深海 VS 火山
元々、ダネッサはマリンブルー生まれのマリンブルー育ち。水が空気のようなものであった。
ポセイドンから受けた人体実験では単純な肉体強化だけでなく、育成面にも力を注がれた。
深海に住む凶悪の魔物を単独で倒せるほどの戦闘教育、他の異世界よりも高い重力に逆らって海上への浮上を行える水泳能力。驚異的な肺活量。
「スウウゥゥゥ~~~~~」
それは掃除機のような音を立てて、降ってくる雨を飲み込み始める。ダネッサの口へと雨が引き寄せられる。
「隙だらけだぞ。俺が逃すかよ」
ヒタスは強引に押し込むようなモーションでダネッサの腹部にブローを叩き込む。吸い込んだ水を全て吐かせる威力に加え、ダネッサの体を痺れさせる支配を使った。
立ち上がったのは見事であるが、もう遅すぎる。ヒタスに分がある。これがタイマンならば…………。
「!」
「ダネッサ!お前に全て賭けるんご!!」
ケチェリもなんとか起き上がり、再度捨て身でヒタスに向かった。ダネッサのために1秒でも時間を稼ごうとする。
「このデブ」
「なんとでも言え!!ここを俺の墓場とする!!」
眼鏡をクイッと挙げながら、カッコイイ言葉を吐いた。
とはいえ、そんなカッコイイことは10秒と持たない。その自慢のお肉でヒタスをダネッサに近づけない。何度も殴られ、蹴られ、不様な姿を晒したとしても…………。
「俺は信じてる…………んだ…………」
ケチェリが倒れる。体を張って、ダネッサを守った時間は6秒。
「!」
ヒタスが感じたダネッサの印象は差ほど変わらない。ダメージはそのまま残りながら立っているだけだ。
"超人"でもないくせに鍛えられた肉体。精神状態によって精度が変わるタイプではないはずだ。のに……。
「強くなったか?」
体が少し濡れるだけで肉体が高揚としてくれる。陸地でのダネッサは水を失った魚と同じような奴だった。
深海の番人は水に触れてこそだ……………。
歩くよりも走るよりも、彼の遊泳速度は速くて逸していた。降り注ぐ雨を道のようにして、空中を飛び始めるというより泳ぎ始めるという言葉が似合っていた。
「あ?」
しかし、ヒタスは動揺しない。空中を飛ぶ奴には驚かない。
眼で追うのは困難ではない。
ダネッサが機を伺いつつ、距離を詰めるタイミングに合わせればいい。奴の戦闘が可能になる距離は自分より多少長いくらい。
十分に雨でダネッサは濡れてから、ヒタスの腕がない側から突っ込んでいく。まともな判断だ。
ダネッサの速度もあって、ヒタスの対応が遅れる。頭蓋を吹っ飛ばす正確な突きをギリギリで避けてみせる。
「っ」
「あぶねぇだろ」
避けてからまるで窃盗を行うような手際の良さで、静かな攻撃に転じる。ダネッサの両手手首に片手で握ってやる。打撃よりもこの握手の方が永続的に支配しやすい。
「感覚ねぇだろ?」
ダネッサに問う。その間、萎れた花が再び開花するようにダネッサの体をかっさばく。裏返る筋肉と皮膚は激痛であった。
「次は死ね」
「ふ~~ぅっっっ」
「?何をしている」
「パァンッ」
感覚がないということは自分の寿命の延長であった。麻酔がないまま、手術を行う医者はいない。
ヒタスのわずかな油断をダネッサは狙っていた。胃の中に溜めた水を口から散弾と同レベルの破壊力を吐き出した。
「!!」
ヒタスが驚いた後はもう遅い。顔面のいくつかが吹っ飛んだ。
「くおっ…………」
握った手が離れた。
そこからは一瞬の決着。この距離では槍を握るダネッサが圧倒的に早く、水鉄砲よりも倍以上の威力がある槍でヒタスを風穴だらけにした。
「お、終わったのはテメェだったな…………」
「俺が………負け………?」
ヒタスにとっては想定外の死だった。
自分が負けるわけないと感じていたから、これを理解して受け入れられない。死ぬ間際での底力を見せる"超人"の本領すらも起きない場面だというのに。
「はっ……」
怨念の支配欲は彼の拳を地面に突き刺した。
「死ねるかあああああああああぁぁぁっっっ」
ヒタスの能力が大地に根付いた。死ぬ間際に火山を支配して自分の感情を流し込ませる。自然に心を明け渡し、火山を奮わせる。
「ヒタス!!」
一瞬でヒタスが死んだ。グルメにとってもそれは想定外だった。なお、想定外だったのはヒタスの支配欲。
火山がヒタスの死を理解した瞬間、活動をおっぱじめた。
「!?」
「!」
雨雲よりも灰色で湧き上がった、灰そのものだ。大地を焼き尽くすマグマ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
バランスが崩れるほどの地震、……止まらぬ噴火。
ヒタスの強い支配が産んだ自然災害。それが、人間達に襲い掛かる。
「…………死んでから力を出すなんざ、反則だろ。どう止めればいい?」
ヒタスの首を撥ね飛ばしたダネッサであったが。殺したその体はヒタスではない。ヒタスはもう火山と一体化。最後の支配を実行する。




