春藍と夜弧
この山の中で霧が降り始めた。火山の噴火で作られた山でそのような気候が発生することは珍しい。
もっとも、それがすぐに人為的なものであると夜弧には理解できた。
ヒタスの火砕流などに巻き込まれながらも、なんとか生き延びた工夫があった。しかし、逃げられる工夫はもうない。
「来るのかな」
身が凍りそうだった。
まだ、出会えるつもりはなかった。
一つの雲が夜弧の目の前に向かって来た。無論、それはライラである。そして、……………
「見つけた…………」
「彼女が夜弧……?」
あの時はハーネットであった春藍。これが初めて、夜弧との出会いであった。
片足を失い、這っていながら移動している彼女がとても痛々しく思えた。ライラだって彼女がそうなっていたことは知らなかった。
春藍は夜弧に駆け寄って逃がさないように握ってあげた。夜弧はそれに少し苦い表情を零した。
「っ………」
「だ、大丈夫?この傷…………!ダメだよ!誤魔化していい傷じゃない!」
「へ、……平気じゃない……よ」
春藍の力で切り落とされた足を復活させていく。嬉しいじゃなく、情けないや悔しいといった表情を春藍に見せる夜弧。そして、ライラは治療されている夜弧に協力をお願いする。
「また、あなたと会えて良かったわ。悪いけど、あんたの足の治療はしっかりと代金を頂くわよ」
「…………いやよ」
「文句言わない。あなた、ここであたしが殺してあげようか?」
「や、止めなよライラ。今は彼女を救うことだけを考えようよ」
夜弧を治療する春藍は優しいことを言ったが、ライラはそんな彼を一発叩いてやった。
「今、あたし達は敵かもしれないし、味方かもしれない奴に協力をお願いするのよ!あんた、……少しはその……。考えなさいよ!」
春藍の良いところが、時々気に入らないライラだった。
「そのまま治療は続けなさい!春藍!黙ってね!」
「うん」
怒るライラに対し、春藍は萎縮ではなく集中する表情を見せた。それが2人の溝。
夜弧は2人の姿と目的の違いに
「……あはは」
「何がおかしいのよ」
「ううん…………別に…………」
ちょっとだけ安堵していた。ライラには理由が分からない。そんな理由も今の状況では詮索できない。
ハーネットとの件では互いの利害もあったため、協力は容易かった。しかし、今回は違う。
「率直に夜弧の能力がないとあの化け物を倒せない。だから協力して。このまま時間だけが過ぎていったらこの温泉の世界が潰れちゃう」
ライラの言葉は模範的なヒーローの言葉。
一方、夜弧が返した言葉は模範的な一般市民の言葉。
「もう遅いわ」
「なんですって?」
「分からないの?これからどうやって、この世界は復興するの?世界が今、大きく揺れているという中。人災で滅びかけたこの世界を救える管理人がいるの?」
ヒーローは遅れてやってくると言われているが、救助が遅れて良いことではない。
「理想はあなただけでやりなさい」
「!…………あんたねぇ…………」
ムカつく。
気に入らない。
「ここであたしがやっぱり殺す!!死なさせてあげるわよ!!」
「!ストップ!ストップ、ライラ!!」
「五月蝿い!どきなさい春藍!」
春藍は治療を一旦止めてライラを止める目を向ける。ライラは怒りを見ていても、夜弧は動じなかった。
「私は管理人とはあまり関われない。今の怪物も、管理人。周りにいるのも管理人……あたしには不都合としか言えない。この世界を救えたとして、あたしが負うリスクも考えられない?」
夜弧にも目的はある。しかし、ライラと春藍には理由を言えない。助けてくれたから、助けるなんてことは等価交換であっても許されない。
「どこらへんの不都合?」
「それは言えない」
「管理人と戦えないの?蒲生とは戦ったのに…………」
「あの時は傍にハーネット様がいたので……」
そう言って春藍の方に視線を向ける夜弧。ライラもそれに続いて春藍を睨みつけた。春藍にはそんな記憶がないため、ライラが怖かった。ム~っと、睨んで…………。
「夜弧、何が足りないの?」
「え?」
「夜弧が言う等価交換。片足で足りないなら何を払えば良い?言っておくけど、先払いはあんただからね?」
ここで夜弧を殺すのは簡単。ライラは彼女をそこまで信頼できない。(春藍やロイほどの意味では)
「…………そうですね」
夜弧の一言はまだ、ライラに条件が満たせるという意味が込められていた。その上で条件を少し変えてやる。
「レイズ(上乗せ)しても良いですか?」
「!…………条件によるわ。先払いって言ったでしょ、あんたが始めに条件を言いなさい」
ライラが一手だけ進んでいたため、夜弧から情報を引き出せる。
今は優しく言っているが、先に脅しを加えたことで夜弧にも助かりたいという一心が見える。
「多いよ?」
「構わないわ(その分、夜弧の狙いも分かるから)」
「一つね…………。まず、ハーネットの資料はあなた達には渡せない。もし先にあなた達が見つけたら、私によこしなさい」
「…………へー」
ライラの狙いを夜弧だって読める。その上でライラと夜弧が、価値が同等と考えている道具であるものの情報を差し出す。当然であるが、夜弧が資料を持っている。自分は持っていないというアピールをする。
「もう一つ。この傷がちゃんと治るまで、私のことを管理人にはバラさないでよ。あなた達が私をちゃんと守って欲しい」
「……随分と偉そうな条件」
「い、いいでしょ!」
「けど、いいわよ。なんとかするわ」
ライラは夜弧の事をもう少しだけ知りたかった。だから、彼女と行動を共にするのは嬉しい条件であった。
「最後に……………。あの、これはお願いするわ」
「?」
夜弧は春藍の手を掴んでライラに宣言する。
「は、春藍様とどうか。一日だけ私と2人きりにしてもらえないでしょうか?できれば、私の足が完全に治った次の日にして欲しいです」
「え?」
咄嗟の言葉に春藍はポカーンっとしていた。春藍にとっては夜弧という存在はこの場で初めて出会ったのだ。ライラも夜弧のとんでもない言葉に…………。
「は?……何言ってんの?」
威圧と混乱が出ている声を出した。しかし、夜弧は二手、三手と、攻めてきた。
「ライラ。私は協力してあげる。だから、その三つの条件。ちゃんと守ってくれないと嫌だからね。そーゆう人だよね?」
「っ…………あんたねぇ」
ライラの複雑な気持ちが分かりやすく顔に出ていたが、春藍はそんなこと気にせず。自分の気持ちをライラに伝えた。
「えーっと……僕は別に良いよ。夜弧のことが心配だからさ」
「!…………あー」
春藍の言葉を聞いたライラは"やっぱり"だった。
「春藍は天然助平だったわね」
「な、なんでこの場で言うの?それと、僕にそんな気はないよ!」
「もういいわよ…………」




