藺兆紗
時代の流れは変わっていく。
情報の入手、検索、虚実の把握。細かなプロセスを経て、回答が出るよりも早い。生きているだけで直感的に流れが来たと知れる器量がある。
「仕事の一杯は格別ですね」
どことも属さなかった。まだ出会っていない逸材という括りなのか、あえて彼が身を伏せていたのか。
時代に乗ろうとせず、変わることを待っていた。
管理人の消失から10日あまり。しかし、その状況がやってくることはずっと前から理解していた者。異世界の混乱の中、慌てずにタダ飲みするコーヒー。七三分けの髪型にスーツが決まった、社蓄に相応しい格好。サラリーマン。
「おかわりはセルフですね。え?やってくれると、ありがとうございます」
各々異世界に実質的な支配者、もしくはバランサーがいなくなり、崩壊に突き進んだ異世界もいくつかあれば別の形で現れる人間の支配者もいる。
管理人が蒔いた種に反応し、異世界の原型を留められる強き人間。人間が取り戻した姿。しかし、そんな人間達にも拭いきれない支配欲があった。ここの統一など、物足りぬ渇望。
計らずも、戦争を望む。
「外の世界か」
「管理人は知っていたでしょう?人間を管理するなどと、謳っていたクソッタレ共。私から言わせれば人間は家畜と同等に扱われていたと同じ」
人は出会いを求めて彷徨うなら、浪漫を感じさせてくれる。
しかし、こいつは違う。パイスー、ポセイドンとは違った正統派クズ野郎。高みへ舞い上がることでもない、悪に染まっても始める救済でもない。
己のみを考え、人を人として扱わない。管理人のせいで人は家畜になっていたと対面者に諭しているが、
「あんたは人を、"社蓄"と考えてそうだ」
「イェース!」
満面笑顔でピースポーズの回答。それに続いて不気味な理想計画に笑う。
「あなたは見たくないですかー?世界の統一、外にある無限を見るだけなく、その腕で支配すること」
「お前にそれができると?」
「管理人がいない今、別の人物が支配しなければ終わってしまう。その資格は誰にでも持っている物。私にも、あなたにも。世界を護るため、手を殺し合うのも一興。今、時代は流動している」
さぁ。今こそ、支配者が現れる時。
天候よりも荒れ狂う。人間が入り乱れる混沌と楽園。
「このままこの世界に閉じ篭りますか?王震源」
人とは動いてこそ価値を耀かせる。動けなくなった者はゴミにも値しないもの。吐く息の有害さ、食べるという資源の消費の有害さ、糞を生み出す醜悪さ。
藺兆紗は人を好むが、ゴミは嫌う。王は悩んだフリをして、目を閉じて藺兆紗を視界から消した。すると、藺兆紗はさらに彼に詰め寄った甘い言葉を語る。
「君はお美しい」
素晴らしき熱い告白。
「私の五感は命の本質を見抜く。とても甘く、芳しいものが、君から伝わってくる。興奮してくる」
天才に出会った凡人は何を思うだろう?
多くが絶望を抱くだろう。才能に縋ったことはないと振り絞ってみるが、超えられない壁を見せ付けられるものと理解もする。だが、藺兆紗は違っていた。
天才は全てにあらず。個性の棘が現われているだけであり、自分も凡人と天才を表裏させているだけ。
多くの人間は凡のみに気付く悲しさ。
「働きは耀き。命には役割がある。君は役割を全うできる権利があり、その力がある。まさか人を捨てる行為を選ぶのかなー」
役割?そんなもの、お前が勝手に決めてるだけだろ。
「ガタガタ、うるせぇよ。藺」
「やっと、その名で呼んでくれましか」
王は目を開けてすぐに藺兆紗を投げ飛ばした。殺すような投げではなく、自分と藺兆紗の位置を確かめるための投げ。
「それが俺と藺の距離感だ」
「あいたたた……」
20mはある。随分と遠く思える、ちゃんとした距離。
化け物なのは藺兆紗の方。誘っている言葉は意図を汲み取りづらい。
「良い投げ技です。体技に詳しくないですけど、あなたは逸材だ。才能を持った者はその才を使うべきですよ」
「俺は半人前だよ。まだまださ」
「探究心があるところも好きになれます。やはり、私の2人目の友人となってほしいです。人の良さもポイントです」
人類はこれから個人から集団へ、集団から組織へ、組織から国へ、国から世界へ。ゆっくりと団結という隠れた意志に導かれていくだろう。
「この世界で最強の"超人"であっても、奢りませんか。ふふふふ、知っていたじゃないですか。気にしているじゃないですか。ついて来てくれますよね?王くん。いやぁ、来るでしょう?」
「不思議と気が合いそうだしな」
世界が狭く感じてしまう。それは凡人にとっては羨ましい事なのだが、選ばれし者にとっては退屈に過ぎなかった。
王は強い。だが、この世界が弱いから。そう思われるだけ。狭いことがこんなにも苦痛だとは思いもよらなかった。
「改めて訊こうか。お前は何をする?俺はお前の何をすれば良い?夢はいらんぞ」
退屈な場所から離れる。
そこに自分の高みが見えてくるかどうかなんて、分からない。
「まずは、なんといっても人を集める事です。……いやぁ、王くんにならさらに先を言いましょう」
藺兆紗は支配者になりたい。それは最終目標であり、最終的な目的は人に宿る役割をしっかりと、人が果たすべき異世界。そのサイクルを造り上げること。
「まずは国を造ります……人が集まり意志と技術を重ねた集団。これからは人材がものを言いますよ。王くんには私の護衛をしていただきたい」
藺兆紗
スタイル:魔術
スタイル名:人脈
この男を中心とする人類の戦争は新たな局面と、時代を切り開くのであった。




