待っていてくれ
「完成した」
多くの重要な管理人の死が決まった頃と同時期にポセイドンはある"科学"を完成させていた。
これは仕掛ける戦争には必要な戦力であった。
「例の物も完成した。ふっ……、"時代の支配者"め。隠し通せるのもあと数ヶ月だ」
全てはポセイドンの思想のため。
ハーネットの資料などを基に作り出した2つの"科学"は、戦力としてだけでなく、目的も兼ねていた。
そもそも戦争という利益と命の価値が釣り合わない出来事。目的がなければやらないし、利益もなければ無益。さらにポセイドンは戦争のど真ん中で戦うのだ。
商人のように武器だけで売る者、戦闘狂のように己の力を発揮する事に喜びを作れる者とも違う。
一種のカリスマ。
「ポセイドン様。そろそろ……」
「分かっている。まずは初陣にして、絶対に成功させねばならん戦だ」
ポセイドンの意志に従う者、惹かれる者。
彼から放たれる恐怖は一切ないが、狂気を感じている者もいた。だからこそ触れたというのもいる。
ブライアント・アークス。
ポセイドンによって育成と教育、改造された人間達の戦闘集団。戦争のために作られて、育てられたと言っていい人間達だ。自分の場所はそこにしかない。
リップル・相馬、フルメガン・ノイドなど。
"科学"を用いる管理人達。ポセイドンを古くから慕い、彼の決起が管理人としての役割から外れていると知ってなおも彼に付き合う。それが管理人としてではなく、一つの生命体としての意志なのではと。暗示をかけていたりした。
戦力としてはかつて管理人を壊滅状態に追い込もうとした、"黒リリスの一団"を上回っている。数も質も、戦争規模が大きすぎる。犠牲は多大。しかし、それでも突き進む。
「戦場は、エクスピーソーシャル(世界の巣)。管理人達が集う世界」
クロネア達の死により、大規模な管理人徴集が行われていた。
ポセイドンの権限、桂の権限、龍の権限、朴の権限。多くの実力者達の権力によって一時期、"無限牢"内の管理人達のほぼ全てがそこに集結した。
戦争に気付く者、気付かぬ者。バラバラであるが世界が変わるのは管理人なら誰もが分かっていた。
パラパラパラ……
「ふぅ~……」
雨が降りはじめた。
傘を差し、タバコを吸いながら黒い龍の仮面の博士は街の入り口でずっと待っていた。
彼もまたポセイドンに招集されている。
わずかな時間を作り、ここまでまた戻ってきたわけだがロイ以外とは面識がないことになっている。
「ふんっ、死ぬわけがないんだがな」
タバコを捨て、待つことを止めて派手に春藍とライラ達を呼ぼうとしていた。強力なバズーカを空に向けて放ったのだ。
ドゴオオォォッ
「!なに!?」
「あれは、……僕達を襲った炎と似てない!?」
耳と目で捉えた情報はすぐに敵であるとライラと春藍は認識し、夜弧を置いて飛び出した。
「あ、待ってよ!ライラ、春藍様!」
まだ左足が完治していない夜弧は仕方なく部屋に留まるしかなかった。ライラと春藍は走り、敵の方角に向かっていた。
「!あいつね……」
何かの陽動とも思えたが、1人で待っていながら戦おうという素振りを見せない。彼と向かい合った時、彼が1人であることはなんとなく2人には分かった。
「……春藍慶介とライラ・ドロシーで間違いないな」
「な、何者よ」
「大きい人……。そのバズーカが"科学"ですね」
春藍も"創意工夫"を填め、ライラも"ピサロ"を発動し、いつでも戦闘ができる態勢となっていた。油断はしない。
「そう構えるな。俺はお前達と戦う気もないし、指令も来ていない」
「そう言いながらあたし達を一回、そのバズーカで狙ったでしょ!?目的はなんなの!?」
見知らぬ者に警戒するなというのが無理な話。
彼からしたら話だけで終わらせたいのだ。
「俺は……ブライアント・アークスの一員だ。お前等が交戦した奴等の上に立っている」
「じゃあ敵じゃない!」
「……今はお1人なんですか?」
「罠はない。夜弧が攫われているなどということはない。それに俺は今も昔も、俺で動いている」
春藍が遠くからでも夜弧の心配をすぐに察しているかのように、彼は害はないと訴えていた。
ハーネットとなった春藍とは一度対面しているが、こうして本物と出会うと良いものを見せてくれる。
「目的はお前達に話があったからだ」
「?話ですか」
クロネアのことを後回しにしたいくらいだ。
しばらくは遠くから見ていたが、春藍は今が分かれ道。手を掴めるならすぐに引っ張ってやりたい。
「クロネアからの遺言だ」
「なっ……遺言って。それは……」
「"迎えが来る"……だそうだ。必ず、お前達を誰かが迎えに来る。下手に動けばそれまでだ。今は大事に夜弧を抱えていることだ」
遺言だけでなく、意味までも伝えてしまう。夜弧の存在がブライアント・アークスにとっても重要なのは分かる発言でもある。
「それだけだ。じゃあな」
「待ちなさいよ!あたし達はあんたの言葉を信頼する気はないし」
ビリビリした殺気がライラから放たれていた。
のこのこと現れた敵から情報を搾取することより、ここから出るための道具がないか追剥をする面を見せる。
話を聞くなど、ライラにはまったくない。
夜弧よりも戦いやすい相手なのは明白だ。
「あんた、強そうだから。一人の内に殺した方が良さそうだわ」
天候はライラに適している雨。対する向こうの武器は炎を操る科学。春藍もこちらにいるため、数でも有利。
負ける要素はない。
「俺は戦う気がない。無駄に死線も潜らない。止めろ」
「は?」
「俺はお前なら殺しても良いと判断しているぞ」
"魔術"と"科学"では強いという感じ方が違ってくる。
どちらも相手は強いと認識しているが、どれだけの強さかまでのメーターは現れない。今にも始まりそうな戦闘を止めたのは春藍だった。
「止めよう、ライラ」
「え?」
「ここはあの人の言うとおり、戦わない方が良い」
勝てる勝てないの考えなどなく、意味がないと説くような言葉だった。
「待ちなさいよ。ブライアント・アークスはなんらかの形で異世界を移動する術があるのは明白よ」
「それでもどこに辿り着けるか分からないよ。もし、彼等の縄張りに行ったらそれこそ終わりだよ」
悪足掻きに思える発想。
春藍の本心は自分でも気付けないが、この人と戦うべきじゃないと言っていた。それに従いライラを賢明に止めていた。
その姿に彼は改めて、春藍の良さを知れた。
「俺とはまた会うはずだ。今は療養しておくといい」
「はい」
「だがもし万が一、これが最後の出会いとなるかもしれん。それでも俺は春藍だけには会いに行く。覚えておけ」
ガゴオオォォォッ
そう言い残して、彼は煙幕のような役割を果たすような巨大な火柱を生み出し、ライラ達から消えてしまった。逃げられたというのに、春藍にはそれが少し安堵にも繫がっていた。
「その時まで、今は待っていればいいんだ」
今はそれしか、僕達にはできない。




