何も音が聞こえないから
アレクが放った炎の龍が地上に降り、建物を焼き払いながら縦横無尽に暴れていた。
命令を受け取り、与えられたエネルギーがある限りは動き続ける生き物だ。
地上にいるロイと夜弧では、この炎の龍をどうにかする手段はなかった。
「ちくしょー!あの野郎!マジか!?」
ロイの体はあまり言う事をきかない。傷口を消毒し、包帯を巻きながら春藍が造り出した孤島を見上げるしかできなかった。
「今すぐにでもアレクを殴りてぇのに……」
「行っても邪魔になるだけ!あなたも私も、体を休めるべきです」
すぐには降りて来れないはず。ライラを助けてくれというサインでしょう?
「ライラ。私達じゃ、そこまで力になれないんだから」
夜弧は頭を悩ませながら、ボロボロになっているライラの治療を行う。転がっているだけの医療器具を扱える腕も知識もない。応急処置しかできず、そこから先はライラの生命力に託す。
微量ながら、"トレパネーション"でライラの生命力を高める。
春藍が来るまでは3人でここを凌ぐ。
「あ?」
メインとなる舞台は孤島の頂上である。
アレクは人間の反射として当たり前の行動をとる。とても強烈な音が届いたと、耳に刺激が走って、神経をさらに加速して脳に到達する。脳は直ちに刺激から逃げるため、腕を通りながら手へと指令を渡した。
ギイイィィッ
「ぐうぅっ」
両耳を塞ぐには両手が必要であった。耳を塞ぐ手にも伝わる音のインパクト。
「ノイズか!?」
春藍が所有するもう一つの科学、"Rio"
音楽を流すことができ、音によって効果が異なる能力である。普段は娯楽用であったり、精神治療などに使われている。選ぶ音を変えれば人を殺めることができる科学にも切り替わる。
ギュウゥッ
「………」
春藍は自分の造り出した音にやられぬよう、耳栓を付けた。その際、少しだけ寂しそうな顔を作っていた。無意識だったけど体は確かに正直だった。
耳を抑えて武器を手に取れないアレクに、果敢な突撃をするのであった。
何も音が聞こえないから。
「やあぁっ!」
初めて、アレクさんを本気で殴った感触だけが残っていた。あの人は声を堪えていた。
どうですか?という、質問なんてできなかった。答えが返ってこないのは分かっている。聞こえもしない。
それでも、アレクさんが思うだけ。僕は必要な存在でしたか?
「"造形製造・軍隊"(メイカーズ・アームド)」
みんなが僕を強くしてくれた。アレクさんも、そのみんなの中に入っています。
だから精一杯、僕にある全ての力でアレクさんと戦います。
春藍の背後に現れ始める、大地を材料とした兵器。自分の知る限りの兵器の群れ。その照準は全てアレクに向けられている。
スピード、精度、数量、代償。申し分なし。
春藍にはきっと届かないが、アレクは言葉を発した。
「それでこそ、俺が認めている奴だよ」
殴られ、命を狙われていても、欲しい者が目の前にあった。
別に誤算でもなかった。お互い、驚きもしないのはよく知り合っているからだ。
アレクは耳のダメージを受けることをとった。ライターに火を灯し、春藍の攻撃よりもさらに速く周囲を発火させる。
ドオオォォッ
春藍本体を発火させれば彼が死んでしまう。狙いをつけたのは春藍が造った兵器の方。耐火性も錬られた兵器を容易く焼き、破壊する。創造する速度よりも上に行くのが、破壊だ。
黒煙を上げ、上空の冷たい空気が温まって風を呼んだ。
炎は広がり始め、春藍の手が触れられない熱となる。大地を武器として扱える春藍の"創意工夫"を封じていく。
「まだまだ!」
春藍は炎が届いていない大地を捜した結果。自分達のいる支柱の側面を変型させ、兵器を造り出そうとする。だが、それすら読んでアレクは炎を散らした。ライターの射程外は、"紅蓮燃-℃"の炎を放った。
"Rio"のノイズに対しても徐々に耐性ができてきた。
春藍は強くなっているが、相性とお互いを知り合っているからこそ。アレクに勝つ事は万に一つもなかった。春藍も分かっていた。
メギイィッ
アレクに何も言われず、打たれた春藍だった。