捨て兵③
一体なんだ?俺はやられたってのか?
「え?」
やられたなら起き上がらねぇとな。
「ちょっ……あんた……!いや……あなたは!」
夜弧の心はとても、感動できる一文を踏み潰す気持ちで一杯であった。自分の銃が原因とはいえ、生きているとは思えないダメージを与えたはずなのに。
槍を杖代わりにしながら起き上がろうとするダネッサに対し、
「これ以上立ってはいけない!なんで、その傷で起き上がろうとするの!?」
夜弧の苦しみはダネッサが人間ではないことを証明する言葉だった。銃弾が身体に残りながら、ダネッサの身体は死を回避するため、自己治癒力を高め始めた。治癒力が上がるとはいえ、痛みが消えるというわけじゃない。むしろ、壮絶な痛みを味わいながら身体は死から逃れようとしているのだ。
「あなたはどーゆう体を……」
人の形をしている化け物。と、夜弧から言うことはできなかった。
執念とは違っている生を発揮しているダネッサ。
「ひゅー……ひゅーぅ……」
呼吸も狂っている。それでも死を感じさせない肉体は夜弧を狙っていた。
空回り気味に振り回す槍は夜弧に届かない。彼女に向かっておらず、ただ演舞しているだけだった。
「ホント。あんたね!往生際が悪すぎる!」
弾を補充し、すかさず夜弧は続けて発砲する。
ダネッサの肉体に刻まれる傷はさらに深くなるも、まだ生きている。精神が肉体と分離している生命体。
「あなたって人なのかしら?」
夜弧の問いは聞こえていなかった。
ただダネッサは決められた標的を葬るため、武器を握って戦った。どれだけ傷付こうが、死を忘れたこの身体が戦う。
「ひゅーーーぅ……」
"櫓図"は右手で握っている。叫んで、戦えっ……。
「オーシャン!」
頼むぜ。"櫓図"。もうお前しかいねぇんだ。動けよ。お前は"科学"だろ。
ボロボロの俺よりも動くだろ。殺せよ。もっと、戦えるだろ。
「ああああぁぁっ」
俺は……。
………………………………………………………………………………
「人間はより強くなくてはいけなかった」
ダネッサがまだ生まれる前の話だった。
ガイゲルガー・フェルより、買い取った奴隷達がポセイドンの前に並んだ。
「"SDQ"に対抗する術において、もっとも希望的な処置は生命体の基盤の底上げだった」
数々の人体実験。成果のために必要な犠牲。
人間と名付けられた生命体はこれより先のため、基盤の底上げを科学によって図った。
時代が進むほど食文化には恵まれるものだったが、利便さは時に人が持っている純粋な力を奪っていた。人は容易に気付くのだ。人は弱く、頭を使うのだと。
しかし、頭で補える出来事は非情には脆かった。
道具に頼り切った彼等は今のように、"科学"で支配され、管理されていた。多くが楽だからではなく、人という魂を放棄していたのだ。
管理側にとってはとても困った状態だ。
ポセイドンが、数多くの人間を犠牲にしてまで肉体の研究を始めたのはしょうがないだろう。
「まだだ」
"SDQ"の耐性が身につく人間は現れない。無論、改造も上手くいかない。
生命力の延長を続けるのみ。伸び続ける寿命。並の科学者であればその程度で終わったが、ポセイドンはやってはいけないところまで踏み入った。
「まだ死なんな」
死を回避し続ける生命力と魂の熱さ。反面、肉体が対応できない状態。実験を続けるたび、始末することに時間が掛かる。
実験体は、酷い痛みを負いながらも死を自ら選ぶことができなかった。必要な犠牲であるのは分かるだが、その犠牲に望んで手を挙げた人間は万という単位を越すだろうか?
絶対にありえず、誰もが嫌がることは誰かにさせられるものだ。
捨てられる兵。見えることがない兵隊達。
ブライアント・ワークスのほとんどはそーいった者達の中で優れていただけに過ぎない。選ばれたというより、選ばされたと言われるべきだ。
死なない兵団のサンプル扱い。
多くが口をしない。死ににくいなんてサイコーじゃないか、素晴らしい力を使えてサイコーじゃないか。
でも、実験体だよ。なんて、悲しいこと、聞きたくないだろう。




