"科学の頂点"ブライアント・ワーク
「んん?」
「目が覚めました?」
少しの間、寝ていたような気がしていた。けれども、自然に何をしていたか思いだした。
「あ。……ああ。もう、戻らないとね。ライラが怒るかも……」
「はい」
寝ていたという違和感すら消えてしまった。
夜弧は非常に残念そうな顔だった。けど、どーしてそんな顔をしているのか。春藍には分からなかった。
春藍の記憶は今、夜弧が作り出した記憶を流し込まれ、行動していた事になっていた。ただの散歩、食事、釣り、山菜取り、温泉、……そーいった事をしていたと感じていたが、本当の出来事は散歩以外全部なかった。夜弧がずっと、苦しい表情で記憶を弄っていた。
あの時はなかったことになった。
「!……春藍様。ごめんなさい」
「なに?」
「私。管理人には会えません。桂さんがいるような気がしますので、私はこれで少し、退きます。情報があれば私に伝えてください」
「あ。ああ……そっか。うん!バレないように夜弧に伝えるよ!」
そして、一時的に夜弧も離脱。宿から少し離れたところで待機することになった。
ガシャアァァンッ
「なーんで、あいつはライラちゃんなどと一緒の世界にいられるんだ。しかも、脱出できずに閉鎖空間でいやがって」
「知るか。バーカ」
「許せねぇ……春藍の謎の運を許すことができねぇ!」
「んなことより、桂さんがここに来てる。ライラもここにいる。合流するぞ」
「あーー!おい!ラッシ!俺を置いていくな!」
クロネアの伝言を受け、異世界に逃げていたラッシとロイも到着。傷を癒し、万全に戦える準備をしてきた。
それと同じく、ここにやってくる客人。
「どーやら、敵地に突入しちゃったか?」
桂だけではなく、感じてきた強者達の気配を察知するダネッサ。
遣いでやってきただけというのに、なんだか危険が一杯である。軽々引き受けるものではなかった。
「"櫓厨"もメンテ中で困るぜ。いや、マジで」
桂の存在感はとても大きかった。ワザとそうしているのかもしれない。それに誘われるように色々な強者が集まってきた。宿屋に入れば真っ直ぐ、そこへ向かって入ってくる連中。
「よく来てくれたな、ラッシ」
「クロネアに頼まれちゃ、嫌でも桂さん側だ。俺からも桂さん側」
「ロイ、無事で良かったわよ」
「うぉぉー!ライラ!久しぶりー!」
「傷はないみたいだね。よかったー」
「お前に対する嫉妬が増えたぞ!春藍!」
桂、春藍、ライラ、ロイ、ラッシ。……そして、外で待っている夜弧を加えればたった6人の、反ポセイドン派。
だが、それよりも数が少ないのがポセイドン派。死亡者があまりにも多い。っていうか、ブライアント・アークスの死者はほとんど桂が殺している。
「これで全員か?」
ダネッサはこの面子を前にしても動じずに足を崩して座っていた。向かい合うように五人が彼を見下ろしていた。
「遣いで来てるだけだから、戦うのはそこでしような。制止してくれよ、桂さん」
殺気向き出しのライラとロイを警戒しながら、桂に頼みながら話をするダネッサ。口は上手い方じゃないからポセイドンから渡されたキャリーケースをドーンっと、机に載せるのだった。
「ポセイドン様から渡された物だ。開けてくれ」
「承知した」
罠を警戒せずに桂がケースを開ける。そこにあったのは4人分の折り畳み傘と、電子画面を持った科学の二つ。傘の方はライラには見覚えがあり、おそらく異世界に移動できる"科学"と見ていた。
「4人分しかないじゃない!」
「だって、俺達が残り4人しかいねぇんだもん」
4人も6人もそんなに変わらないけど。
「そっちが5人もいるとは思わなかったんだろ!」
「まぁ、慌てるなライラ。逆に向こうの人数が分かって良いじゃないか。この男、嘘をつける性格ではない」
桂はもう一つの科学に手を伸ばし、スイッチを入れた。この中にポセイドンの伝言が入っている。メールのような形で文章が表示される。
【
桂へ。
ついに雌雄を決める時がきた。遣り残しはないだろうな?
管理社会が崩壊し、人類に大きく影響が出る期限はあと5日。
戦争の舞台と準備は整えた。
我の秘密基地。"科学の頂点"ブライアント・ワークを戦争の舞台にする。
もう一方の、科学にデータを入力している。使えばすぐにその異世界に辿り着ける。
こちらはいつでも戦う準備ができており、期限以内には来てくれれば戦争となる。
我から逃げるんじゃないぞ?
】
「誰がそんなことをする」
最後の一文はあちら側に言いたい。
しかし、桂も気になる異世界の名があった。
「ラッシ、この異世界を知っているか?」
「いや、聞いた事がない」
管理人である桂もラッシも聞いた事のない異世界。管理人でそれはどうかと思っているライラとロイ。
しかし、相手がポセイドンならば一度破棄していた異世界を借り、一から作り出していてもおかしくはない。書類を改竄すれば誰にも気付かれず作ることもできるだろう。
「お前達の秘密基地か。後先考えず破壊するにはとても都合が良い」
どんな罠があるか分からないものの、桂は敵地での戦いならば問題ないと言っている。この承諾にダネッサも立ち上がってホッとした表情を作って
「成立か。なら、俺は先に帰らせてもらうな。誰でも良いから強いのが来いよ」
宿屋を後にして、先に秘密基地へと戻っていくダネッサ。
「あいつのあれを奪えば全員、移動ができたんじゃない?」
「ライラ、礼がなっていないな。ここで戦っても向こうで戦っても変わらないだろ」
担っている大将がズバ抜けて強い。お互い協力者が複数人いても、大将同士のタイマンになる事は読める。ここでダネッサを討ったところで状況はあまり変わらない。
「戦略が少し必要だ」
桂の方が戦闘特化であり、ポセイドンをよく知っているため戦略を全員に伝える。
「ダネッサの言葉通りなら。ポセイドンは拙者が、……ダネッサを含めた3人をライラ達が戦う形が望ましい」
「それが理想ね。相手にもなれそうにないし」
「ライラ達は敵を撃破した後。ポセイドンの科学、"テラノス・リスダム"を探し出し、これを破壊すること。でなければ、拙者とてポセイドンを討つのに長期化する。ポセイドンと直接戦うわけではないのなら、お前達でも十分にこなせるミッションのはずだ」
"科学"使いは、本体が壊れたりすれば無力になる。"魔術"や"超人"とは違って、ライラ達にだってポセイドンと戦う術は少なからずある。
「不覚であるが……。拙者もラッシも、"テラノス・リスダム"の本体を見た事はない。敵を倒してからで良い。その世界を探ってくれ」
「ポセイドン様の、その能力はなんですか?」
「"世界の構築"。とにかく、なんだって創造し変革させる科学。知らない方が良い代物だ」
詳しく語れるほど、知っているわけでもない。
「ポセイドンは拙者が引き受ける。まずは各々が敵を撃破することだ」




