夜弧の看病②
チャポンッ
「怪我人が温泉に入っていいのかしら?」
「大丈夫です。ちゃんと春藍様の許可もとってますし、左足以外は健康ですし、癒されたかったですから」
まだ片足のまま、夜弧はライラと共にこの世界で有名な温泉に入っていた。
傷を癒す効能もあるそうだ。
「もし痛んだりしても、私には"トレパネーション"があるので応急処置だけはできます」
「便利だけど、応急処置止まりなのね」
ライラは夜弧の監視も兼ねて一緒に入浴している。
「夜弧ってさ」
「なんです?」
「ホント、胸。平らよねー。改めて見て実感したわ」
「!!っ、わ、私のウィークポイントをォ!どこ見てるんです!?この年増!年齢危ないでしょ!」
「!!はっ、は、ははは。あんたねぇ!まだあたしはギリギリで20代だ!」
「四捨五入したら30じゃん!私、実は春藍様と同じぐらいなんですー!」
女の陰険なところを言い合う2人。
「誰だって年齢を重ねるものよ!貧乳だろうが、巨乳な私でも当たり前のように年をとるの!けどね、年ごとに成長が続くわけじゃない。だから言える。お前の胸は一生成長しないし、たぶらかす事もできないんだよ!」
「じ、じ、自分の、胸が大きいからなんです!?若い方が良いでしょ!同年代の方が親しみやすいです!それに、あなた。私と比べてるだけじゃないですか!?パッと見、平均からちょい上ぐらいでしょ!色気はどんどん落ち込む一方じゃないですか!」
「あ、あーんですって!?」
「戦いますか!?」
温泉という癒しスポットでも、2人の仲は良くならない。
お互い狙っている男がいるわけだ。互いに、良いところを見つめるよりも弱点に目が届くのは当然だ。バチバチと火花が散り、魔力が浮遊し始めている。
「元からあんたの道具を奪えれば解決する!」
「こっちだって、あなたの味方になるつもりはないわ!」
お互いの感情が動いているのは1人の男。
重要な人物が戦場になりそうな、この温泉に来るわけもなく…………
「ライラ、夜弧。凄い殺気がしたけど何かいたの?」
「へ?」
「え?」
普通、女湯には来ない。という常識がこの天然助平には通じなかった。
当たり前に不安だから来てみたよ、という顔でこの場所にやってきたタオル一枚、湯に浸かりながらここに歩いて来た。
「もしかして喧嘩?」
「な、な、な、……なんであんたがいるの?」
「は、春藍様!ここは女湯です!」
「え?でも、混浴時間もあるんだよ。男湯と女湯は繫がってるし。2人が入っているなら僕も入った方が良いし、夜弧も心配だし……」
「…………は?」
ベキイィッ
殺気は一瞬で消え、別の怒気が生まれた。ライラが代表して、春藍に近づいて頭を引っ叩く。
「いたぁっ」
「なんで言い争っていたか、あんたには分かんないでしょーけど」
「?……?……」
「普通、女湯に堂々と来る男がいるか!?」
さらにもう一発殴るライラ。
春藍には殴られる意図がまったく分からず、少し涙目であった。なぜ分からないのか?
「あ、あの。男湯と女湯が繫がっているのは、……たぶん。普通逆ですよね?そーゆう意図ですよね?」
「だいたいそれね。女が男のとこ行くあれ、女性の方が権利で守られていることが多いから」
「???」
「でも、いいですねー」
「ま。この際、春藍が来たからちゃんと決めましょうか」
「???あ、あの。2人が何を言っているのか、僕には分からないけど」
喧嘩2人だったが、突然お互い顔を見合わせて笑顔になった。そして、春藍を強引に引っ張って二人で挟んであげるライラと夜弧。
「?」
「実はさっき、その色々と話をして揉めてたの」
「女性としてのお話をして、ライラと言い合ってたんです」
「……うん」
「で、やっぱりこーゆうのは男がビシッと決める方が良いと思うわけ」
「はい。春藍様は率直にどちらが好みなんですか?」
リアルで、両手に華状態で春藍に迫られた質問。
「どうなの?あたしと」
「私!どっちが好みですか!?」
「えっと…………」
春藍はお互いの顔を見てから少し考えて、閃いた!と言った表情で
「どっちも好き!全員好きだよ!」
選べって言われているのに選ばない!同時に欲張りに思える発言。
ライラからしたら、春藍にはこの手の問題は選べないと分かっていた。夜弧もまたそんな感じだとは予想していた節がある。
「ライラは綺麗だし、夜弧の素顔も可愛いから。僕はどっちも好きだよ。仲間じゃん」
最後が余計。
ライラと夜弧は同時に湯を春藍の顔面にぶっかけた。
「ぷはぁっ!」
「春藍らしい答えだけどね!」
「いつか、私を選んでもらいます!」
「??」
3人で温泉に浸かりながら夜空を見上げていた。この風景だけを切り取れば羨ましい……だけではなく、戦争とは無縁の平和な時間であった。
苦労を忘れられる至福な時だった。
しかし、
春藍達が身動きとれない今でもすでに、世界は着実に動いていた。
それを3人が理解してても、もうどうすることはできなかった。




