戦争開始のBELL
桂の到着が遅れたのはある場所に寄っていたからだ。
そして、同じくポセイドンも、同じ異世界にいながらも戦闘をアレク達に任せたのはとある実験を進めているからだ。
コポポポポ
「いよいよか」
実験は成功した。
もちろん、この実験のために"テラノス・リスダム"を再度創り上げた。成功しなければならないことだ。
「希望の船の核が出来上がった」
"特別かつ限られた素材"で作成することができる代物。ハーネットが探し当てた資料から、工程を確立させた。それは自分も含め、過去が託していた品。
あとはこれを誰が握るか。
ポセイドンか、桂か、人類か、それとも……。
ガチャァンッ
「桂に斬られなければ無事であろう」
大切に、厳重かつ強固なケースに閉まったポセイドン。
実験の疲れは目の前に迫る敵を察すれば吹っ飛んでしまう。何度も衝突し合ったが、それがようやく最後と思えばホッとする。そして、自分が全力で戦えるというのならなおさらだ。
「幕だな」
キイィィィンッ
この研究所全体が切断され、捲れるように天井が外れていく。
ずれていく天井は徐々に砂のように細かく散り散りとなり、やがては目にも見えなくなるほど細かに滅せられる。
「我の居所はアレクに教えてもらったか?」
互角、もしくは格上の場合でも負ける可能性がある。
その一つが奇襲だ。桂の十八番は奇襲だ。むしろ、こうして真正面からやってくるのはありがたい。実験が成功すればこんな研究所は破棄が望ましい。ポセイドン以外に理解されては困るからだ。
切り落とした柱に立つ桂を向かい入れつつも、ポセイドンは"科学"の使い手としては異例の無手で相対していた。
「持ち逃げする可能性も入れたが?」
「まだできんさ。桂を殺すまでな。それに」
奇襲ではなく、そもそもタイマンを望む。
桂の本音はそれだ。なんだっていつも奇襲をすると思われなきゃいかん。
「逃げる獲物を狩るのが得意なお前にそんな愚策はせんよ」
「例の核は完成したのだろうな?」
「まだしとらん」
戦闘の始まりの決め方は色々とある。桂が奇襲を決められない理由に、ポセイドンが核を造り終えているかどうかだった。
それゆえ、ポセイドンを脅しから始めたが、早々に見切られたあげく利用されてしまった。
「わけねぇだろうが!!我を舐めるなぁぁぁ!!」
咆哮の時も無手だった。
春藍の"創意工夫"のような身につける形状であれば違和感もないだろうが、それはない。断言できる。
「"テラノス・リスダム"」
ハーネットは振動や捻じ曲げるを応用し、大地を操ることができる。それも広大な範囲で強力。しかし、消費が激しく長く使えないという欠点も含めれば完璧ではない。ポセイドンからしたら。
「科学の頂点を味わうがいい!!」
科学に適した世界ゆえ、全ての科学の精度は飛躍的に伸びている。戦場からして、科学使いが有利だったのだ。
いかに凄く、強い能力を持つ桂とはいえ、攻撃手段は主に斬撃と打撃。超人=野蛮人への対応策はいくらでもある。"テラノス・リスダム"にはそれだけの対応力がある。
フッ
世界に存在する当たり前。光、音、匂い、味。感覚が刺激されるだろうこの世の全てを取り除く。
『むっ』
声を発しても生まれない。目をかっ開き、あるはずの光を掴もうとするが、光がなくなれば掴めるわけがない。
桂でなくても動きが止まるのは自然だ。それでも、機を探している。
『どこだポセイドン!』
声が出ないんじゃないな。発生しないのか。
だが、ポセイドンの気配は感じ取れる。状況を打破する一手も今の拙者にはある。ポセイドンがどれだけ拙者の情報を入手しているかが不明だが、拙者が奴を殺せることには変わりない。
桂は最終目標の完遂のメドをもう立てた。とはいえ、実力と自信は=ではない。
光がなく、無音であり、匂いのない異世界。鼓動や命が放つ気配すら持たない、"物"が蠢くここは桂の陣地ではない。
『我が理想』
桂が認識した時、ポセイドンはあらゆる兵器で桂を包囲していた。その兵器に共通する用途は命の与奪。感覚を研ぎ澄ませようとも、"雷光業火"を使いようが、突破するのは至難。
『始動だ』
苛烈な戦争の先手はポセイドン。その一手で決まるとも思える始まりだった。
光も、音も、匂いも生まれない世界で感じられるのは己の痛みだけだ。