説得②
『……どこだここは?』
管理人の廃棄された向こう側。そんなものなど、考えたことはなかった。
ポセイドンはボンヤリとした視界の中、フラフラと進んでいた。白い色ばかり見えていて、色がまったく付いていかない。気付いた時、こうなっていたことにポセイドンは戸惑っていた。
『なんだここは?』
ここは知らないところだ。だけど、不思議だ。
なぜだか、見覚えがある。もうないところだった気がするが、
進んでいけば分かると、ポセイドンは前ばかりを見て歩き続ける。視界が徐々に鮮明になっていく、ボンヤリと白がハッキリとした色に変わっていく。
『ああ、……気持ちの良いこと』
風が吹いてきた。飛ばされそうだ。
『!おおぉっ』
透ける色をした葉っぱが舞って来る、塩の匂いも届いてきた。小さな波の音も聞こえる。この場所に異世界が創られていく。とても静かで平穏な場所だ。そうか、ここは自分なりに求めていた静けさか。
『何か釣れますか?』
理解した。
それと同時に異世界が創られている。本当に夢の場所だった。言葉を聞いた者は今、ようやく追いついて創られた。
『"お主様"』
『……何か釣れますか?』
『"お主様"という大物が、釣れました』
海岸にて。
自然溢れるこの場所でのんびりと過ごしている人々がいた。何も恐れを知らないその瞳、人々は何も知らずに楽しく過ごしていた。
『子供達はけん玉か?』
覚えていたことを造り上げていた。あの時、自分が造り上げた村の子供達。まだ、本当に人間のままでいた時。
『あー!"お主様"だー!』
『見て見てー!飛行機ができるようになったよー!』
『ほー。もう一つあるか?我が新しい技を見せてやろう』
『ホントに!?』
『隠れて練習していたのさ』
自信満々でポセイドンはけん玉を握って、
『ほっ、よっ』
あの頃、頑張ってみた技を久々に披露。感覚がまだあったようで上手く決まる。
『おーーっ!』
『凄ーい!』
『ふふっ、我にかかればこんなものだ。今度、また面白い物を見せてやろう』
『本当!?』
『今の我は忙しくはないからな。いつでも遊んでやろう』
ここはとても平和だもの。
ポセイドンは子供達にまた来ると伝えて、村の様子を探りを続けた。とても長閑な雰囲気なままだ。災害で潰れてしまう記憶が吹っ飛んでしまった。
『ありがとうございます』
『?』
『お主様。本当に、今日までありがとうございました』
『…………』
突然に、村人達から感謝されるポセイドン。
嬉しくなるべき言葉であるが、少しだけ申し訳ないという神妙な面に変わった。
『お主様がいてくれたからこそ』
『止せ。我はお主等を救えなかった。そして、人類も救えなかった』
だが、その言葉はどこか吹っ切れていた発言だ。
『精一杯、我のやれるのことをした。残せる物も創ってきた』
『そうですよ』
『頑張ってきたんだ。あとは……あとの人類に託す事にするよ』
『ここでゆっくりと休んでください。管理人として、私達を救ってくれた分以上に』
優しい言葉はあとで受けよう。
『その前に会うべき人がいるのだ』
まだ、姿が見えていない。あの者の面、……。どこにいる?山の方か、登ってみるか。登山など、我がこんなことをするなんてな。
亀のようにゆっくりとした歩み、変わらないこの楽園を見渡しながら、会うべき人物を探していた。伝えたい事がある。
『見下ろすのが好きなのかな?』
『いえ、景色が良いからですよ。お主様』
『我をそう呼ぶな。だが、我は貴様をこう言ってやろう』
あの時の貴婦人だ。"SDQ"によって、最初の異常を訴えた者。ポセイドンがどうして、彼女を捜していたか?答えはとても単純であった。
『"時代の支配者"』
貴婦人はポセイドンの言葉に何も反応はしなかった。それでも、ポセイドンが続けて彼女に自分と、人間の思いを伝えた。
『これで貴様の思い通りになったのか?だとしても、管理人がいなくなってもまだ人類がいる。貴様の思い通りには決していかない。それだけ、我々は貴様を消すためにいくつものの奇跡を残してきた』
貴婦人はまだ何も反応しない。
ポセイドンは無反応に興味を示し、貴婦人の隣までやってきて、彼女と同じ景色を見下ろした。
『良い眺めだ』
『……ええ、とても良い眺めよね』
ポセイドンは横目で貴婦人を見た。
その顔はとても歪に淀んでいた。生き物ができる顔ではなかった。
『それが貴様の面か?美しさがない。モテないな』
『ふふっ、まさか』
貴婦人は立ち上がろうとしなかったが、壊れたカラクリのようにゆっくりとポセイドンの方へ動いてくれた。改めて、その表情は歪まれていて何も見させてはくれない。
今すぐにでも討つべき存在であるのは分かる。
『私はいつでもいるものです。私はいつもいないものです』
『我の幻影にも潜める貴様には興味以上のものがある』
ポセイドンのような、狂気的な精神を持つわけではない。
改めて理解して対面すれば自分が霞んでしまっていた。
『夢なんて、儚いものではないです。私は私の気持ちのまま、世界が転がって欲しいと願っていた。あなたは死に終わった。私は死で終わっても、また始まっていたのですよ』
精神についていける強さではなく。この者は、突き抜けた精神を勝るいくつもの意図的な奇跡を持っている。時代の中に存在せずとも、時代を操れるこいつは危険人物だ。
人類にとっての害であり、全ての悪が詰められている。
『そんな怖そうな目をして……。あなたの思う通り、私はあなたの幻影に過ぎない。殺しても無駄です。これも私の意志に過ぎない』
『だろうな。で、今のお前はどこにもいないというわけか』
『でしょうね。さぁ、としか分かりません』
ここはポセイドンの求めていたところ。
とても穏やかに過ごしていける環境。ここにいる彼女は幻影。何も辛いことがないところで、一から生きていく。
『もう我は管理人でもない。貴様のことは忘れるとしよう』
『……私はいつでも、ここにおりますよ。あなたの幻影なのだから』
『であるから、会えんのだ』
死の先にある場所はなんなのだろうか?着地点の一つとして、そのものが一番追求したまさに夢があったところなのかもしれない。
ポセイドンはこの幻影と永遠に付き合って行く。現実は続かなかった、なら、幻影だけでもその続きを歩んでいこう。
『ようやくだ……』
ポセイドンは彼女の隣でゴロリと寝転がった。綺麗な青を見つめれば、また白い靄が現れ始める。この夢をまた忘れるような、本当の眠りについた。
ここで、とても永く。ポセイドンは眠りについた。諦めがつき、先を見つめられた安堵があった。ゆっくりとこの幻影も黒が混ざり始め、静かに崩壊していった。




