弟が作った7枚の地図
レンヴェル・ハウバスの体内は洞窟になっている。
とはいえ、破壊された箇所は自分の力で再生するわけではない。長い年月をかけて、自分の体のようにするのだ。
また、破壊された箇所だけではなく、自分の体ではなくなると操作する機能が失われる。
ジャガジャガァ
春藍はヘッドフォンをつけ、"Rio"を流した。自分だけにしか聴こえない。だが、外の音が聴こえない代わりに自分の力が漲ってくる。
ラッシとの戦いでは使えた、あの力をまた起こすしか助かる道はない。
「造形製造・要塞」
ゴゴゴゴゴゴゴ
大地を変化させ、地面を鋼鉄の素材に変化させるだけではなく、自分達を取り囲むように変型させて要塞を作りだした春藍。
"Rio"の力がないと今はできないが、その課題は生き延びてからだろう。
みんなを守れる物を作り出せた。
「な、なんだこの坊主も」
「大地を変化させた!?」
驚き、喜びを挙げる男達であったが、春藍の身体には疲労が襲い掛かった。
「うっ……………」
体力の消耗もある。"創意工夫"を最大限に使っているのもある。これ以上、役に立てるだろうか。
春藍が作り出した要塞で手短にアレクはみんなを纏めて話をする。今、この要塞はレンヴェル・ハウバスの意志と離れている。だが、春藍の力が薄まればこの要塞も解け、一気に劣勢となるだろう。
言わなくても覚悟している。それが男って奴だった。
「分かっているだろうが、この洞窟そのものが生き物だ。脱出するにはこいつを倒すしかねぇ」
「まさか、自分達が魔物の中で暮らしていたとは」
アレクの"掃除媒体"から機材を取り出し、握り締める男達。偉い人がこれまでの採掘経験と知識でどこを狙えば良いか、みんなに言った。
「私の経験上。そして、弟の死から考えるに」
「!」
「逃げれるのは確かだ。そして、どこに向かうべきかは分かる。例え、洞窟内がどんどんと入れ替わっても平気なとこ」
指を差した場所は下だった。もっとも基本とも言える。地中に眠る原石を掘り起こそうとする目つきにみんなはなった。
「洞窟を傷つけられたらダメージにもなる事でしょう」
「了解!!」
ドガガガガガガガガガ
アレクは春藍を背負っていた。だが、偉い人を含めた12人は必死で下を掘り進んだ。アレクと春藍は今、消耗し切っている。少しでも休ませるような行ないだった。
偉い人の熱が篭った形相にアレクは訊いた。
「弟の死か、ホントに餓死だったのか?」
「ふ、ふふふふ」
ガアァァンッ
岩を砕いてしまうハンマーと凄まじく掘れるスコップの音。
「弟は、知っちゃったって事だったんですよね」
「…………」
「この洞窟が魔物でできている事に。下を掘れという答えが出たのは弟の地図からですよ」
弟が作った7枚の地図。
それはただ上手く合うように並べて完成するんじゃなくて、縦に重ねて完成する地図なんだろう。
弟の作った地図はこの魔物の1F、2F、3F、4F、5F、6F、7Fの地図だったんだ。
この位置が今、何階なのかは分からないが。
ただ。掘り進めば、逃れる事ができる。
ガアアァァァンッ
「分かっていたなら出れたと思うのにな」
「そうだ!本当に」
弟には助かってばかりか。情けない兄だ。弟にその仕事を命じて、まさか帰ってくるとは思わなかった。しかも、死ぬ最後まで本当に仕事だと思っていた。悔しい物だった。自分の好きになった女性が弟の彼女になってしまった事もね。
ディープ過ぎる恋愛はするべきじゃない。私には向いていないようだ。
「ここを出たら弟の墓に花を添えるよ!」
ドガアアァンッッ
春藍の要塞が胃酸で溶かされる前に掘り進め、地面は突如柔らかくなりガラスが割れるように全員が落ち始める。
「うおおぉぉっ!?」
「し、下に道が出来たあぁ!!?」
「こ、こんな事は今まで経験がない!」
「硬い岩盤も壊せたしな!!」
ドガアァァンッ
全員は洞窟の下に降りられた。レンヴェル・ハウバスは身体を傷つけられ、先ほどの奇声ではない苦しそうな声を洞窟内に響かせた。
怠け者のように普段は眠っており、多少洞窟が削れても平気であるのだ。それに眠っている際は洞窟全体が硬くなって奥深くは早々削れないのだ。しかし食事中は胃酸や内部を動かすなどを行うため、洞窟はあまり硬くはならないのだ。(洞窟と例えるより、内臓と例えた方が分かりやすいね)
痛みを堪えながらも、まだ強烈な胃酸を洞窟から吐き出す。春藍の要塞を完全に溶かし、下へ流そうとしていた。
ボジョジョジョォォ
「おおおお、終わってねええぇぞおお!!」
「俺達の開けた穴から来るぞ!!」
「穴から離れろーーー!!」
ジョバアアアァァァ
それぞれ、バラバラに穴から離れた。だが、胃酸は穴から落ちてくるだけじゃない。このフロアの壁からも胃酸が流れようとしていた。
「バラけるな!1人になったら絶対にダメだ!!」
偉い人が一喝し、見える道を指差して
「向こうに走り抜けろ!!急げ!!」
「いえっさあぁ!!!」
アレク、春藍、そして。男達がやれる手段はもう、どシンプルな走る事による逃げしかなくなったかもしれない。あまりにデカ過ぎて、洞窟を少し破壊しても。止まりやしない。人間が立ち向かえる奴ではない。
下に突き進むという活路も、掘るスピードよりも明らかに胃酸が流れ込んでくる方が速い。
「うおおぉぉぉ!!」
「ちっ」
だが、魔物だ。人間より強いとはいえ、決して倒せない相手ではない。
逃げながらも頭を回しているアレク。洞窟そのものがこいつ。
ブシュウゥッ
「ぎゃあああぁぁ!!服が溶けた!!!」
「酸に触れたらやべえぇぇっ!!」
もうすぐ、逃げ切れるか危うくなってくる。倒す事が目的であるが。まずは。
「春藍!まだ行けるか!?」
「!」
「いや!やれ!できろ!!できなきゃダメだ!!」
「ぼ、僕にできる事ですか」
アレクは"焔具象機器"を最大限に回し、みんなに迫り来る胃酸を全て蒸発させる。これが一杯。アレクの最大限。
「服を!作れ!!」
アレクのヒントが届いた時。"創意工夫"の力を全開にして地面に触れるのではなく、掘り起こすようにした。その光景を見た偉い人はみんなに、
「そうか!彼にどんどん地面を渡すんだ!!」
「りょ、了解!!」
春藍に土を飛ばすように渡す男達。再び胃酸がやってくる前に、春藍はとてつもない迅い速度で全身に装備できる服を作り出す。もらった土を"そのまま"に形だけを変えている。
先ほどは防御を意識して鋼鉄に変化させたが、それじゃない。硬いのが重要ではなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴ
「い、胃酸が波になって来るぞ!!」
「逃げ場がなくなるぞ、おい!!」
ほんの、数秒は仕方のない事だった。
ブシャアアァァッ
ぶっかけられる強烈な酸は男達のムチムチの筋肉と皮膚を溶かしただろう。栄養分にされてしまうかに思われたが、全員が素早い着替えを行ない。これ以上の被害を作らなかった。
「造形製造・洋服」
春藍はレンヴェル・ハウバスの洞窟の力を保ったまま。みんなの服を作成した。これの胃酸を浴びれば人間なんてあっという間に溶けてしまうが、洞窟だけは不思議な事に無傷。自分の胃酸には耐えられる構造をしているのだ。
ならば、洞窟の一部分を剥ぎ取って春藍の"創意工夫"で形を変化させれば胃酸から守れる防護服の完成だ。
時間的な耐久もあるが、それは胃酸などの影響とは無縁。
「た、助かりましたし」
「異世界の者が頑張ったんだ。こっからは俺達男の仕事」
「身体が溶けなきゃ問題はない」
服を纏った男達は再度、機材を握り締め。視線を下に向けた。
「果たして、どこまで掘れば止まるかな?」
レンヴェル・ハウバスには分かっていない。
洞窟という魔物であるが、洞窟の中を隅々理解できるわけじゃない。春藍達の事は胃の中にいる食料に過ぎなかった。まるで、悪い物を食ったように洞窟内に響く喚き声。猛烈に痛い。
バゴオオオォォッ
「掘れ!掘るんだ!!男の力を見せろ!!」
「ガッデン!!」
さらに下に穴を開けそしてまた降りたところの地面をも掘って穴を空けた時。最後の断末魔。
ウォオオオオォォォォォォォンンンッ
レンヴェル・ハウバスの動きは止まった。そして、もうその場所にはとんでもないほどの資源がいくつも転がっている事にみんなが気付いた。
「AレートのP_rロトムがこんなに出てくるなんて、今までにない記録的な量です」
「うおおおおぉぉっ!!!?掘れば勝手にBレート以上の物がそこら中に!!」
とても危険な洞窟の探索は、終了したのであった。