ポセイドン①
バシュッ
管理人として初めて担当する異世界は、"無限牢"が誕生するよりも前から問題があった場所であった。
「切り傷か」
ポセイドンは"SDQ"に初めて触れ、斬られる痛みを知った。
「あるのは"SDQ"だけ。静かなところだ」
人類を管理し、繁栄に繋げる管理人。その重大な責任者であるポセイドンの最初の管理先が人間が住めないところだというのは面白いことだ。
ポセイドンは"SDQ"の研究を始めた時でもある。
自分の体で触れ、感じたこと、抱いたことを記録しながら、調査を始めた。
ゆくゆくは腐りが広がる異世界を改善し、人間が住まうことができるようにするのがポセイドンの最終目標であった。
いつまでも降り続く"SDQ"のその上へ行った事もある。原因不明、解析不能の現象を解決するという役目は、一科学者としては光栄な役割だった。その道は今でも解決に至らず、困難であることは分かるだろう。
ガァァンッ
「むっ、調査用の科学が故障してしまうとは」
研究施設の建造はたった一人で行なったのも大変であったが、常に迫って来る"SDQ"を防護する設備はなかった。物量によって潰される研究施設の数々、破壊される科学の数々。
「お、おのれぇぇ……」
ポセイドンの苦い思いは続いた。しかし、その苦さが強さに変わっていくも事実。
追求するにしても、それを阻止する"SDQ"。
星を観測するにも望遠鏡といった近くに見えるようにする物が使えなければ、観測は困難であっただろう。味見が出来ず、使われる調味料も具材も、分からないまま料理をするような。
ハッキリ言って観測ができず、アテにもできない状況が今なお続いているのだ。
当時のポセイドンがとても四苦八苦していたのは多くの管理人が知っていた。一部では変人と思われるほど、研究熱心で奇抜な科学を作り出す管理人として広まった。特に資源の採れる異世界や、商業市場街"月本"ではよくポセイドンの大口注文があった。
「観測ができぬのなら、試行しようではないか」
いつも壊れるという結果が導かれるなら、壊れる過程を辿って調査を試みる。
不可能と思われる広大な大地も、強引に用意して放り込んでいく。異世界一つ分に値する土を用意した。それだけではない。海も作り出そうと、異世界の海域を丸々一つ買い取って丸ごと持ってきたりもした。
ポセイドンらしい規格外のやり方だ。
多くの金と労力を使っての、大規模な失敗前提の試行。僅かでも良いヒントを探っていた。
そして、この試行で確信できたことはわずか3つ。
1つ目は"SDQ"にわずかな生体反応の確認。
2つ目はこの動力が、"魔術"に関連している物であること。
3つ目は"SDQ"にはその数はもちろん、無限に近い組み合わせと種類を持ち成長する事。
決定的な情報を得られたと認識できたのはこれだけ。それは"SDQ"がとても謎で、強大か分かるものだった。相手を知るにしても、欠点を見つけられなければただの確認でしかない。
ポセイドンは試行から研究へと変わっていった。
生き物を使った実験の始まり。爬虫類から、魚類、哺乳類など。人間以外の生物を中心に実験はスタートした。ただの生物では生存できないことは知りながら、どれだけ生き延びられるかをテストしていた。
テスト中、生き物達は阿鼻叫喚を歌い続けた。"SDQ"は死を美しくせず、惨く身体に浮かび上がらせる。変色、変異、変型。いきつく死は、変死。
しかし、その強烈な死を見せつけられても、探究心と折れぬ使命は両手で触れることができた。グチャグチャしか結果は出なかったが、諦めるといった選択には傾かなかったその両手。
温かい。けれど、冷徹。
「収穫0」
必死に、地面に蒔いた種から現れた芽は何もなかった。
探究心は休暇を望んだ。目の前ばかり見ていて解決に繫がるわけでもない。過ごすにも一苦労なアーライアを離れてのんびりと別の異世界を回った。
きっかけにとなったのは雪解けを利用して農業に活かすところだった。災害でしかない雪を活かして、作物を育てるとは中々の知恵であった。
莫大な"SDQ"の力を資源として扱うことができれば……。消滅させるのではなく、利用価値に変えられればいい。
視点を変えてからの調査に切り替えた。
その方向転換は気分転換ではなく、ガチでマジで、本気の転換であった。
膨れ上がるアーライア近辺に資源を生み出す異世界を設立したり、桂との連携を行なったり、自分の科学"テラノス・リスダム"までも動員した。
支援も、設備も、自分の力と信念はあった。残すは結果だけだった。どんなに追いかけても結果に辿り着かないこともあるだろう。
ポセイドンはいくつもの屍を生んでいたのと、失敗を繰り返しながら進んでいった。
災害に屈してはならない。
"科学"は試練を乗り越えるために生み出されている。
知識、協力、力、技術、……信念。
何千回繰り返してもダメな事もある。1+1=2ではない証明を求めるような、過酷以上な研究。不老である管理人だからこそ、時間は無限に近いものがあり。のめり込んで、納得するまで向き合った。
成果は少なかったが、ポセイドンの直感は言っていた。
この研究に突破口がある。
ゆっくりと答えに近づきながら、その時は来た。