捨て兵⑤
「殺した」
人間は肺を貫かれたら呼吸ができずに死ぬ。首を撥ね飛ばさなくても、人間は死ぬのだ。
「殺したぞおおおぉぉっ!!!」
多大なる致命傷を浴びながら夜弧の一突きを決めたダネッサは狂った勝利の咆哮を上げた。
「はははははははははは!」
どっちが勝ったのか、端から見たら分からない。そして、ダネッサの喜びは本当に勝利から来ている声なのか?心なのか?
「はははははは!ポセイドン様ーーー!!勝ちましたーーー!!生きましたぁぁー!」
絶好調を現す声。
その声に答えるつもりはない言葉が、ダネッサの耳に初めて届いた。
「ねぇー」
「はははははははは」
「凄く苦しいよぉぉっ」
人間はここに1人もいなかったはずだ。なのに自分以外の声が聞こえる。
槍に刺さられながらも、人間じゃなかった奴が目の前にいた。その時、腹を貫かれてどれだけ痛いか分かる表情を作りながら、夜弧は痛みをダネッサを吐いた。
「声を出すだけで、軋んじゃう」
溶けている顔作りは痛々しいを現していた。夜弧の生存にダネッサは瞬間的に混乱に陥った。
「あ?」
当たり前に放った言葉から、目と耳、鼻までも感覚が鋭敏に動いた。腕に伝わっている重さは確かに女性一人分の重さだ。
「は?」
いや、重さはカンケーないだろ。死体になっても生きていても重さはそう変わらねぇ。触覚だけじゃ生き死には分からない。
この目と、この耳の情報が重要だろ。
「え?」
夜弧の両手が槍に触れようと動いていた。とても鮮明かつ、恐ろしげに動き、笑っていく。
「痛いなぁ……痛いなぁ……槍から抜けないと」
「て、てめぇ。生きてんのか?」
ズブウゥッ
「あはっ……ははは」
槍に突き刺された夜弧の体の部分が腐り始め、胴体が完全に真っ二つに割れた。その光景はより確実にダネッサの勝利を確信させるのに、ダネッサの両足は震えていたのだ。
とかげの尻尾切りのような状態になった夜弧がまだ蠢いているからだ。
「痛いよ……あんたを許さない」
「っ!な、なんだテメェ!!?」
今度はまったく逆だった。死にそこないの奴になったのは夜弧の方であり、その生き方に怯えているダネッサ。
「お、俺より傷付いてなんで生きてんだ、テメェ!!?」
ダネッサは夜弧を見ないため、とにかく夜弧を刺しまくった。
「死ね!死ね!!死ねよ、テメェェェェっ!!」
しかし、いくら刺しても夜弧は死ななかった。足も腕も、首までも刺されても、声を周囲から放たれた。
彼女が伝えている言葉はとにかく、一点集中。
「痛いよぉ。早く殺してよ」
もう夜弧の姿がどこにもないほど、刺しまくっても。病んでいる声が止まらなかった。
「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い」
ダネッサの身体を締め付ける声が、肉体とは違っている重要な急所を突き刺していた。
夜弧の死にながら生きているという信じがたい光景を肯定するように、色々な感覚が鋭敏になっていく。それはもう夜弧の異常状態を察知するだけでなく、自分に負わされた傷の深さをより知れた。
「ち、近寄るな!」
見えない夜弧の声に腰が引けると、ダネッサは尻を地面に着けた。起き上がったり、逃げようとしたい体が思うように動かないと知らされる。
「あぁっ!?」
立ちたいと願いながらも、立てない気持ちはどーゆう気分だろうか?
しかし、今のダネッサの場合はその上位互換だった。死にたいと思いながらも、死ねない気持ちだった。
もう夜弧の声は要らず、自覚し始める。
「う、動けっ!うごぉっ……!」
喉が震えるだけで苦しみがやってきた。
しかし、その苦しみはまだ甘くて優しいものだとは、ダネッサの肉体は知らなかった。




