ポセイドン③
理論が完璧だと言われている。あらゆる想定にも対応しています。
そうした物で固めてきた世界だ。誰も、想定外を想定するわけがない。
「腹部に違和感だと?」
「はい、お主様……。最近、お腹の調子が悪くて」
「分かった。少し見てみよう」
アーライアに住む人々の健康管理は3日に一回、ポセイドン自ら務めていた。今の彼は管理人でありながら、医者としての職務があった。ポセイドンは昨日、健康管理を行なって何も異常が見つからなかった貴婦人を再度調べてみた。
この時はまだ、異常は見つからなかった。
何も変わらない健康体だった。
だが、嫌な予感がしたポセイドンは"異常"という診断結果を言い渡した。
「村の皆を呼ぼう」
今まで正常であると認定する結果が本当に正しいのか?疑心暗鬼に飲まれながら、自分だけを信じて診断を開始した。様々な検査を試した結果のほとんどは"正常"を表記していた。だが、村に住む人々は皆どこか身体の不調を訴えていた。
原因不明という異常。
この不調の根底に"SDQ"があるというのは診断をせずとも理解できる。だが、どうして検査の結果のほとんどが、"正常"を訴える?
正常ではないだろう。見ただけで我には分かる。熱があるんだ。咳や痰の現れ、魘されている人達もいるのに。なぜ、様々な診断ができるテストはYESしか答えない。
「大至急だ!」
"SDQ"のあるここで生活していくことで、人間は知らずに耐性を得たかもしれない。だが、それより猛毒となって"SDQ"も変化したとしたら。過去に、"SDQ"は生体反応を見せていた。
ウィルスのような奴のくせに、死にたくはないという感情が働き、長く生きようとする選択がとれるようになったのか?
「異世界から健康な人間を1000人ほど、実験体として用意してくれ!」
進歩していく力がある。
事故でもっとも最悪かつ対処が困難なのは、"原因不明"だ。
ポセイドンは健康な身体を持つ人間で調査を始め、身の回りの"科学"を試していた。結果は健康であるにも関わらず、異常を訴える答え。予想通りであったが、これが正しいと判断できる時間を考慮すれば遅すぎた。
「手遅れか……」
"SDQ"を資源に変える手法は確実であったが、ポセイドンの研究成果に抗うように"SDQ"は性質を変化させた。その変化がポセイドンに気付かぬよう、ゆっくりと変わっていた。
彼が扱う"科学"に入り込んで、情報を改竄していた。
「古にあったとされる、"LOST"と呼ばれる科学か?その亜種か?」
そして、"SDQ"を中心としたこの村。ここに住まう人達にも侵入し、外見では判別つかないが、内部が徐々に変化し始めていた。"SDQ"を成長させる生き物となっていた。人間の生命力を奪いながら、成長するウィルス。
「そんなのはどーでもいい」
止められない成長。気付かれた進歩は、さらにその歩みを早めた。もうかつてになる、研究も捨てられるほど早く、大きくなった。
全てを喰らい尽くす、あの白い雪がこの村に降り始めた。その規模は観測史上最多。多くの人間は軋んだ音を度々鳴らす家の中、外にも自分にも震えながら時を過ごしていた。
コンコンッ
「失礼する!巡回である!」
ポセイドンだけは管理人であったからか、まだ"SDQ"の被害に見舞われていなかった。"SDQ"に耐性がある傘(一回限り)を使いながら、家々を駆けずり回って診断と治療を行なう日々となった。
他の異世界にいる管理人に応援を頼もうにも、この状況下で戦力となりうる管理人は誰一人もいなかった。"SDQ"から人を救える管理人はポセイドンただ1人という絶望的な状況。
また、その選択をポセイドンが一切考えなかったというのもある。
それは彼が責任者だからだ。
「苦しくなったら、この薬を噛むんだ」
安全と安心を査定したのは他ならぬ彼だ。
ポセイドンは楽にさせることだけで手一杯だった。今更、他の異世界に彼等を連れ込んでしまったら、体内を侵食している"SDQ"がどう動いてくるか分からない。
生きるも、死ぬも、ここでしかさせられない。住むとか暮らすとかの話はもう、そんな世界は消えていた。
あの頃の風景はもう、融けてなくなっていた。
「お主様……」
ポセイドンは訪れる人々の声をよく聞いた。
それが、彼等の死から搾り出された本心だった。
「どうか」
託す思い、冷たい声からの温かい言葉を届けて……。