夜弧は自分が誰かを春藍に晒す
「それで僕はアレクさんから色々なことを教わったんだ。それは語ることに1週間を掛けられるよ。アレクさんについての本を僕が出版したいくらい凄い人なんだ!」
あなたはとても思ったとおりの、そして、聞いていた通りの人だった。
彼の話しになると嬉しそうだ。まるで父親みたいに思っているそうだ。
「ネセリアとは歳が違うけど、同期でやってきて一緒に勉強したり、協力したり。掃除もしたり、料理もしたり、裁縫を教えたり、シャワーも入ったなー。旅の時も助け合ったり教え合ったりしたよ」
友達のことだってよく話してくれた。その子については言葉が少なくて、この場で済むのかな?って不思議に思うけれど、きっと中身はとても大切に思ってくれたのだろう。
「ライラとは僕を変えたくれた人だから」
ライラはどーでもいい。むしろ、こんな場なのに他の生きている女の話は止めて欲しいものです。
「ロイは……」
彼はもっとどーでもいい。
「管理人の」
それは私の敵なの。必要がないの。でも言わない。
「あと初めてライラと出会った時ー」
春藍はこうして誰かに自分のことを語ったのは久しぶりだった。最近では妹の謡歌にそうした事くらい、つまりは身内だ。こんな、つい会ったばかりの人に長く話したのはなかった。喋りにくいかも思っていたけど、夜弧は春藍のことが分かっているような相槌や話の聞き方で、とても喋りやすくて共感もしてくれた。
「そんなことまで、……そうなら嬉しいです」
時折、夜弧はホッとした表情を作っていた。
そんなに春藍の話が面白かったのか?でも、そうなんだと思う。
「こ、こんなに僕だけ話してごめん……ちょっと、喉も枯れちゃった」
「いえ。とても、あの頃を聞けてよかったです」
伝えたい事を決められる。これを、「へぇー」とか「だから?」みたいな事で返されたと思うとまともな心で居られない。まだ春藍の中にこうしていてくれるなら、
思い切り行け。これは私が来た理由。
「あの春藍様。私の話も……いいですか?」
「うん」
春藍の顔はきっと土産話を待っているような、決心なんてない顔だった。それとは引き換え一大決心の夜弧。
一発で驚くと思うか、唖然とする。
「私は……」
ザーーーーーーーー
雨が強まっている音で誤魔化していると、理由も付くだろう。
「あの、……もう一回。夜弧、……言ってくれないかな?」
「……いえ、そうですけれど。その、何度も言えません」
夜弧はちょっと残念になったが、当然でもあると割り切った。
いきなり現れて私を語ったって理解に苦しんでしまう。本当は、ここにいてはいけない存在なのだ。
春藍はとても混乱している表情でもう一回確認した。
「夜弧の言葉は本当なの?」
「はい」
受け継いでいる魂はあった。けれど、春藍の前にようやく姿を見せられたこの夜弧の姿は、春藍の想像と大分違っていた。当たり前だから、言葉だけじゃ伝わらないこと。見ても分からないもの。
傘を握っている春藍に飛びついて、泣きながら抱いてしまった夜弧は……
「私ね、……私ね、……ここまで来たんだよ」
夜弧が泣いているのは分かってくれなかったことだった。
「アレクさんにも、ライラにも、ロイにも、会える日が来るか怖くて来たの。あなた達と戦えるくらい頑張ったの」
「……や、夜弧……いや」
春藍は小さく、不安を抱きながら夜弧の魂の名前を耳元で囁いた。そう言ってくれるだけで理解が一つできたんじゃないかと感じられた。
「春藍達に会うためだって、目的だった……。こうして、あなたに触れたかった……」
「……うん」
「あなたから貰った物はいくつもあった。その中であなたにこれを返すの」
夜弧の手から春藍の手に渡った物。それはいつまでも憶えていてと伝えたい物であった。形が少し歪になってしまっているがくれた物。
「これは」
「私は大切にしまっていた。もし、出会えた時に告白して渡したい物」
"N"の文字が刻まれた、鉄のバッヂ。
「ずっと、あの頃から大切にしてました」
「…………あ、ああぁっ……」
物を知った瞬間。春藍は無意識に強く夜弧を抱きしめてしまった。不安が吹っ飛んでそれはもう我を忘れてしていたこと。
「ごめん。僕は…………」
「っ………」
「僕達は」
君はこんなにも遠くまでやってきたのか。
「あの時、助けられなくてごめん……痛かったよね、怖かったよね。間に合わなくてごめん……」
夜弧は正体を告白した後。春藍の頭を両手で握り締めた。
「え?」
「ごめんなさいは私の方なんです……」
彼が正体を知ったらどう思っていたかが分かる。それだけで、それ以降には支障が出る。
夜弧の"トレパネーション"が春藍の記憶を操作する。
苦しいや拒絶を言わせずに、強い魔力が春藍を操作した。
「私を知って良い人はいちゃいけません」
正体がそうであるならば、その手段も限られてくる。しかし、それだけでは条件が満ちない。夜弧には不可解が一点あり、これを解決できた時。
未来を一つ知ってしまうのだ。
「だから、私が誰なのか。忘れてください」
とても辛い選択を選ぶしかなかった。悲しくなんかないなんて、ありえなかった。
夜弧はしばらく春藍を抱いたまま、無言で泣いていた。意識を取り戻した時、平静で彼と話さなければいけない。泣いている理由なんて言えない。




