夢の科学、"テラノス・リスダム"
アレクとハーネットが激闘を繰り広げている間のこと。
「ど、どーなってんだ?地上が上で、空が下で……」
ロイは夜弧とライラを抱えながら、空に落ちないよう耐えていた。
「こら!くっつきすぎ!」
「うるせぇよ!つーか、傷口を叩くなよ、可愛くねぇな!」
丈夫そうな足場まで移動し、二人を降ろしてホッと一息をつくロイ。偶然あった足場に来ただけのロイと夜弧、それとライラであったが。
「お主を見たのも、ハーネットが関わったときだ」
「えっ!?」
やはり桂は神出鬼没。
「"雷光業火"があればこれくらいはな」
「うっ……」
管理人と出会ってしまった夜弧は顔を青くしてしまった。桂もまた刀を握った。殺意と怯えが現れたところで、ロイは二人に口を挟んだ。
「待てよ!いきなり現れてそれはねぇだろ!」
「ロイ……」
「……それもそうだな」
ラッシは管理人としての役割を選んだ。しかし、桂は自分を選んだ。夜弧をここで殺して得があるわけがない。
「ハーネットを呼び起こし、この戦況を五分に持ち込んだ彼女の貢献は大きい」
「ダネッサも倒したんだ。夜弧がいなきゃ、俺達は全滅だった」
「そうか」
所詮、人間同士の戦争だ。
桂が始めから出張れば勝っていただろう。ひとまず、アレクまでは……。
「夜弧といったか。お主の処分はポセイドンが終わってから決めるとしよう」
「……ほ、本当ですか?」
「だが、拙者に見える位置におればすぐに首が斬られることを頭に入れておけ。ポセイドンも同じ考えかもしれん」
ライラ達は"テラノス・リスダム"の破壊までが任務だった。
「決着か。ロイはライラを抱えろ。また、天地がひっくり返るぞ」
キュインッ
「おおっ!?なんだ!?なんだ!」
「騒ぎすぎ!」
「ハーネットも奮闘したようだが、やはりアレク殿が勝つか」
この後と、ライラの様態を考えれば春藍くんの生存が必要だ。
だが、ハーネットに意識を奪われ、肉体も焼かれたとあっては限りなく可能性は薄い。来るのが少し遅れたのがまずかったか。
ライラと春藍くんを助ける手段には何がある?
「アレク殿がまだ生きているかな?」
「は?桂さん!あいつは今……」
「管理人の拙者からしたら、夜弧とハーネットは敵と認識しているんだ。それに仲間だろう?交渉なんて言葉を遣わずとも、普通の話が出来る」
戦いはアレク殿の勝ちだ。
おそらく、彼なら生きている。そして、彼の目的はポセイドンを超えることであるのなら"テラノス・リスダム"を狙っているはずだ。
拙者とポセイドンが戦っている間を狙い、奪い取って拙者とポセイドンを葬る。ダネッサなどの直属部下を失ったポセイドンには、彼を止める術がない。野心の強い師を持てば、弟子もまた野心家さ。血なんてカンケーないか。
「ライラと春藍くんを救うにはアレク殿の力が必要だ。ロイ、アレク殿を止めて来てくれ」
「お、おい……」
ロイは桂の言葉を信じてはいるが、動こうとはしなかった。自分が離れては夜弧がどうなるか分からないからだ。桂はそれをすぐに察して先手を打つ。
「さきに拙者が春藍くんを救うか。心配せずとも、拙者は今。ライラと春藍くんを助けたいのだ」
こうして、春藍の元へ桂が行き。ロイがアレクを回収する形となった。
ボロボロで地面に転がるアレクの周囲で話をすることとなった、桂、ロイ、夜弧。アレクだって話の中に加わっている。
「アレク殿。久しぶりだな」
「……ふん。桂さん、あんたに一つ訊きたい。どうして俺のことを周りに黙っていた?俺を殺すことができただろう」
「大した生命力だ。随分と自然回復している。さすが、ポセイドンの弟子だ。だからこそ、アレク殿に死んで欲しくない」
「理由を聞いている」
「死んで欲しくない。それが理由だ」
子供みたいな理由と、アレクは思って舌打をした。どうして生き延びたか良く分からない。ロイも、夜弧も、桂の考えている事が分からない。
「ポセイドンと同じだ。この戦争を企んでいた者として、結末を選ぶつもりだ」
その言葉の意味がアレクには良く分かった。
ハーネットの争奪戦で桂と対峙した時。自分が死んだとしたら、ここまでの戦争は起きなかっただろう。
表向きはポセイドンがしたと史に残したいようだが、暗躍している桂の方が性質が悪い。止められるものを止めないことは悪に近い。そして、どうやらポセイドンと桂はこの戦争までの道のりは同じなようだ。
「桂さんと、ポセイドンの勝ち負けが未来を左右するわけか」
「そのとおりだ。それ以外ないがな」
ポセイドンは桂を倒すため、十分な準備をしてきた。そして、桂もしてきたのだろう。
ただ、状況がここまでシビアになるとは想定していなかった。一騎打ちとはいえ、
「"テラノス・リスダム"を知らないか?」
「……いや、知らないな。桂さんも捜しているようだが、俺も捜している」
能力を知っているアレクと桂であるが、どのような形状をしているのかを知らない。一方、桂が持ってきた切り札"一刀必滅"は文字通り、刀であり、能力もポセイドンに割られてしまっている。
情報戦で負けていることは戦闘での不利を示している。
だが、桂が得ていてポセイドンが失ったものがここにある。
「それなら話が早い。交渉をしよう」
「!なに?」
交渉という言葉を聞いた時、アレクは桂の話を聞かずとも、希望を知って今にも飛び上がりそうな目をした。質問が分かったアレクは自然とYESをとった。
「そうか。まだその手があったか」
「アレク殿、お主が」
ポセイドンの"テラノス・リスダム"を奪い取ってくれ。
「人間の中で、科学にもっとも精通しているのはお主だ。ポセイドンを超える野心があるのなら使いこなせなくては話にならんな」
「共闘か?」
「春藍くんとライラを蘇らせてくれ。しかし、本来は生き返らせる"科学"ではない。人間を構築できるリミットは死後、2時間だ」
アレクにとっては叶ったり、桂にとっても叶ったり。ただ、所詮は約束だ。完全な仲間というわけでもない。単なる予防線が張られただけだ。
「いいかな?アレク殿」
桂が得たのは仲間なのだろうか。
「拙者が可能な限り、ポセイドンとの戦いを引き延ばす。その間にお主が見つけ出し、使って二人を蘇らせて欲しい」
桂にとっては破壊から奪取に変わっただけ。任務を遂行する者が、ライラ達ではなくアレクに変わっただけ。自分の予定にそこまで影響はない。
「夜弧」
「は、はい!」
アレクはそう動いてくれると信じている。ロイも同じだ。ただ、この場で唯一信用することができないのは彼女だ。
「悪いが消えてくれ。心配はするな。拙者はただ、危険人物を傍に置きたくないだけだ」
作戦を聞いたが、自分がこうして退場させられるとは思わなかった。しなければ殺される。殺す気でいる。夜弧はそれでも確認をとった。
「春藍様も、ライラも助けられますか?ポセイドン様も倒せるんですか?」
言われるまでもなく。ロイにも、アレクにも、余力は少ない。全力で戦えるのは桂のみ。実質、彼頼みの質問だ。
「大事な娘と仲間を殺す拙者ではない」