究極の選択はいずれ来る
「ライラ達、大丈夫かな」
眠っているロイを治療しながら、ライラ達の戦場で起こっている音と光を感じていた。あれだけ激しい戦闘は久しぶりに聞いた。
きっと、ライラ達が勝ってるはずだ。
「……………」
なのに、どうしてか。悲しく感じる。なんでだろう?
早く、ライラ達がここに来て欲しい。そうすれば解放される気がする。みんなを治すことができて、僕も落ち着ける気がするんだ。
「音があまりないなぁ。終わったのなら、早く来て欲しいよ」
それとも動けないのかな?探しに行った方が良いのかな?
リアの体は回収したし、ロイもなんとか大丈夫なところまで回復してきた。
……ううん!ダメだよ。ここを離れて、もし敵がロイを見つけたら大変だ。僕は仲間を信じるんだ!
「そうだよね」
待っている苦しさを味わった。勝利を待つだけなのは本当に苦しい。
カツカツカツ……
「!足音?」
だが、待っている苦しさはそれだけじゃない。勝報が来るのならとても嬉しいことだが、敗報が届いた時は絶望的だ。
「え?」
誰かが来たことは分かる。足音という時点でライラという可能性はなかった。じゃあ、夜弧?それも違う。明らかに男の足音だった。
まだ観ていないラッシの可能性も……。
確率をより低くしながら考えている内に正体は現れた。黒い龍の仮面を被った大きな博士のような姿。あの時出会い、僕達に助言をした人。
「!ライラ!?」
彼に担がれ、ボロボロに傷付いているライラがいた。
目にした瞬間。今の状況が重たいことを春藍が察知したのは、彼の言葉がなくても分かった。
「残りはお前だけだ。春藍」
ドサッ
彼はライラを地面に落として、バズーカを代わりに背負った。
春藍も立ち上がり、ロイの治療を止めて彼と戦うというつもりではなく。ライラを助けようと気持ちを沸かせた。
「ラ、ライラから離れろ!」
「……察しが良いな」
「どいてくれ!まだ息がある!」
「断ろう」
彼はライラにトドメを刺さなかった。治療する能力がある春藍なら、助けられるか助けられないかの判断は遠目で理解できると知っていた。
殺すよりもこうして、生きたまま人質となれば話は容易い。
「分かるな?こいつの命は持って20分ほど。あまり手荒な真似をすれば即座に殺すこともできる」
「ライラから離れろ!」
「だから、断る。交渉次第か、力ずくで来るか」
ライラが死んでしまうという状況を目の前にした春藍は、彼の言葉に惑わされずに走りだした。力量を測るという事もできず、救いたい一心で飛び込んでいった。
「まだ交渉の話もしていない」
向かってくる春藍など苦でもないように、負傷していたとは思えない動きで春藍を拳でふっ飛ばし、ライラに近づけさせなかった。
「っぅ……」
「それも選択なら受け取ろう」
彼は春藍の行動に傷付くことはなかった。
ライラにも、春藍にも、後ろで眠っているロイにも意識を向けながら春藍に交渉を仕掛けた。
「なぁ、春藍。お前はどうしてそちら側についた?ライラの差し金か?」
「なんの話だよ!?」
「俺は"科学"をより高めたいと思っている。それに手段を問わない。ポセイドンと結託しているのもそれだけだ。世界中を"科学"に染めても構わない」
違和感は確かにあったけれど。春藍はライラのピンチに心の余裕はなく。ほとんど怒りと無力で包まれていた。それでも彼はとても気持ちを込めて話したのだ。
「俺はお前の腕を買っている!お前が俺とこっちに来るなら、ライラの命は見逃してやろう!YESか、NOか。ここですぐに答えろ!」
どう返答をすると何が起こるかは教えてくれなかった。
得たいの知れない奴にYESと答えられるのか?まず無理だ。質問からしてNOとも違った。
「殺してやる!」
なにより、今の春藍は感情にブレーキが利いていない。"創意工夫"を填めた両手を強く握って応えた。
「僕のライラを傷つける奴の元につくわけないだろ!!あなたを殺して、僕のライラを救う!!もう誰にも、僕の仲間を殺させやしない!!」
自分でも初めて本当の怒りと殺意を吐き出した。春藍の中でライラがどれだけ大きいかよく分かる宣言でもあった。
突如、現れた怒りに対象者はまた心が動く。呆れるのか、怯えるのか、笑うのか。
「残念だな」
「ライラから離れろ!」
本当に彼は仮面の下で残念がっていた。
「やはり手荒になるか……。まぁ、もう一度気が変わったら言ってくれ」
彼は付けている、黒い龍の仮面に手をやった。その時、ライラは春藍の声で意識を取り戻し、彼の行動を止めようと賢明ながら弱い手で彼の足を掴んだ。
「や、止めて」
「意識を取り戻したか。さすがだな、ライラ」
もっと、大きな声を出せたら。春藍に逃げろって伝えたい。
こいつは春藍にとっては間違いなくヤバイ相手。あんたが戦っていい相手じゃない。
「仮面を外すな……」
ライラが頑張って声を出したときに、彼は素顔を春藍に教えてあげていた。彼女は目を瞑って、春藍がどんな顔をしていたかは見なかった。
「え?」
噴出していた怒りが冷え切った表情になる春藍。突きつけた宣言、拳、殺意、怒り。誰が相手だったかを知った時、混乱と動揺が起きた。
「しかし、本当に強くなったな。春藍。俺は嬉しいぞ」
相手は春藍の成長を嬉しがっていた。少々、辛いことを言われもしたが、覚悟はしていた。発言も、態度も、拳を突きつけたことも水に流しても良い。結果が全てだ。
「俺を殺すと言ったか。やってみるといい。だが、簡単ではないからな?」
冷酷とは程遠くて聞きなれた言葉と声だ。師匠や父親みたいな、とても大きい心で春藍に触れようとしていた。
春藍は徐々に震えながら、幻と思いたい相手の名前を言った。
「あ、アレク……さん?」
彼の正体は、アレク・サンドリューだった。
いつも春藍を強く支えてきた男が、ポセイドン最後の部下であった。