アレクさんは無駄のないマッチョである。
シャキーーーーンンッ
一枚、中に着ていたシャツすらも脱いだ。この中は蒸し、纏わりつく汗の鬱陶しさを感じたのだろう。好きな白衣も腕にまくっている。逞しい腕を覗かせる。
巨体で割れている腹筋は、科学者としては異常であるが、技術者という見方であれば過酷な労働や研究、仕事についていける理想的なパワフルな肉体だ。
自分の倍以上生きている男の肉体は誰が見ても特別な物を感じられた。
「暑くはないが、歩いているだけで汗は出るな。水分補給は怠るなよ」
「は、はい!」
春藍とアレクは並んで歩いているが、時折春藍が前に出てアレクを一瞬見てまた同じ位置に戻るように歩行速度を緩めていた。
「アレクさん」
「なんだ?さっきから」
「アレクさんって、どうしてそんなに身体が屈強なんですか?僕にはそんな筋肉がなくて、羨ましいです」
春藍からアレクを見たら、見上げてしまう。人の器的にも肉体的にも大きい。まだまだ成長できる希望はあるが、ここまで大きくパワーを持っているような身体にはなれないだろうと半ば諦めていた。
「何事も一生懸命にはやるんだな」
「え」
「見てみろ」
歩きながら、アレクは春藍の左腕を掴んで必死に良い資源を発掘しようとしているアレクよりも若そうな男性に向けさせた。
「奴は必死だ。生きるためにわずかでも良い、わずかでも多く。資源を採ろうとしているんだ。地面を掘るスコップ、硬い土を削る鶴嘴。初めは覚束ない手付きで、力任せにどこを掘れば良いか分からなかっただろう。それでも、失敗を経て力はもちろん知恵を得ただろうな」
その真剣さは楽しさとは違うものだと、春藍には理解できる。フォーワールドの労働とは違う。ワンマンワーク。個人経営。
決められたレールの上を走るのが、春藍達だったとしたら。彼のような人間は落ちたら死亡の綱渡りだ。
「鍛えるってのは生易しい事じゃねぇんだ。雨が降った程度でランニングを止めちまうようなら、手に入れたい身体ってのは入らない。時には、自分の飯のために鍛えるしかない道を進まなきゃな」
春藍の腕を放して、今度はドンッと胸を叩いてやったアレク。
「自分から体力と腕力を求めろ。求める事は、お前が命を賭けて"技術開発局"に来た意味と同じになるだろ?」
「は、はい」
ただ羨ましく思うだけじゃ、届かない。
体格なんて生まれが大きい事は、春藍だって知っている。
けれど、その。そりゃ。しゃーない。かも。
だけれども、肉体を鍛える事は持てなかった物を持てるような事や、1秒でも速く長く走れて、少しでも高く跳べたら。1番でもなく、10番でもなく、100番でもなく、1000番でもないけれど。やれるが増える事には自分の自由に繋がる。
ただ、するだけ。しているだけでは。
尊敬しているアレクさんにはなれないんだなって思って。けれども、今からでもアレクさんのような人になりたいと、頭に刻むだけではなく身体に刻む。
「ところでだ」
春藍とアレクは一緒に洞窟の地図を見ながら進んで行く。しっかりと案内の看板が置かれているし、街に戻るまでは大丈夫だろう。近場で発掘している人も目印に思える。
「ここの世界の"管理人"はどうなんだろうな」
「"管理人"ですか」
「街では見かけなかったが、偶然鉢合わせたら面倒だろうな」
「た、確かに。人に訊いてみますか?」
「止めておけ。ここは競争が物を言う世界だ。まともな答えは作業をしている連中からは来ないだろう。それに今はネセリアを救いたい事を考えたい。ただ、この世界にいる、一つの敵は"管理人"だという事は頭に入れておけ」
「はい!」
魔物に、"管理人"に。それに戦うわけではないが、資源を集める連中だって今は敵になっている。(近場の連中は違うが)
「少しペースを上げるぞ」
歩く速さを上げつつ、地図を見ながらドンドンと奥へと進んで行く。
進めば進むほど逞しい男達が道具や"科学"を用いて、ドンドン作業を行っていた。
その"科学"の中には自分やアレクが作った物ではないが、フォーワールドで作った採掘科学があったのを春藍は見逃さないどころか、見惚れてしまった。
「何をしている?」
「すみません!ちょっと現を」
こんなところでも、自分達の作り上げた物が使われていた。それだけはとっても嬉しい事だった。自分のじゃなくても気分が良くなる春藍。
一方、アレクは奥に行けば行くほど、ここからは個人から組織に切り替わっている事に気付いた。
会社のように大きく資源を採取して、大きく売っているのだろう。良い科学を使っている。これは、最大の敵かもしれない。
パラァッ
「うむ」
大きな企業は高いリスクを負わないものだ。
攻めの改革で成功した企業というのは、同じような攻めでしかできずに消え失せる。かといって、守りの企業が成功していくわけではない。
少し未来の流れにちゃんと乗れる企業が成功していく。ブームというのを広め、やがて作り出すような事でもアリと言える。
アレクの頭はどこにあるか分からない資源を如何に採るかを考えている。春藍なら少量でも良いはずだ。
「え?アレクさん」
「そこで待っていろ、春藍」
アレクは組織で採掘を行っている者達に近づいて話しかけた。
「君達。採掘を組織的にやっているんだよな?」
「そりゃそうだろ。さすがに1人じゃ限界があるし、安定するなら結束する事が一番だろ」
「楽じゃあねぇーが、こーして機材を大勢で上手く使えればガンガン採れるからよー」
彼等は比較的、よくいる安定や楽を選ぶタイプだとアレクには分かっていた。腕だけあれば十分なのは確かだがな。
「P_rロトムという資源を採った事はあるか?」
「あるぜあるぜ!」
「俺達が見つけたのは大きな岩一個分だけだったがな。あれは高値で売れるわ、最新の機材を手に入れるわ、女と一緒にウハウハな夜を3週間はしたもんだなー」
「あんた、もしかして1人でP_rロトムを採取しようっていうのか?無理だぜー!奥の奥に行っても、まず見つからねぇーって!Bレートですらそんなに出てこねぇーのによ!!」
「いや、そこにいる男と一緒に当てるつもりだ」
「はっはっはっはっ、すげー笑い話だ!!できたら、億万長者だぜ!!」
アレクは目を瞑り、馬鹿にされている言葉とはいえ。情報を探った。
「なぜ、君達はこれより奥に行かない?」
「あ?」
「俺が思うに君達はこれ以上デカくて重い機材を奥に運びたくはないと考えているんだろう。壊れたり、奪われたり、時に街に引き返せなくなったりする。(全体が洞窟内だから荷物を運ぶ乗り物を走らせるのは危険だしな)だから、ここでCレートの物を中心に多く集めているんだろ」
「うっせぇな!!今はCレートを大量に集めた方が金にも困んねぇーんだよ!」
「それに広く掘ってるから稀にBレートのエスティニモが採れたりするんだ!!」
「そうか、ならお前等とはもう話す必要はない。もっと上の者を俺の前に呼んでくれ」
その瞬間。アレクは採掘に使われる機材に、ポケットから取り出したCDを翳して。
シュウウゥゥンッ
機材を消してしまった。あまりにも素早い消え方に三人の目玉が飛び出しそうなくらいな表情を出した。声を、荒げる。
「何したんだテメェ!?」
「どこにやったんだ!?」
「アレクさん!なんですか、今の!?」
アレクは三人に見えるようにそのCDを掲げた。それは春藍も知っている物だった。
「ネセリアの"掃除媒体"!その中に収納したんですか!?でも、なんで!?」
「お前等の上の人間を呼べ。機材を奪われたと泣けば、嫌でも飛び出してくるだろう?」
「な、なんだと!?」
「そんなみっともねぇ事誰がするか!?力ずくで取り返してやる、サイエンティスト!」
男2人は機材に頼っているとはいえ、資源を運ぶ時は力仕事。掘ることも力仕事になるのだ。作業服をプチンッと切るくらいの胸筋、腹筋。力めば誇大していき、
ブヂィンッ
「うわああぁ」
春藍も怖じけて、尻餅をついてしまうほどの。筋力を持っている男達。服が彼等の筋肉を支えられない。なんてパワーだ。しかし、アレクはその逞しい肉体に怯みもせずに
「随分と雑な筋肉だ。ただデカくしただけでは無駄もあるもんだ。服は筋肉で破くもんじゃない」
「なにいぃっ!?」
「まだ余計な脂肪がある。完全に運動ができていないな」
大好きな白衣を脱いで、春藍に投げ。2人の男達とは筋肉の出方が違い、やや縮小されているが、それは膨れてはいないと言える形のアレクの肉体。ムキムキなのは両者同じだが、スリムに纏まっているのはアレクの方だった。
「腕相撲するか。簡単な力比べならそれが一番だろう」
「お、面白ぇぇ。この俺がやってやる。俺が負けたら、上司でもなんでも呼んでやらぁ!!」
話し合いから、男の筋肉の勝負になる。アレクさんと作業員で筋肉が自慢の男との対決。右手同士で握り合うだけで、怪我をしてしまうのではないかと思うくらいの握力。
目で威圧しながら、第三者の審判から始まりの合図。
「ドンッ!」
ミギイィィッ
互いの筋力は、ほぼ互角。お互いよく鍛えている。筋肉は男の結晶だ。だが、パワーは同じくらいだとしても。それ以外にも男の筋肉には魅力があるものだ。
ドゴオオォォッ
「お前の筋肉は労働の影響で長い時間使う事に長けている筋肉だ。俺の纏まっている筋肉は長い時間使え、瞬発力にも長けた筋肉だ」
「な、……な、……」
「瞬殺」
「少しはダイエットとダッシュをするんだな。下半身を鍛える事もしろ」
えーっと、その。力技だった。以上。
「どうだ?」
アレクさんはすぐに白衣を着てしまった。残念。ムキムキで腕相撲に勝った時、凄くカッコよかった。それでも今。ただ話しているだけのアレクさんも、それはそれで頼れる面でカッコ良い。
今。採掘仕事の偉い人とアレクさんは話している。
一早くネセリアを救いたい僕達はまず、人手と情報を一気にとれるように採掘を協力して行っている連中を誘ったのだ。
「機材を運ぶのはお安い御用。簡単に奥へと進める。まだ手を出していない地帯が必ずあるんだろう?地図がどれも中途半端だった」
「なるほど、そちらの面白い"科学"を用いれば悩まされる運搬には困らないでしょう」
偉い人は丁寧な言葉遣いだが、アレクさんに負けず劣らずの体格をした男。現場を生きた男と称され、理想な上司に思われる人だとか。
「それ以外にも困る事はあるんですがね」
「そーゆうのを待っていた。むしろ、望んでいる」
「?」
アレクの取引。下っ端ではなく、こーゆう上の奴と話しは簡単に進んで助かる。
「俺の望みはP_rロトムをあんた達に発掘してもらいたい。それ以外の問題は俺とそこの春藍が引き受ける。俺達の求めるのは一つしか変わる事がない。だが、あんた達は多少のリスクで大きな見返りが必ずある」
「そうですか。あなた方の力を使うのにP_rロトムだけで使えるのは得ですね。しかも、少量で良いと言うならなおさら、仮に巨大なP_rロトムを発見したらホントに微々たる物です」
金目当てではなく、人助けを目的としているからできる話だった。会社側はこんな涎が出るようなチャンスを逃すつもりはない。良い話過ぎる。やはり人助けという名目で収入を得る事は常識だ。
「で、それ以外の問題ってのはなんだ?」
「確証はないんですけどね」
それを言ってから、偉い人はアレク達に洞窟の奥へ行きたくはない理由を全部教えてくれた。それはもう明らかに行くよと宣言しているのと同じだった。
「実は2年ほど、私の弟が地図描きの仕事で果敢に奥へと進んで行きました。結果、弟の遺体はその2週間後。あなたの持っている地図の端の近くで発見されたそうです」
「!………」
「死因は餓死です。よくある遭難の死に方でした。ただ、弟が死ぬ間際まで描いていた"7つの地図"を並べて見たところ、洞窟の奥は複雑では片付かないほどの形をしているようです。行き過ぎたら最後、戻って来られない」
「も、戻ってこられないだって……目印をつけていかなきゃダメですよね」
「弟はそんな馬鹿ではないです。それでも、迷ったというのが適切でしょう。弟を一件に奥へと進もうとする者達は現れませんでした」
洞窟の奥には何かがある。そう伝えられていたのはもっと前からだ。この世界の人類は進む事を止めた。誰もが生活ができる程度の、安全を選ぶ。当然だ。当たり前だ。死にたくねぇ。だが。逆に考えれば。
「そんな理由があるから、誰もまだ踏み入れていない地。必ず、求めている物があると思いますよ」
偉い人は了承し、すぐに洞窟の奥を探索する人員を編成した。
アレクと春藍はネセリアの"掃除媒体"を使って、必要な機材を回収した。
春藍、アレク、偉い人など14人で一緒に進む事になった。無論、徒歩である。乗り物もあるにはあるが、複雑な地形となれば結局使えない物になってしまう。壁を登る装備も用意された。
春藍は時間と準備が整うたびに、怖さがやってきた事に気付けた。
「帰って来れない洞窟ですか……」
「ネセリアを救いたいなら、行くしかないだろう」
「わ、分かってます。ただ少しだけ怖いんです。ホントに帰って来れなかったら」
「ネセリアが救えない。救うなら帰ってくるしかねぇんだ。不安になるな。戻ってくればいい」
決して、楽観的に思っている言葉ではなかった。それでも怖さや恐れで萎縮してしまったら、何も動かない。状況が、この行動にYESとしなければいけなかった。
2人の準備が整うと、偉い人が訪れた。彼もまた洞窟を探検する恰好に着替えていた。
「準備は宜しいですか?」
「だ、大丈夫です。トイレも済ませました」
「そうだ、一つ聞き忘れていたんだが。良いかな?」
「なんでしょうか?」
「ここの世界に"管理人"という、連中はいるか?今回の探索とは関係ないと思うが、何しろ、俺達はそーゆうのとあまり仲が良くねぇーんだ」
アレクの質問に、偉い人は爪を噛んだ。思い出そうとしている目で、
「"管理人"…………確かに昔は、そー呼んでいた気がしますね。おそらく、そーゆうのは"鑑定課"をやっている奴等かもしれません」
「"鑑定課"?」
「この世界でお金という価値、資源という価値を作り出し、事情は誰も知りませんが、機材などを運んで来ているのも奴等です。そこで資源を売り渡して生活をしているんです。渡さないと資源は金にならないし、品質などにも五月蝿い連中です」
「なるほどな」
ここの"管理人"というのは、企業の一つとして纏めているのか。(役割としては政府に近い)
この世界で取れる資源を異世界で売買する交渉人。その元締めならば、世界を安定させる事も容易いだろうな。
それならばラッシやクロネアのような、戦闘が行える管理人である事は考え難いだろう
「もう俺は準備完了だ。春藍はどうだ?戦いになることも考慮しろ」
「!ぼ、僕ですか…………僕はその、アレクさんが良いなら」
少し、"創意工夫"を握り締めて。
「大丈夫です!行けます!」
「よし」
そして、それから20分後。春藍達、14人は。さらに先に続く洞窟に進んでいく事になる。しっかりと目印をつけながら、歩くような道ではなくなる洞窟を進んでいく。