遺産もない図書館②
地下2階。そこはライラも足を踏み入れた事がない場所。本がビッシリ並んでいる状況は相変わらずであるが、ところどころで現れる分かれ道とぶつかっても迷わずに進んでいく。
「こっちね」
ライラは先頭。
進む先に出会うのはまず間違いなく降りる階段。
2階、3階、4階、5階。さらに6階まで、まったく迷う事無く、降りていく。
「ライラ、凄いね!なんでこうして簡単に進めるの!」
「すげぇな、ほぼ迷ってねぇじゃん!」
進んでも進んでも本ばかり。にも関わらず、ライラの選ぶ道は確実に進んでいる。そのことに驚く春藍とロイであったが、ライラとアレク、夜弧は少し呆れた顔を作っていた。
「もしかして、あんた達。何も気付いていないの?」
「え?」
本ばかりしか見えて来ないが、わずかに残る何者かが以前に通っている跡。本の並びがやけに整っていて、その周辺の汚れがまるでない道。
ライラはそれらを見極めて進んでいる。
「あたし達以外に誰かがいるの。いたじゃなくね」
そいつがどれだけ先に行っているか分からないし、狙いもよくは分からない。奥まで行き過ぎて帰ってこられないのか。
またさらに降りていき、7階、8階、9階、10階まで降りる。
「な、何時間経った?腹減ってきた~」
「わ、私もです」
「入って半日ほど経ったね、ロイ」
まさか、食べ物が必要になるほどの迷宮だとは想定していなかった。ここで野宿してもいいが、
「引き返す準備もしなきゃなんねぇな。ライラ」
「周りが本ばっかじゃ、食い物に困るぜ~」
みんなも歩き疲れただろう。食べ物を持ってきてないというわけでもない。一時休憩を挟むのにはライラも賛成した。
「コラ!食べながら本を読まない!重要な資料なんだから!」
「えーっ!?……分かったよ」
「ごめーん」
身体を休ませるのは大事だ。軽い食事を摂ってから、全員は並んでいる本を数冊とって読んでみた。資料の多くはこの"無限牢"が作られる以前のもの。膨大な時間が経過しており、階数が時代と時代の分かれ目を示しているならまだまだ先があるのは確かだ。
そして、本に記されているのは、その時その場所で起こっていた事実。
「記録していた奴はすげぇーな。写真も鮮明だし、出来事の時間も、その場所の細かいことまで書いてある」
「1人でやれるわけないだろ」
「そうそう、こーゆうのはきっとその頃いた人達が記録していて、本にした人がいるのよ」
歴史の箇条書きにあらず。
とても重要になりそうな感じではない、その頃に起きた一つの事件の記録。しかし、どんなものであれ歴史や時代が揺れ動くことは本当に些細なことの積み重ね。あるいは強調される、わずかな変化。
運命なんてなく、我々人類が目もくれずにやってきた事の積み重ねをしっぺ返しするように出来事は起こっていた。
「まだ、この頃は"管理人"はいないんですね」
「そうみたいね。今のようになっているわけ。でも、それでも彼等は生きていた記録があってよかったわ」
人はやはり管理されなくても生きていける。
しかし、そうなった事実はちゃんと引き継いでいかなければならない。この管理人達が残した膨大なデータは、きっと人類に必要な物。調査する人材を後々確保するべきだ。
ライラは見据え始めている。これから始まる過酷な競争は管理人ですら読めない、人材争いだと。誰が何をでき、何をこなせるか。統率者がいなくなったこの世界が起こる混乱を束ねる力は組織力と人間力に掛かっている。
「そろそろ行きましょうか」
「うん」
この本当の奥に何が待っているか。誰が待っているか。
11階、12階、13階……。ライラ達の歩みは決して止まることはなかった。引き返すという選択肢がありながら、この中にある異様な空気がそうさせてくれなかった。
「なんだろう、これ?」
ようやく、地下36階。外部の何者かがいるという決定的な証拠があった。
今の今まで本しかなかったここに落ちていたのは、
「食べ物のカスかな?」
「そうね」
「チョコですよ!」
この本だらけしかない場所で誰かが住んでいた形跡。
桂が護っていたこの場所で、ライラ達より早く先へ行ける可能性は限りなく0。
「今も、住んでいる可能性もありえるな」
「おいおい。それじゃあどーゆうことだ?桂さんが護っていたところだろ?侵入者がいるなんてありえねぇーだろ?普通」
ロイの言葉は当たりである。普通の、侵入者だとしたら絶対に桂に殺害されていただろう。ポセイドンすらそれは叶わない。
しかし、侵入者ではなく。
「護るべき人って事じゃない」
「え?」
「おそらく、桂はこの場所を上手く利用して誰かを監禁していた。私達にそいつを連れ出せってことを、桂は最後に言いたかったのかもしれないわ」
ライラの推測。その推測が当たっていれば、この状況の説明はつく。
食べ物のカスが落ちていたということは、相手の居場所はそう遠くはない。
「確かにここなら探し出すのも、見つけるのも困難だ」
「しかし、護っていたってどーゆうことだ?」
「ポセイドンや他の誰かの手に渡ってはいけない人、そー思えば理解もできるかもしれませんね」
一体それは誰なのか。実は春藍も、ライラも、アレクも、ロイも。出会っていた人物だったりする。報告では死んだとされていたあの男。
地下39階で、その姿は発見された。地べたで寝転がって本を読み、傍には大量の食料が入った袋が置かれ、ちょっとどころではなく、匂いがキツクなっていた人物。
「うっ………」
「あ、あなたは」
人の声というのを初めてここで聞いた彼。振り向く事も大変な動作であった。一方で、その姿と匂いにちょっと、厳しい顔をする女性陣。
「……ああっ……待ち草臥れた。来ないかと思った」
男は起き上がる。もう5年も経ったと、人と出会って思い出した。とても酷いことを桂にされた。本当に来てくれるのか不安でしょうがなく、本を読みながら今日まで生きてきた。
「ようやく、僕が解放される。長かったよ」
特別に春藍は、男の名を驚いて叫んでしまった。
「わ、若ーー!?」