春藍 VS 王
「どうする?」
「山羊波様には護衛を命じられた。我々は彼等が山羊波様に危害を与える存在、あるいは今の賭け場の邪魔をするようなら、手を出すまでだ」
「承知」
ライラは数の不利を感じ取り、夜弧に春藍の援護に行かせたが。
そもそも護衛の主義が違っている。王とレモンは藺への危害を心配し、春藍達に先手を打った。理由なく戦ったかに見えたが、ライラが"山羊波"という名を発したことで彼女をこちらの手の内にする計画が潰れるかと判断した。
結論。王とレモンの早とちりが、この奇妙な戦闘を作り出したに過ぎない。
しかし、言葉が通じるほどの状況ではないし。どちら側も苛烈なものであった。
ガァァァンッ
「!っ、鉄だと!?」
「違うよ!リアの両腕だよ!」
初めて王は、"超人"ではない存在との力比べに敗れ去った。動きは明らかに春藍よりも速いが、その小賢しさを一掃する。頑強さと攻撃力。
王の技が一切通じない相手。
メギイィッ
見た目は人間の手であるが、中は鋼鉄。内臓を深くやられる打撃を喰らった王は膝をついた。
「かはぁっ……」
くそっ……くそっ……。こいつの仲間、ロイといい。
なんでこんなに強い奴がウヨウヨいるんだよ。分かっていたが、ここまで俺の世界が通じないのかよ。
自信無くすぜ、俺は井の中の蛙かよ。
ほぼこの時点で春藍の勝ちは9割方決まっていた。故に春藍が手加減の様子を見せたのは自然。
「舐めているのか?」
「え?」
「戦士でも、暗殺者でもねぇな」
春藍は強さを手にしているが、その実まだ内面は脆い。戦いになったとはいえ、無関係の人間を殺害することができない。
そのことに王の内心が怒りに震えたのはしごく当然のこと。全力を尽くしても、歯が立たず。手加減されたとあってはピエロだということ。
そして、まだ終わっていないこと。
「うあっっ!?」
油断や手加減は命取りである。王は気力を振り絞り、春藍の首を両足で絞める。さすがにここまではサイボーグ化はできない。思ったとおり、人間の骨がある。
王の"MIIM"ならばここから首を折り、破壊するのに秒も要らなかった。
バギイイィッ
「強い奴に手加減なんてできねぇ。お前と違うんだ」
会心の一撃。春藍には王が絡んできたと思ったら、瞬間に視界をブラックアウトにさせられ、あの世へ吹っ飛ばされた事だろう。未曾有の逆転劇。
春藍、二度目の死亡。
「春藍様!」
そして、夜弧がこの戦場に再び降り立った。春藍がぐったり倒れている状況を見た瞬間、心を抑えつけられずに王へと特攻した。
「貴様ああぁぁっ」
「クールな姿が台無しだぞ、譲ちゃん」
銃で援護しながら、夜弧は王に近づいた。王に飛び道具がないことはこの銃撃で理解できた。しかし、それは冷静に振り返れば分かるだけだ。今の夜弧はかなり混乱し、真っ直ぐに戦っている。
王もこの夜弧の接近にはありがたいと、内心で感じていた。
"MIIM"の間合いは極端に短いからだ。
「くっ!」
「おしっ」
両手足が届くほどの間合いまで接近。王はまず、夜弧の拳銃を蹴り飛ばして武器を奪おうとした。
「!」
その時、両手の黒ずみぶりが王の危険信号を鳴らした。武器を吹っ飛ばせ勝てる。という見込みがないと勘がいっていた。接近したにも関わらず王が一瞬、退いたのだった。
「あぶね」
なんだあの両手?触れたらヤバイ予感がした。
接近する能力?魔術っぽい譲ちゃんだぞ?そんなのあるのか?
王は経験の中からでも極めて例のない夜弧の魔術の特性を察知して退いた。その決断は正しいだろう。そして、夜弧を仕留めるのが困難であることも理解する。
どんな能力かまで突き止められなくても、危険だと一度理解すれば殺すための一歩を踏み出せない。
サブミッションを得意とする王が踏み込めないということは、勝てないということだ。
「まいったな」
しかし、それを自分自身にも。無論、夜弧にも悟らせない老獪さ。
もう退かず。かといって前にも出ない。何かの手段を考えるための"見"だった。
夜弧がわずかに死路を見た事で冷静さを取り戻した。無論、王の攻撃にも恐怖を感じたからだ。
「ふんっ」
夜弧が優位であるのは変わりない。どうやら、実力者らしい向こうの4人は一切手出しをしない。事情は不明だが。王との仲間ではないという予想はついた。
つまり、今外にいる少女とこの男さえ倒せばまともな話ができそうだと算段ができた。
その時だった。
「いった~~、首の骨が折れたよ」
「へ?」
「!?おいっ……」
そこまでやった覚えはない。王もそのグロさに一歩退き、夜弧も拳銃を降ろしてしまった。
「ごめん、夜弧。もう少し粘って」
「は、は、春藍様……く、く、首が……とれてます……」
「外したの」
あ、頭と胴が離れている。なんで普通に喋れるのか分からない異様なホラーだった。自分が幻覚を見ているのかと錯覚してしまった夜弧。
しかし、正真正銘だ。
ビキィビキィッ
「き、傷口が再生していくだと!?」
春藍の両手が耀きだしている。この神に等しい手が王に折られた首の骨や、自ら斬りおとした首の再生を促進させている。繫がる、直る。
「"創意工夫"も体内に内臓している。それも今までの"創意工夫"と違う」
まだどちらも試作段階で止まっている段階であるが、夜弧を安心させるためこの秘密をぶっちゃける。
「ポセイドン様の"テラノス・リスダム"の超小型版内臓の"創意工夫"(アレクさんから頂き改造したもの)!これにより、高度な創造を容易にし高速に作り出す!前よりすでにパワーアップしているんだ!!」
とても元気な理由を打ち明ける春藍。夜弧はその姿を見て、とんでもないことをしていると唖然としている。
「春藍様」
夜弧は春藍が凄く頼りにできるほど、成長していることに涙がでそうだった。一方で王には春藍の言っていることはよく分かっていない。無理もないか。
これなら王を楽々抑えられる。
「!?うっ……やば。やっぱり、"テラノス・リスダム"を内臓しているから消耗が凄いや。ポセイドン様、よくこれを普通に操れたね」
「ええぇぇっ!!?もうダメなの~~!?」
春藍はもう、膝を床につけてしまった……。