ハーネットと夜弧の秘密
「…………蒲生が敗れたか」
巨大な存在が消え失せたことを感じ取った。
椅子に座っていた桂も立ち上がって動こうとしていた。ポセイドンは彼の行動を茶化すように言ってあげる。
「動くのが遅いぞ、桂…………」
確かにそうなのかもしれない。蒲生を助けるという話であるのなら……。無論、いなくなってしまったことには桂もポセイドンも、傷心している。あれだけ出来て、まともな管理人の1人であるのだからだ。
「後始末をつけに行く」
マリンブルーより。桂は蒲生の遺体を回収しに向かった。ポセイドンは桂から譲られたハーネットの資料に目を通していた。間違いなく本物であり、ポセイドンが捜していた物だ。邪魔者もいなくなり、じっくりと読むことに専念した。
「はーーーっ…………」
「ふーーーっ…………」
ライラと夜弧も倒れていた。ライラは蒲生の体を割るほどの強力な魔法を使ったのだ。そして、夜弧も繫がった異世界で出会った人間達の魔力をドンドン吸収し、全部吸収した魔力をライラに授けたのだ。
「みんなの勝利って奴だね」
「……それはどうかしらね…………」
「そ、それよりここはどこの異世界なんでしょう?」
色々な世界が繫がったため、3人がいる場所は名もなくて、そう長くは持たないだろう。夜弧の疑問より、ライラは確認しておきたい事をハーネットに訊いた。
「ねぇ!春藍は大丈夫なの!?」
「!」
「あなたが現れたことで嬉しい気持ちもあるけれど、……春藍のことも、あたし。心配なの!」
「…………大丈夫だよ。心配ない」
ハーネットはポケットからノートを取り出した。
「彼はゆっくり眠っている。心配は要らない」
取り出したノートをハーネットはライラに託そうとした。
「?」
「色々、君達と話したい事はあるけれど。蒲生が死んだことを考えれば桂達が黙っているとは思えない。これを受け取ってくれ」
「ノート?……何が書かれているのよ?」
「私の秘密基地に置いてあった研究資料の片割れだよ。万が一、別の誰かが持ち出して使われないようにしていたんだ」
そのノートを受け取ったライラ。しかし、
「て、…………ありがたく受け取るけど!あなたが持っていた方が良いじゃない!」
「それは難しいな。私としてもそうしたいけど…………私は管理人に狙われる身。過去の人でもある。託す事だけが任務なんだよ」
ライラは春藍……いや、ハーネットの胸倉を掴んで
「だけど、あなたの力は絶対に必要だわ!!あなたはきっと、あたしなんかよりも知らない事を知っている!それに……あなたは春藍でもあるの!!まさか、これからまた管理人と戦うなんて……無茶だわ!!」
だからって…………。そう。
「あたしはあなたを守る!春藍も、あなたも殺させやしない!!」
何も力になれなかった自分がこんなことを言っていいのか。自信が無くなる…………。言葉や意志だけでしかない。
「ありがとう…………嬉しいな。パイスー達以外にも仲間がいたんだって気持ちだよ」
ハーネットは自分の胸に手を当てた。もう少し頑張れそうだと思える。
「けど、ダメだ。君は死ぬべきじゃない。ここは私が…………」
「嫌だって言ってるの!!あんたも……いえ!春藍を失いたくない!あんたのせいで、春藍まで死んだら…………本気で許せない!!!」
「あら残念。ふふふふ」
きっとどっちでも消えて欲しくないのは同じ。ライラにとっては価値がある方はハーネットであって、感情が動いているのは春藍の方だった。
「あたしもお願いします」
「!」
「夜弧」
「…………難しい事は今、言えませんけど。……止めてください!あなたを失って悲しむ人、彼を失って悲しむ人がここにいるからです!」
…………2人の言葉にちょっとだけ揺れたハーネットであったが。頬をかきながら辛いことを告げた。
「そうは言ってもねー」
恐るべき人物であるが、独特の軽さを持つハーネット。それが全ての底を教えてくれない。
「君達はまだ知るべきことがある。私が口にできることもあるが…………。ともかく、いずれ知る事になる」
「…………………」
「私や、ここにいる彼を失って悲しいのは分かる。けど、悲しいことに背いちゃいけないな。踏み出すことも」
ピキィッ
「?」
「勝手に春藍の命を潰すな!!!」
キレマークと効果音を出しながら、ライラの右ストレートはハーネットをぶっ飛ばした。
「あたしは誰も……もう誰も失いたくない!!色々、あなたの文献を見させてもらいました!!管理人の調査、"無限牢"の調査、アーライアの調査……あなたの調査から私は動きたくなった!あなたが守りたいって気持ちが伝わったから!!」
「……………」
「あなたのおかげで出会えた仲間がいて…………失った友達もいたから……」
「………ライラ……………」
「ごめん……………軽く扱ったよ。本当にごめんね」
ハーネットは言葉ではどうにもならないとライラの涙から分かった。だから、どうしても。仕方がなく力を使った。ライラの拳より強くはないが、弱ったライラの意識を刈り取る打撃を打ち込んでライラを寝かせた…………。
「ハ、ハーネット様…………それは…………」
「…………ふふ、……しょうがない。しょうがないねー」
突然の攻撃に夜弧は驚いていたというより、ハーネットと同じ仕方がないという気持ちが多かった。ハーネットは夜弧の方に興味を見せた。
「君が誰かは分からないけど、…………」
「………………」
「"何者"かは検討がつく。ライラの仲間じゃないけど……」
「……ごめんなさい……………それ以上は結構です…」
「ふふふ、いいよ。とにかく逃げなよ。管理人に君の存在がバレたら一大事だ。ここは私が引き受ける。君と出会えたことは中々嬉しいなぁ」
夜弧は知っていた。自分がいるから、ハーネットが囮になってくれることを…………。ハーネットが管理人に狙われているのは事実だが、彼は夜弧も狙われる対象だと知り、身を挺した。
「だから、悪いけど。ライラに私の資料を託すよ。半分はもしかすると管理人に回収されていたら最悪だからさ」
「…………仕方ありません……ですが、構わないです」
ハーネットの資料を狙っている夜弧にとってはライラではなく、自分がもらいたかったが……。今、自分が持つ事よりもきっと良いのは分かっていた。
「それでは失礼します…………どうか死なないでください…………」
「ああ」
夜弧はすぐにハーネットから離れた。彼のためにも、必ず計画を成功させる。あの場にいたいけれど、自分すら消えてしまうことは最悪だ。安全を選ぶ。
「…………一眠りしようか……」
倒されたライラの横でハーネットも眠る……。最後の戦いに備えての休息…………。昔の夢を見られるようだった。




