女を殴る拳②
「ロイ」
雲の上にいるライラに、一回だけ手を振ってサインを出すロイ。
"手出しはするな"
たったそれだけのメッセージだった。たぶん、その次に続く意味があるとしたら。
"春藍に嫌われるのは俺1人でいい"
ロイは完全にリアを破壊する気だ。
それも、リアが受けたような残酷なほどの破壊をやる気だ。春藍にそこまで見せる気だ。
「いいか、春藍」
この場で傷付いているのはロイとリアだけだ。ほぼ無傷な者達は静観していた。
「お前が5年間、頑張ってきたのはこーゆう状況を乗り越えるためだろ」
どうしていいか分からない顔しやがってよ。やっぱり、お前は迷っているんだよ。男らしくねぇな。捨てちまえよ!お前にはライラがいんだろ!
その程度の、弱い男じゃねぇーか!
「リアを取り戻してーなら、まずはその心から思い出せ!」
回答になっちゃいないが。
春藍は今立ってくるリアがリアとは別の心であることは、知りたくもないが知っているはずだ。
「本当に機械になっちまった女は、叩いて楽にしてやるんだ!パンツを見て、こんなにも興奮できなかった理由は人間じゃなかったからだ!」
春藍に変わってロイがリアとの勝負を引き受ける。
助けたいで迷っている間にも、きっと本当のリアの心があるなら。もう殺して欲しいと言うだろう。彼女は人間だと主張したいのだから。
「殲滅、する☆」
戦うことは望んでいない。
それでも戦わなければいけない。お互い、そう感じている。そうであっても全力を引き出さなければいけなかった。
「春藍!あんたはこっちに来なさい!」
ライラが問答無用で春藍を空に連れ去って、彼が妙な動きをしないようにさせた。リアの流れ弾もあり得る。ライラの判断は正しい。
一方、春藍の判断はロイを止めるべきなのか、リアを止めるべきなのか。判断することができなかった。ただ、春藍は別のことが過ぎった。
止めるとか、戦うとか。そーゆう行動を起こせる、純粋なる強さが足りていないことを感じ取っていた。
「……大丈夫?」
「う、うん。ロイに託しているから、もう離していいよ」
「あまり無茶しないでよ」
見失っていたわけじゃない。機械になったリアなんて、きっと本人も望んでいない。
壊してくれっと……お願いしたはずだ。
その姿で生きて戦うことが当たり前だと思いながら、静かな生活を望んでいた。そして、あの時に僕は精一杯伝えたんだ。
そして、優しいと泣きながら悔いた彼女だ。
もし、本当に心のない人生となってしまったら。
「今のリアを楽にしてあげて!!」
あの時の君と離れたくない。だから、今の君を解放させたい。
僕はこの手で君を壊せない。僕は君を助けるために手を使う。
「頼んだよ!!ロイ!」
どんなに壊れても僕が直す。ロイ。とんでもない汚れ役をやってくれて、ありがとう。
ロイだって重傷のまま、駆けつけてくれて……
「今は任せろ!春藍!だが、後のことは全て任せるぞ!」
「殲滅☆殲滅☆」
ロイもリアも、動きが鈍っている。背負っているダメージ量はほぼ同じ。戦闘を決めるのは"科学"の凄さか、"超人"の意地か。
その頃、別の戦闘が終わってしまった。
とても静かに終わった戦いに、ライラ達は気付くことができなかった。
シュウウウゥゥ
身体が焼かれ、その姿は黒くて分からないものになっていた。
「あっ……がっ………」
ラッシは最後の最後で、本当の攻勢で相手の首を狙ったものの。絶え間なく続いた攻撃を被弾し、そこから一方的に焼かれた。
ダネッサ、リアを要しながらも、もっとも戦闘力が高いのはこの男だった。
「しぶといお前だ。たっぷりと炎を味わってもらわないとな」
クロネアの仇をとることはできなかった。全力の中の、全力であっても届かなかった。
「くっ」
な、なんなんだ。あの野郎。余裕かつ温存しながら、俺を倒しやがった。
あんなに強い人間がいるのか?俺が戦った中では記憶にねぇ。ポセイドンと戦う前に、こいつ1人に全員がやられちまう。1対1じゃ勝てねぇ。お前等は合流してんだよな。死に物狂いで稼いだ時間で、なんとか間に合ってろ。こいつは袋叩きしねぇと、殺されるぞ。
ラッシの思いは確かに届いていた。だが、それは3人が無事であり、敵が彼以外いないという条件だ。
ダネッサは死亡したものの、まだリアの生存があり、ロイも負傷している。
ラッシの描いている戦場の図では敗北という答えを出していた。今のラッシは歩いていく敵を、ただ見る事しか出来なかった。
「さて、次は誰が相手か」
一仕事を終えて、タバコを頂く。
まだ美味しい味を出してくれなかった。10分休憩と似た気分だ。ゆっくりと歩きながら、激しく戦っているリアの戦場に赴こうとしていた。
彼もまた同じく、この戦いはこちらの勝ちだと感じていた。ダネッサが死んでしまったが、戦力ではこちらが上回る。
もし、来ている相手が本当に4人だけだったらの話だ。
「おっ?」
「あなたと戦うわ」
彼を道で立ちはだかったのは夜弧だった。
ラッシは夜弧のことを知らない。だから、戦力的に負けていると感じたのだ。
「そうなるなんて、きっと思っていなかった」
「ダネッサを倒したのはお前か」
ラッシにとっては予想外。しかし、彼は可能性に入れていたため、焦ることはなかった。1人増えたところで結論は変わらない。変えるつもりもない。
「あなたを春藍様と戦わせたりはしない。その前に私が仕留めます。ねぇ、……」
「やってみるといい。夜弧。いや、この場合はこっちが適切か、……」
お互い、本当の名を話した。