"テラノス・リスダム"の正体を探れ!
なぜ、炎が点いた?
自分の力量だと、褒めたい気持ちは一切なかった。その程度の科学ならばこれから先の希望が持てない。何かがあるからだ。
ギュゥッ
『ふざけんなー!おっさんと手を握っても嬉しくねぇぞ!若い女の子と手を握りたいぞ!』
『文句言うな!見失ったら二度と戻って来れねぇんだぞ!俺だってな、春藍と手を繋ぎたい!』
アレクとロイは仕方なくであるが、とても堅く互いに手を握り合った。ロープなんて物はなく、物理的で超原始的な手段である。
2人で行動しなければこの先を生き残れない。
しかし、生き残るだけでは絶対にダメだ。アレクは今、持っている可能性を全力で考えて生かしている。
『光は』
暗闇に一つだけある灯りはとても目立つ。
しかし、光を桂とポセイドンが認識することができなかった。なぜなら、……いや、当たり前であるが、アレクの位置から2人が戦っている方角には大きな建物が立っており、光を遮っていたからだ。つまり、わずかな光が生まれたに過ぎない。
『……ロイ、聞こえるか?』
『あ?なんて言ったんだ!?聞こえねぇよ!』
"テラノス・リスダム"の故障ではない。確かに音は聞こえていない。もう一つに試しとして、ロイの頬を唐突に叩いてみる。
『ぐぉっ!?何すんだ!?』
殴った感触は残るが、音は当然響かない。生まれないんだから当然だ。
普通じゃ生まれない。違いがあるとすれば
チャァッ
『お、おい!灯りを消すなよ!』
シュボォッ
『あ?あ……あ?』
『聞こえたか?ロイ?』
掴めた手掛かりは、"科学"だから。それしかなかった。異世界全体に影響を及ぼす力であるが、"科学"から発する事象はどうやら消すことができないようだ。
だから、炎が点き。光があり、音までも生まれるのだ。
『正体まで掴めたわけじゃないがな』
わずかな情報を得ただけで満足してはいけない。情報を紡いで答えに辿り着く。これはまだ情報の一つ。
【ポセイドンに近づくぞ】
作戦は練った。伝える時間も労力もない。
アレクは"紅蓮燃-℃"を取り出し、空中に向ける。ハーネット戦で壊れなかったことが幸いであった。攻撃という面ではもう役に立てないが、道を作るには十分だ。
ドゴオオォッ
空を飛び回る炎の龍が生まれ、戦場全体に灯りが生まれた。誰の仕業かは戦っている二人には分かる。
『アレクか。やはり我を狙ってきたか』
ポセイドンの警戒は強まった。アレクもいるという意識はあるが、桂への警戒を少しでも怠ればヤバイ。懸念はわずかに留め、ここからでは見えなくなった位置にいるだろう桂を警戒し続ける。
隠れているから見つかったらアウトだ。
『まだ手掛かりを掴んだわけじゃないか』
同じく、炎の龍を目撃した桂もわずかに意識するだけで戦闘に戻った。
助けが来たと喜んでいられるほど、今の状況は楽ではない。ポセイドンを狙う事も難しい攻防が続いている。
『だーっ!なんで俺はアレクを担がなきゃいけねぇーんだよ!くそー!』
声が出ないことを良い事に愚痴を言いまくるロイ。そして、担がれながらアレクは"テラノス・リスダム"によって生まれた創造物を拝見する。
春藍の"創意工夫"とは同タイプであるが、精度はやはり桁違い。できたばかりの創造物は見た目通りの頑丈さを併せ持っている。さらに数においてはまだ見たりないと言えるほどの量。出来ていく創造物の跡を辿っていけば桂に出会えることはなんとなく分かる。
『俺が欲するだけの科学だ』
改めて規模を確認すれば、その形状が小さい物ではない。ポセイドンが身につけるとも言えない。
アレクは今のところ、"テラノス・リスダム"の形状を2つのパターンに絞っていた。
1つは可能性がもっとも高い、巨大過ぎる科学。高層ビルが立ち並んでいるところも多いこの世界だ。見上げても、端が見えないほどの巨大な科学であればこれだけの容量と精度には納得できる。
もう1つは、ポセイドン自身が"科学"になっていること。
人間を改造する奴だ。自分を改造して、体内に"科学"を仕込んでいてもおかしくはない。このパターンであれば、"テラノス・リスダム"の奪取や破壊なんて困難。それはポセイドンを殺すことと同じ。
『炎が消える前に、絶対にポセイドンを見つけ出すんだ!』
『んなことは分かっている!』
絶望は願わない。
アレクは前者に賭ける。とにかく、巨大な何かの科学だ。炎の灯りで見える建物は色々な光を放っていた。
ビルや家みたいな科学かと、安易に考えてみたが。様々な方向から思考を刺激する。
あのポセイドンが管理人の最強である桂と、真正面から戦うことを選べるにしてはそんなデカイだけの科学では役に立たないはず。破壊されたら"科学"使いは戦闘不能になる。絶対にそれはない。
『くそ!どこにいやがる!』
ロイは必死にガタついている両足で地面を蹴り、飛び回ってポセイドンを捜している。身体の軋む感覚だけがとても理解できる。血が流れる感覚、骨の音、心臓の声が、届いている。
光や音などがなくなったのなら、ポセイドンだって同じはず。見つけさえすれば、躊躇なく行ける。気付くのに数秒は掛かる。
『空か?』
ライラの"ピサロ"をイメージして、天を見るアレク。だとしたら、どこにある?どうやって奪取できる?
『それも違うはずだ』
ポセイドンの切り札だ。空に浮かんでいても、俺だって、桂さんだって破壊はできる。自分が遠ざかり過ぎたら、それこそ危険だ。少なくとも簡単には壊せない物だ。
考えるほど、可能性が狭まっていきやがる。
『気持ち悪いな』
なら、見ることができない"科学"か?
『音が分かる』
アレクも、体内の音を感じることができた。見ることなんてできやしないのに、イメージできる理解できる感覚。焦っていると、心音が鳴らしていた。
『空気、細菌みたいな科学か?』
どれが正解なのか分かりやしない。どれも利点欠点を表している。そもそも、こっちが正解だという保障もない。まだ賭けるにもならない現状だった。
『違う。それもない。あれだけの創造物を空気や細菌といった物で補えるわけじゃない。それにとても小さすぎるぜ』
アレクは難しいクイズを解いている気分じゃなかった。"テラノス・リスダム"を探るにはその使用者であるポセイドンのことを考えなければいけない。あーでもない、こーでもないと、否定が生まれるのはポセイドンという存在を頂点として感じているからだ。まだ、アレクは下から彼を見ていた。
『おい!アレク!』
『分かっている。俺を叩く必要はない。確かに見えたな』
炎はゆっくりと役目を終えようとしていた。
役目を受け持つ物にとって、次に繋げられるかどうかは分からない。そーいった感情は炎には宿らないだろう。
『まだ、こっちに気付いていねぇ。無理もねぇか』
『答えはまだ言うなよ。見せるなよ』
アレクとロイはポセイドンの視界に捉えることができた。