相打ち
高低さ含めて、アレクとハーネットの戦闘は手の届かない戦いだった。
大地を操るハーネットと空を舞っている炎の龍を操るアレク。
アレク自身は地上におり、ハーネットの攻撃には晒された。一方で炎の龍はハーネットに襲い掛かるものの、速度が遅くて隙が多い突撃ばかり繰り返した。当然、ハーネットに直撃するわけもなく、軽く避けられてしまう。
「っと、嫌な攻め方だ」
しかし、それがハーネットを苦しめていた。
動く度に身体が軋んでいくハーネット。魔力の残量よりも、背負っているダメージが酷かった。アレクは瞬間でどちらが削られて辛いか、天秤を掛けていた。
大地を操る力があったとしても、本人に動ける力が残されていないとしたら、接近戦は自爆するような戦いになる。
また、意識するポイントが二つになればハーネットは"魔術"以外の分野を試されることとなる。視野の広さ、判断力などの力が。
「"天変地異"」
それはハーネットだけじゃなく、アレクにも問われている。
キュインッ
静かな音と共に始まった異変。
空から地上へと落下する感覚を浴びている人間達であるが、これが逆にされることは人類が地面に足を付けることができない。物理的に大地と空がひっくり返る技。
「仕掛けてきたか!」
この戦場で壊れて生まれた瓦礫や破片の全てが、空へと落下を始める。
アレクは咄嗟に大地を片手で握り締め、落下から免れた。それでなお、所有している科学を一切離さないでいる怪力だ。
だが、大地を操れるハーネットはアレクの手を離させるよう変動させる。
「ちっ」
アレクも遅れて、空へと落下する。
自分が空中戦になるのはマズイ。自分が空に投げ出された状態をハーネットは狙っている。他人は大地から振るい落とすことができ、自分は大地をちゃんとした足場にもできる。安全地帯からアレクの索敵を開始する。
「視つけた」
防げないという自信はある。しかし、不発という可能性を避けたい。
アレクを強引に空へと落としたハーネットは、見つけるとすぐに"震戒"を打ち込む構えをとった。
一方、アレクだって最悪な手を知っており、対抗策を用意する。
とはいえ、対抗策というのは単なる力技である。
「"震戒"」
お互い、最高出力でぶつかるしかない。
"紅蓮燃-℃"の限界。
「"天夷火拿鳥"」
バズーカから放たれる炎で造り出す芸術はアレク自身も知らない鳥の形。
人類が管理されるよりも前の、その前の、さらに前にいたとされる怪鳥。古の生物を炎のみで形作り、色彩までも自然と再現された。
その怪鳥の名は、"鵬"
一つの街と同じほどの巨大な体躯で、空を覆う雲のような両翼を広げて空を舞う。羽一つだけで人の大きさを超えている。ハーネットの"震戒"を通りながらまっすぐに飛んで行く。揺れても形の崩れない鳥のまま飛んで行く。
ギイィッ
だが、ほぼ同時の攻撃とは言いがたく、技のスピードにおいては比べるまでもなかった。そして、相殺し合う物同士でもなかった。
ダメージが先に入ったのはアレクの方。
「くっ」
強力な震動が体内を揺さぶって崩壊させる。勝てるという可能性を奪うだけの一撃だった。だが、アレクがやられてもアレクが生み出した炎は消えやしなかった。
大きく美しい鳥に魅了されながら、ハーネットは死を感じ取る。
「避けられないよ」
"震戒"を受けても、この炎の鳥が消えなかった時点でハーネットにも勝ちはなかった。
遅れるものの、アレクを追うように死へと向かっていく。
灼熱を浴び、心も身体も全て消滅させる炎。
キュインッ
ハーネットが使った、"天変地異"の効果が切れてもアレクの炎はまだ消えなかった。意識を失っても、効果が残ったことが生存者を選んだ。
しかし、勝者はいなかった。わずかながら生き残っても、戻って来られるかは分からない。意識を取り戻した時、地面に転がっていて体を動かせなかった。
「あー……」
アレクは自分の最良を選べなかった。
生き残ったという喜びをまったく感じられなかった。望んではいなかった敗北を体験していた。
ハーネットの死亡は確かだ。ただそれは、身体を使役された春藍の死も確かだった。自分の炎で消すことは望んでいなかった。この結末を自分の手で作りたくなかった。
激しい失意はアレクの生命力を奪っていた。