物の奪い合いとは
ぶっ殺す!!という言葉を吐けても実行できないのが、悲しいところである。もし、それが当たり前のように出来たとしたら人類の数はかなり減っていただろう。何に対しても生きろと諭すせいでもある。
戦場で物を奪うという任務。
どのように奪うかにもよるが、標的を殺すよりも難しいとされている。実のところ、殺人よりも万引きの方が遙かに高度なテクニックであった。やりやすさとリスクの少なさで人は万引きを多く繰り返すのだが……ノンノンである。むしろやりにくい。万引きをやれたら人を殺すなんて比較的簡単である。
数多くの推理小説が世に輩出されているのは、人間がバッタッバッタくたばるのが簡単であるからだ。
物を奪う時のいくつかのパターンその①
対象物を誰かが保有している。今回の場合、アレクがハーネットの資料を握っているため彼が重要である。
この世界と作品には関係ないことであるが、……。対象者から奪うというやり方をする際、ひったくりのように高度なテクニックを使う必要があるかもしれない。運転者と強奪者を用意しなければいけないかもしれない。対象者を殺すだけで良いのなら、トラックで撥ね飛ばしてやった方が単純で確実に殺せる。しかし、それでは奪うという行為は限りなく難しい。
拳銃や剣などもそうである。奪う物が重要であれば下手な攻撃はできない。万が一の破損は修復できない可能性があり、人間にある傷口の再生がないため破損は任務失敗に繫がりやすい。
また今回。アレクがカバンに詰めているという点では関係ないが、それがアレクの懐やポケットにあるとしたらどうだろうか?
アレク自身も傷つける事が難しくなり、ひいては人を殺す手段が狭められる。派手な攻撃は厳禁である。
物を奪う時のいくつかのパターンその②
対象物を警護する存在、狙う存在が複数いる場合。
対象者の殺害ならば利害の一致もあり得るのだが、対象物の奪取となると利害の一致はほぼない。アレクにしろ、夜弧にしろ、目に映る者達全てが敵であった。
物を奪う時のいくつかのパターンその③
陣地の有利不利。
夜弧と黒い仮面の博士にとっては、このフォーワールドは敵地である。殺害でもそうなのであるが、目撃者がいるというのはいずれ自分がお縄になるきっかけに繫がる。
音も姿も見せずに対象物を盗るのは難しい。物は喋ったりすることはほぼないが、盗もうとする輩を見る存在は必ずいるものなのだ。それらを全てを殺していくのは大変な労力。物を奪っている状態ならばそれを守るという役目も付けられるのだ。
バギイイィィッ
状況優位で言えばアレクがかなり優位であった。なにせ彼の場合は守るという役目だ。奪う側は彼を殺すことも考えるが、物を壊さないことも考えている。
「俺は使いたい放題だ」
アレクの炎は2人に襲い掛かった。爆発、爆発、爆発。接近することは不可能、どんなところでも発火させる攻撃は物を盗むより、どう掻い潜るかが重要だった。
夜弧も黒い仮面の博士も分かっていた。
「シンプルな機能美。それがお前の"科学"の原点だったな」
複雑な能力は条件さえ満たせば相手を完封するかもしれない。だが、複雑な状況には対応できない。アレクの能力はシンプルだからこそ、様々な状況で対応できる。
黒い仮面の博士もアレクと同じ考え。しかし、単純な能力をいくつも持ち歩く者であった。ちょっとずるい。
アレクの炎を打ち破るとしたらまた単純な物。消火する水が良いか?
「"祖母の場所"」
博士に床に落としたたった一粒の液体。アレクの炎で蒸発することはなく、それどころか瞬く間に水を増やしていき、水が河となり、河が海辺へと変わり、海辺が海中となり、深海となっていく。
「え?えぇっ!!?」
夜弧は咄嗟に右手を頭蓋に当てた。
「なっ」
アレクの炎は一瞬にして海に飲まれていく。炎を潰し、炎から生まれる煙すらも飲み込む海は人間であるアレクと夜弧も飲んでいく。逃げることすらできない。
海&深海型の科学がアレクと夜弧に襲い掛かった。圧倒的な科学力であった。
ゴポポポポポポポポ
「おいおい。さっきからなんなんだ!!」
「水…………」
"祖母の場所"の威力は研究施設だけではない。フォーワールド全体に響いていく。大雨が降っているわけではないし、水道設備が破裂したわけでもないのに水が研究施設からあふれていき、ちょっとした津波が住宅タワーにも押し寄せてくる。
「くっ……………」
「ロイ!!一旦、上の階へ逃げよう!!」
「おう!!」
春藍とロイ、謡歌、アルルエラの4人は住宅タワーの上階へと逃げていく。一方でダネッサは未だに押し潰されているため身動きひとつとれない。
ザーーーーーーーッッッ
住宅タワーの6階まで海水は昇ってきた。それが意味することはフォーワールド全体で20mほど、海水が浸水したということだった。
美しい光景に思える災害であった。
ゴポオォッ
アレクと夜弧は口から空気の泡を噴いた。黒い龍の仮面の博士が放った海はあのポセイドンが管理している異世界とほぼ同じものであった。海中でも呼吸ができるという不思議な気持ち。アレクは経験済みであるため、順応は早かった。だが、これではライターが使えない。
アレクは彼の方を睨んだ。
「お、お前…………」
「濡れて字がグチャグチャになってしまうな。しっかりとカバンのチャックは閉じたか?なぁ、アレク。信頼はいつまでも変わらぬぞ」
アレクは何が起きてもいい様にしっかりとカバーをとりつけている。とはいえ、海水が染みこんでもおかしくはない。それだけの空間に自分はいる。カバンをいろんな意味で守れる状態にはならない。緊迫感をもらったのはアレクと夜弧だけだった。
いつの間にか黒い仮面の博士はダネッサと似た槍を手に持っていた……。
資料が海水でグチャグチャになって使えなくなるまでの時間は約7秒ほど必要だった。
それはアレクの寿命が7秒以下を示していると、黒い仮面の博士は伝えたかった。アレクもその意図まで読みきれる。




