女を襲う汗だくデブと海パン野郎
夜弧はトレパネーションを使って、肉体に異常を起こして移動していた。魔力の消耗ならば回復できる物をいくつか持っていたからだ。
この世界の住民がいないところまでやってきた。ここで存分に相手ができる。良い意味でも悪い意味でも。
「ふぅ……………」
松葉杖で体を支えながら、拳銃を握り締める。
管理人が何人かのブライアント・ワークスと交戦したとはいえ、片足状態で二人を相手にするのは酷である。
重そうなリュックを背負ったまま、ぬめった汗を流しながらやってくるデブと槍を持った海パン野郎。
「いつか。戦わなければね…………」
ケチェリとダネッサが夜弧の前に姿を現した。特にダネッサは口から大量の唾液を零しながら不気味な表情と声を夜弧にかけていた。
「デイュュフフフフフフフフッフ」
太って動きが鈍そうに思える体格をするケチェリの動き。体の肉が何度も波打つほどの衝撃を出すほど、速い動きであった。そして、その体格に似合うほどへビィな打撃を誇る。
ガギイイィッ
女性の体とはいえ、骨が折れるほどの拳は重たい。松葉杖も折られ、左腕は一撃で使えなくなった。その傷と代償に、夜弧は拳銃をケチェリの心臓にめがけて照準を合わせており、拳を繰り出す間合いで発砲した。激しい打撃音とは違って静かな発砲音は確実の命の急所の的に当たった。
「デュ、デュフフ」
「ったぁ………………」
衝撃で地面に叩きつけられた夜弧と、撃たれたその場で立ち尽くすケチェリ。胸に穴が空き、血が流れているところをボーっと観ていた。
「デュュュュフフフフフフフフフ」
銃弾はその分厚い肉によって防がれた。銃弾が心臓まで届かない、恐るべき脂質と筋肉を持つケチェリ。
「デブで良かった!サンキューなクォリティ!」
夜弧にとっては肉を斬って骨を断つ作戦だった。だが、その肉によって止められ、一気に窮地に陥った。ダネッサはケチェリの後ろで待機しており、夜弧にはどうあがいても勝ち目はなかった。
「ムフオォォォー、萌え&」
テンションある叫び声を出しながら、ケチェリは夜弧を殺しに掛かる。
「燃え!」
あれだけの体重の乗った蹴りが夜弧の体を突き上げた。肥えた体から繰り出される意外なほど柔らかい開脚も披露するケチェリ。夜弧は空中に舞ってから地面に突き落とされた。
「くぅっ……………」
満足に動かせる体ならば戦えたが、……片足がないというハンデがあまりにも大きい。ケチェリですら倒せないことに夜弧は絶望を感じていた。
「ムホォ?」
「!……2人来たか」
ケチェリとダネッサにとって。今の夜弧の状態は何もできないと判断した。歩く事すらままならない人間で管理人と繫がりがあるとも思えなかった。
夜弧にトドメを刺すのは簡単であったが、その前に資料をどこに隠したかくらいは事情聴取しなければならない。その時間くらいは敵2人を始末してからでも間に合うと判断した。
「全員殺していいのか?」
「当たり前だ。ヒタス1人でやってくれ」
グルメとヒタスがこの場に到着した。管理人との接触は避けたかった夜弧であったが、現れたのがこの2人で微妙に幸いしていた。
「!…………よかった……かも…………」
ヒタスは転がっている自分に眼中などなかった。明らかにダネッサとケチェリに敵意を剥き出しにしていた。一方、グルメは管理人という役職をもらっているが、人間であったことが幸いだった。
とはいえ、今の内というだけだ。何かしらの手を出さなければブライアント・ワークスと共々、殺される。
ダネッサとケチェリは声を合わせなくとも、2人掛かりでヒタスに襲い掛かった。グルメはここにやってきておいて、ヒタスから全力で離れる。しかし、隠れはしない。表情を一つ変えずに離れただけだ。
バヂイィッ
ヒタスはケチェリの夜弧を吹っ飛ばしたデブイ腕から繰り出す拳に対し、それと比べて細い足で受け止めてみせる。
「このデブ。少しは痩せろや」
「デュフフフ、避けいなお世話だぉ」
一方でダネッサはヒタスの横から襲い掛かる。2人共、連携プレイがそこそこにできる。ヒタスの目は迫り来る槍をもちゃんと眼で捉えており、空かせていた両手で槍を丸ごと掴んだ。
「!」
しかし、ダネッサの突きの勢いを完全に止められず、槍に捕まるような体勢となった。原因はケチェリの攻撃を止めるため、片足が浮いていることによる踏ん張り不足。槍の刃が頬を掠めた。
「スクリュー」
槍に命令し、掴んだヒタスをモーターと同じだけ回してやろうと狙ったダネッサ。
ギュルギュル
「!?」
だが、ダネッサの命令は実行したが、対象者がダネッサ自身に降りかかった。自分の足が地面から離れ半回転するほどの槍のパワーを味わった。
「ヌフォー!」
奇妙な気合と共にケチェリはダネッサを助けるようにヒタスめがけ、ラリアットを放つもヒタスの右腕に止められる。
「!」
すると、ケチェリはヒタスの右腕に触れた1秒間、右腕を支配したという感覚が抜けたことを察知した。麻酔を打ってもらったような違和感。今のケチェリの右腕を支配しているのはヒタスであった。
バギイィッ ベギイィッ
軋む音がケチェリには届いたが、痛みはまだ認識できなかった。殴った方が支配できる時間は長く、複雑な命令を行える。しかし、受けでも1秒程度なら対象物を操作できるというヒタスの"支配拳"
右腕の支配が元通りケチェリに戻れば、ヒタスによって壊された痛みを認識。
「デュフーーー!?」
腰が引け、ヒタスから一歩後退したケチェリをヒタスは逃さない。コークスクリューブローをそのデブのお肉に叩きこむ。ブルブルと贅肉が踊りながらケチェリは、拳の間合いから吹っ飛ばされた。一方、ダネッサは自分の武器の思わぬ誤動作に命令することを躊躇。
地面に足をつけてから、槍を握るヒタスを力ずくで追っ払う。ダネッサの膂力を確認するようにヒタスはあっさりと槍を離し、ダネッサから間合いを外す。
10秒も経たない攻防で両者の力量を把握。
「……………大丈夫か、ケチェリ」
「デュフフフ、腕が折られた…………」
「は、……面白そうな奴等で良かったぜ」
二人相手でさすがにヤバイと思ったが、さすがに欠番のためにいた戦闘員のヒタス。なんか俺がいなくて良いなっと確信したグルメ。
このまま、ヒタスが2人を倒せてくれれば良いのだ。




