チヨダ山脈、5頭の魔物
「ふぅー」
「ひー」
まだ、昔の誰かが踏み入れたようなわずかな跡はあった。それだけを確認して14人は進んでいく。偉い人は弟と同じように地図を記しながら、アレクはライターを付け、周りを明るくし、先頭に立って進んでいく。この2人のペースは中でもとても速かった。
「な、なんだよ。あの2人は」
「顔色一つ変えずに進んでいくなんて、すげー化け物」
「俺達だって仕事で鍛えているんだぜ。なのによー」
約6mは離れて、先に進んでいる二人。離れてはいない中間の集団は見上げながらもついていくのだが、その集団よりも遅れて。ひぃーひぃー、身体や心が言いながらも必死に追っている春藍の姿がいた。
自分の体力や筋力が他より劣っている事は分かっていたけれど、付いていくだけでもこんなにも大変だったなんて思っていなかった。
「と、遠いです。アレクさん」
水筒の水を少し飲んでから、歩みをさらに速くしてみているが。呼吸がもう上がりっぱなし。なんでみんなはそれでも見える距離まで近づけるんだろう?
僕の体力が無さすぎなのかな。
「はぁっ……はぁっ……」
春藍は歩きながら、前にいる憧れについて考える。
アレクさん。あなたはホントに凄すぎる。どの世界でも適応できるくらいの器と身体があるんだと思う。なんで僕なんかを誘ったんですか?アレクさんだけで十分じゃないですか。
僕はアレクさんと同じように進められない。身振り手振りを真似てもあなたには敵わない。
「は………」
少しだけ、みんなが歩いた後をついていくと。小さいながらも通りやすいところができた。みんなが通ったように歩くしかない。
今。僕がすべき事は立ち止まらない事だけだ。
ここで止まる事は簡単で、みんなに置いてかれて退き帰れない事になるのも簡単。反省と尊重、劣等を抱きながらも。頼れる背中だけは見失わないように歩く。深く考えずに今は機械的に動く。みんなの足を止めたくはない。
「………………」
「どうした?」
「悪いな。俺の部下を連れてきて」
「構わない。彼がいるから、中間も落ち着いて進めている。我々は速く仕事を済ませる事よりも、誰一人も欠けずに資源を得る事だろう。とはいえ、あなたは部下に容赦が無い。言葉を掛けずに休ませる事もさせずにするとは」
「いいんだ。春藍はそこらの弱い人間とは違う。中が良くできている奴だ。体力がない事を自覚すれば、根性を出して付いてくるよ」
あえて厳しさを見せるアレク。
春藍側から見ればとても残酷に思える。体力がある身体をしていない彼に険しい道を歩かせる。それでも、まだ安全地帯にいる事に春藍は分かっている。
自分には"創意工夫"や"Rio"などの科学を操れる。けれど、アレクさんやネセリアだってその気になれば、それらを使う事ができる。みんなができる事をできなきゃ。今の自分に何がある。
「た、体力を、つけよう…………」
一行が歩いて3時間。ようやく、休憩がとれそうな場所を見つけ。休憩を挟む。汗を拭いたり、着替えたり。軽めの食事を摂ったりする。今、踏み入れている場所はもう。地図にはない場所だ。
春藍達は思いっきり休むが、アレクは周囲の状況を見ていた。
「訊くが、どれだけ奥に行く?」
「そうだね。俺達は経験の長い採掘者だ。この近辺を掘っても良いのは出ないだろう。水脈の跡を見て掘るのが、最も有効だろう。俺だって早く戻りたい」
「分かった」
「帰れる心地がしない。地図は描いているが、同じような道を歩いている気もする」
「確かにな」
歩いている最中に小さな魔物にもいくつか遭遇した。人を襲うという事はなく、洞窟内に生息している虫を食っていた。ここの魔物は人を襲うとかはないと、言っていたが
「しかし、なんで人骨とかはないんだろうな?」
「!」
「おそらく、年に1人や2人。ここまで誰かが来ているような跡があるのに、死体の欠片もない。戻ってこられないのは完全に食われているんじゃないか?」
「馬鹿な、弟はちゃんと」
「弟さんは逃げ切れたんだろ。何かの異常を感じて」
10分ほど休憩し、再び一行は歩き始めようとした時。
「ん?」
「あ?」
これから向かう道も、
「あれ?」
「なんでだ?」
やってきた道も唐突に、音も無く塞がれていた。
彼等はこの空間に閉じ込められた。そして、壁の隙間からチョロチョロと流れ出す液体。ドンドンと液体が流れてくる箇所がどんどん多くなっていく。
「い、一体何が起こっている!?」
「閉じ込められた上に水が流れてきてやがるのか!!?」
「液体に触れるな!こいつは強力な胃酸だ!」
「い、胃酸!?どーしてそんなのがここに流れてくるんですか!?アレクさん!」
薄気味悪いと思っていた。もはや遅すぎた。この洞窟はもしかすると。半分以上がこれでできているのか?
「俺達が今いるのは、洞窟の形をした魔物の腹の中だ!!!」
「「「ええええええぇぇぇぇ!!?」」」
魔物には色々な形がある。その一つには超巨大で不定形な魔物もいる。その一頭。
名称はレンヴェル・ハウバス。
身体が山のように大きく体内は洞窟の形をしており、比較的大人しく寛容な魔物。身体中に沢山の魔物や人間を住まわせている事もある。その大きさ故、移動する事がほぼできずに、一説では空想上の生き物ではないかと言われていた。
『この世界はレンヴェル・ハウバスが5頭が並んで生息しているんだ。一頭は居住区に。残りの四頭は洞窟として働いて過ごしている。長い年月、動かないから一つの山のようになってしまった』
"管理人"達はそれを知っており、ちゃんと飼育しながらこの世界を安定させていた。
レンヴェル・ハウバスの体内では、鉄やら金などの資源を豊富に生産する力があるのだ。洞窟その物が彼等であるため、洞窟内にいる者はなんだって栄養にしてしまう。
居住区のレンヴェル・ハウバスは"管理人"達自らが異世界から送ってもらった食料を食べさせて、人間達を食わせない。残りの四頭にもしっかり食事を与えているが、居住区の一頭と比べたら少なく、洞窟に迷い込んだ者達を密かに栄養分にしていたのだ。ちなみに食事の量はとても多くて、一日に豚肉を10トンは食べるほどだと言う。人間を食べてもそんなにお腹は膨れないが、旨いので食べてしまうのだ。
グオオオォォォォォンッッ
「うわぁ!?悲鳴!!?」
「なんて、低い嫌な声だ」
奇声だけで春藍達の動きを止めてしまう。平衡感覚を削ぐ嫌な声だった。
「くっ、胃酸を焼き消す!」
アレクは"焔具象機器"で流れ出てくる胃酸を焼き、蒸発させてみせるが。この魔物の容量があまりにも大きい事を実感していた。
「か、壁を壊すんだ!動いた壁はおそらく脆いはずだ!」
「ガッテン!」
「坊主!!早く、俺達の機材を出せ!!その丸っこいのから!!」
「は、はい!!」
春藍は"掃除媒体"から採掘用の機材を取り出し、男達に分け与えた。
「俺様達のハンマーで壊せなかった岩はねぇぇ!」
「いくぜええぇぇ」
ガゴオオォォッ
鈍い音だ。やや壁を砕いただけで穴は空かない。それどころかこの音は
「と、とんでもなく分厚くなってんじゃねぇか!?」
「嘘だろ!?そこはさっき道だったろ!」
レンヴェル・ハウバスの特性の一つ。自分の体内を自在に操作する事ができるのだ。目印などをつけても迷ってしまうのは、これによって洞窟の奥に入って来た者達を迷わせ、食事としていた。
「くそっ!出られないのかあぁ!?」
諦めの声が上がった瞬間。アレクは吼えた。
「馬鹿か!!なんとしても出るんだよ!」
「!」
「俺達が仕事で死にたくねぇだろ!!俺達には帰るところがあるだろうが!!」
そらそうだ。当然の事だ。誰もが声に出した。
「当たり前だーーー!!俺の筋肉を癒す寝る前の牛乳が待ってんだ!!」
「ビール飲まないで死んで溜まるか!!!」
「俺には妻がいんだよ!!愛人だって2人いるんだ!!!」
「今日の夜は、ガールズバーで一発キメる予約をしてんだよ!!」
「汗も肉も!!全ては金と女につぎ込むのが!!」
男の世界ってもんだああああぁぁぁぁ!!!!
「そ、そうなんですか……」
春藍は少し唖然としている。
自分とは価値観があまりにも違っているため、少々驚きを隠せない。ただ力のある人はみんなそう思っているのかもしれないと、……ちょっと思った。
もう1人冷静にいた、偉い人はみんなに指示をした。
「今の洞窟内は動いているんだろう!だが、来た道は決して閉じたりはしないし、そこまで速く動きやしない!アレクが胃酸を防いでいる間に、そこら中を叩いて響く音を探れ!!」
「了解しました!!」
ガヂイィィッ ガアアァァンッ
アレクがみんなを胃酸から守る間に、みんなは機材を手にとって必死にここから出ようとしていた。
春藍も無意識の内にハンマーを振り回して、壁を叩いていた。
ドゴオオォォッ
「!ここっす!ここの向こう側が空洞です!!」
「よーし!!みんな、集まれ!!」
来た道か、それともこれから行く道なのかは分からない。とにかく、その声にみんなが集まってハンマーを叩きまくり
バギイイィィィッ
ついに閉鎖された場所に出口が現れた。みんなは駆け込むようにそこへ走った。
しかし、レンヴェル・ハウバスの食事は止まらない。関係なく消化しようと、洞窟のいたるところから吹き出る胃酸。完全に春藍達を溶かす気であった。
「う、うわああぁぁっ!」
「グズグズするな走れ!!」
「ハ、ハンマーも投げ捨てろ!!重いのは落としていけ!!」
全力で止まらずに走る一行。命が懸かっている逃げは、誰もが全力疾走だった。
「ひっ…………ひぃっ………」
しかし、その全力のスピードと維持できる時間は人それぞれだ。春藍は早くも失速し始めていた。
「はぁ……はぁ……待ってよ!みんな!!」
ガバァンッ
その後ろから春藍を掻っ攫うように持ったのは、一番最後に出たアレク。もう追いついてさらに春藍を抱えてもそのスピードは衰えてはいなかった。
「あ、アレクさん」
「見捨てるわけないだろ!礼は戻ってからでいい!」
一気に走って、置いてかれた先頭集団に追いつき始めたアレク。1人を抱えているのに追いつくとかやばすぎである。しかし、レンヴェル・ハウバスの消化は止まらない。
「くっ」
複雑な迷宮となり始め、道がどんどんと変化していく。洞窟全体も揺れている。
「ああーーー!!道がどんどん上に行っている!!」
「なんだこの洞窟はーー!!?」
すぐに行き止まりに追い込まれた14人。見えた道も上に隠されてしまい、引き返すしかないと思ったが、アレクは自分のライターを最大火力にして
「滅火破炎!!」
ガゴオオオォォォォンンンッ
閉ざされた洞窟に風穴を空ける強烈な業火!!使った衝撃でアレクと春藍も吹っ飛んでしまった。力も大きく消耗する。だが、作られた道にみんなは飛び込んだ!!
「すげーーー!なんだあいつ!!?」
「あちちちっ!!」
「構うな!!突っ込むしかねぇーんだ!!一人も止まるな!!」
ウオォォンッ
洞窟の呻き声。レンヴェル・ハウバスの苦しみの声が響いた。先ほどの奇声とは全然違う声。
「春藍、……ここからまた走れ」
「は、はい!!」
「行くぞ!」
アレクは春藍を降ろし、2人で走り出す。しかし、ただ逃げているだけでは助かる事はできないだろう。今はとにかく逃げるが。
春藍にはもう伝えておく。
「こいつを倒すしか、助かる道はない」
「え」