほどの逸材を操るとなると負担の方が高い。王達と同じく穏便に手引きする。
「なんだっての?ははっ、踊りましょうか?」
負けたという意味を山羊波は受け入れかけた。負けを知っている顔じゃない。
「潔いです。強引に暴力へと出たわけですが、それがあなたの本音でもある気がします。負け犬は似合っていない」
山羊波の抵抗が思う以上に少ないことは、藺を計っていたという意図もあるのだろう。甘い話にホイホイついてくるわけがない。足元を見られ、掬われて終了。
「私は"国"という、人間の集団達を作ろうと思っています。そこに山羊波さんのような人を、ムシケラのように踏み躙れる人が欲しかっただけです」
「まー!乙女に向かってそんな、そんな」
純血100%な拷問人間に、なんて良い褒め言葉。
「それって、楽しいの?藺」
「あなたの趣向には合うはずです。ヤル側の方が好きでしょう?」
「ええ、もちろん」
「"あなた"は生きられ、楽しめて、人を負かすギャンブルができて、……能力を活かすことは幸せだと思いますよ?」
そう言われ、山羊波は笑った。とても深い闇を吐き出す笑みと共に……
「でも、あんたの"仲間"にはならない。賭けられない男とは付き合えない」
「そのような関係で構いませんよ?とりあえず、ここはあなたを無事に満足させて共に脱出するには…………協力が必要ですね」
仲間意識のない、最悪のタッグが結成された。