目覚めた時にはもう物語は始まっていた
「ん…………んん」
とても悪い夢を見ていた気がした。身体に少しの痺れが来ていた。意識が戻って来たが、まだ目を開けても脳には映らない状態。身体を動かそうとしても早々には動けない。
ピリッと音が鳴ったかのように、視界に入る光が読み取れた。
「んんー、……ここは?」
どこで眠り、いつ眠ったのか思い出せない。
ただ見えている景色と空気の新鮮さは今まで体験した事の無い、美味しさと綺麗さだった。
「どこだ?」
身体の痺れが少しずつ抜けていき、身体を起こした春藍。
手に来る感触は地面と元気な草の感触。匂いはイビリィアと同じ大自然であるが、人の手が施された緑。坂のような場所に春藍は寝ていた。
木が異常に多く、それらが固まって、林となり。林と林が重なって森となったイビリィアとは違った。
遠くまで広がる、自然の緑と青と白い雲の空、自然にいる生き物、人が建てた施設。見える景色を例えるなら"酪農平原"。
「あ、あれ…………アレクさん!?ネセリアは!?ライラは!?」
目覚めたところには、アレクもライラもネセリアもいなかった。それだけでとても驚いた。記憶がどーなっている?
「アレクさん!」
「アレクならネセリアを連れて、散歩しに行ったわよ」
春藍の後ろから声を出してあげたのは、ライラだった。
「私で悪かったわねっ!」
「ライラ!あの、……ここは一体何処なの!?あそこは全然違う気がする!」
「なんでここにいるか、私もまだ聞きたいくらいだけど。ここは"イビリィア"という異世界じゃなくて、"モームスト"っていう世界だそうよ。牧場の人に聞いた」
ライラが春藍の疑問にすぐに答えて、手を伸ばした。
「立てる?春藍。少しだけ魘されていて心配してたのよ」
「え、そうなの?……ありがとう」
春藍はライラの手を掴んで起き上がった。そして、横に並んでこの景色を見た。魔物がいた世界とは全然違う。生き物と人が共存している、生きるを理想にしているような世界。
"酪農平原"モームストに春藍達は辿り着いた。
春藍とライラは並んで歩きながら、牧場の施設へと向かった。魘されていた春藍を寝やすそうなところに運ぶのも大変だったため、そのまま放置された事はライラから聞かされた。
「ところで"ボクジョウ"って」
「アレクにもネセリアにも言ったんだけどね」
ちょっとウンザリ気味のテンションになったライラ。
「牧場ってのは人が生き物を飼っているところよ。酷く言えば、家畜っていう、食料を生産するために生きている動物達ね」
「そ、そうなんだ。可哀想だね」
「ホラ、あそこに見えるのが牛、羊。食べられる顛末にある生き物もいれば、あの牛達は牛乳を生産する奴だったり、羊はお肉よりも羊毛を目的としていたりするわ。服とかに使われるのよ」
「へー、ライラってやっぱり詳しいね」
「私の世界にも牧場とか、畑があったからよ。私の常識よ」
施設に入ると、この牧場の経営者らしきおじさんがいた。
独特の訛りがあって聞きにくいと春藍は感じた。それでも、ライラにはしっかりと理解できていたらしい。"方言"といって、地域による発音や言葉の意味が違う程度の事とライラは後で教えてくれた。
ライラと一緒に別室。いや、牧場食堂という場所に連れてこられた。とても良い匂いがする。
「あんた達の世界はいつも、食事が配達されるそうね」
「うん。いつも頼んでいるよ」
「アレクとかネセリアはとっても驚いたみたいよ。ホントに、こんなのが存在するなんてって顔してた」
イビリィアでも、食事は出てきたが。
その時はやっぱり心に余裕がなかった。
あの時だ。お風呂に一緒に入って出た後、食事がやってきたけど。僕はそれどころじゃなかったからな。ネセリアもライラも。そういえば、アレクさんは食べてたのかな?
今は少し。
この自然の豊かさと言って良いものが、心に余裕を与えるんだろうか。
その世界に驚ける出来事に。
「うわぁー」
春藍が手を置いた台。正面にあるガラスの向こうには食事を作っているおばちゃんが2人いた。
台に手を置いた場所には、メニューだろうか。食品の名前が書かれていた。これは配達する時と同じだ。
「あの、この"絶品至宝豚カツ"と"自然の恵みタップリ野菜セット"、"健康ご飯"の三つをください!えっと、2300円ですか?」
春藍がお金を出そうとするが
「ない!お金ない!!」
「あるわけないでしょ、馬鹿。おばちゃん。私は"舞湖育ちのお魚定食"と"金色牛肉団子"、"恵みのお茶"をください。私と春藍、さっきの2人も合わせると1万2700円分。ここで働くのでいいかしら?」
お金がない分、働くという発想。
春藍にはなくて驚いたが、同時にライラに働こうという意思があったのには驚きだった。"管理人"とかに狙われているんじゃなかったのかな?
おばちゃん達が春藍達の食事を作り、3分待ってと言っていた。
二人しかいないのに手際が良く、料理をする様はとても慣れていた。その動きや技術は勉強になると思っているような目をする春藍だった。一方でライラも、美味しそうな料理ができるのを待てないような顔をしていた。
あっという間に黙って見届けていた3分。お盆の上に置かれる食品が全部並んだら、それを持ってテーブルへ運ぶ。何からなんまで新鮮そうな目を出している春藍に、少し笑ったライラ。
「元気で良かったわ」
パクッ
食べた瞬間。
配達でやってくるのはどう考えても、冷えてて旨くない。
さらに自分よりも料理が上手な人間が作っている。
最期に付け加えるのは食材の味がとんでもなく良くでていた。口の中で蕩け、旨さを存分出している豚肉。
「美味しい!」(これは春藍の声です)
「旨っ!」(これはライラの声です)
春藍もライラも声を出すほどの、美味しさ。これまで食べた物の中で一番にノミネートされるべき。料理の旨さ。箸も口もガンガンと動く。空腹もより美味しさを引き立てていた。
尽きるまで食べる事が止まらない。お腹が少し膨らむまで両者に会話はなかった。満足感が現れてから、ライラはお茶を飲みながら、春藍に話した。
「春藍さ」
声を掛けられると、すぐに口の中にある物を飲み込んで聞く状態になる春藍。
「なに?」
「食べながら聞いていいから。まだ大した事じゃないし」
「そ?行儀が悪いと思われないかな?」
「じゃあ、そのまま聞いて」
春藍にはお魚はないが、お皿に乗っている物を綺麗に食べているところを見ると、イビリィアでの経験があるのかなってライラは思えた。
食事にたいしての意識が強くなっていると思う。食事を残しそうな体型しているのに。
「私達がどーやってこの世界に流れたかよりもね、私が気になっているのは"管理人"に気付かれていない事が不思議なの」
「あ、そうだね」
「イビリィアでは色んなゴタゴタが重なっていたけど。こんな長閑に食事ができたのは私も初めてなの。私は当然だし、春藍達も今"管理人"に狙われるはずなのに。それがまったく来ない」
「そ、そうだね。ラッシみたいな管理人なら、僕達はもう殺されているよ」
「桂の仕業でもなさそうだし、私以外の何かが起きているのも考えられるけど。モームストに"管理人"がいると分かっているというのに様子を見に来もしない」
アレクとネセリアの方に"管理人"がいるのかもしれないけれど。その可能性は低いとライラは思っていた。なぜなら異世界の"管理人"が1人というのは極めて稀だからだ。フォーワールドのように4,5人体制など、なんらかしらの理由で欠けた場合の穴埋めがあるはずだ。
普通、ライラ側とアレク側に別れて"管理人"が監視をするだろう。
「一番妥当な線は。私のやり方じゃなく"管理人"達が使うシステムを利用して移動したんじゃないかと、思っているの」
「ライラの移動って全然違うやり方なの?」
「強引にやるやり方なのよ。これしか分からなくて。ってそれは今はどーでも良いの。アレクに今頼んでいるんだけど、"管理人"の家を捜してもらってるの。そこにもしかしたら管理人達が使っている異世界への移動ができる装置があるかもしれない」
「異世界を移動できる装置って、もしかして、"科学"の一種かな?」
「でしょうね。春藍とアレク、ネセリアの力が、"科学"が分からない私には必要なの」
ライラの言葉には、お願いと希望を抱いた目だった。三人の力が欲しいって初めて言ったような気がする。
「異世界を移動できる"科学"か」
アレクさんも見た事ないだろうな。
"管理人"の部屋には足を運んだことがあるらしいけど、調査名目なんて一度もないだろうし。それにしてもどんな"科学"なんだろう。
春藍が見た事もなく、夢が広がるような科学の姿と性能に妄想を広がせている最中。ライラは真剣な顔で訊いてきた。それに春藍は妄想を止めて即答した。
「操作できる?」
「それができないなんて事は、僕とアレクさん、ネセリアは絶対に言わない。科学をずっと触れてきたんだ。大丈夫!」
特別に胸を張ってはいないが。少しだけ自分を大きくして発言していた。いろんな事で怒られていてばっか、そして何よりライラが春藍の得意な事を期待していた。その期待は裏切りたくない。ライラにはかなり助けられて、今までにない希望を感じてもいる。
「それにしても楽しみだなー。見つかるといいな」
「ホントにね」
春藍の気持ちとは逆に、ライラは春藍達ばかりに負担をかけているばかりな気がした。巻き込んだ事から始まり、あまつさえ異世界を移動する"科学"を扱えと言っている。自分の代わりを三人にさせる。なんて無責任で無力な人間だろうか。
「それじゃ、外に出ましょ。アレク達が戻ってくるの待ちだけどね」
「うん」
ライラは"科学"であるだろうと信じている。
実物を使った事はないが、桂が異世界へ移動している"科学"を自分の世界で確認している。"科学"の性質上、動力が魔力とは別で使用可能なところは量産でき、誰でも共有して使える利点がある。間違いなく、"科学"を使っているだろう。
二人が牧場食堂を出てから、
「あ、そうだった。ここで働かなきゃいけなかったんだ」
「食べた分のお仕事だね」
「アレクが戻ってきてからでも良いわね。四人で働いた方が数的に作業できるし。それと、寝床の確保も考えるとさらに多く働かないとダメね。4人で泊まるには何円掛かるか、おばちゃんに聞かなくちゃ」
「は、ははは。僕、働けるか不安だよ」
なんの仕事をするかも聞いていない。
けれど、働こうとする辺りライラに余裕があるように思える。出会った時は切羽詰ったような顔や態度をとっていた。ちょっと訊いてみよう。
「ライラは今回、急がないんだね。どうしたの?」
「春藍からそんな事を聞かれるなんてね。春藍こそ、どうしたの?」
「その、ライラの事がちょっと気になってね」
「最初会った時は何も私に訊けなかったくせに、ちょっとは変わったのね」
「はははは。ライラと出会えて、みんなと旅ができているからかな?」
なんか僕の話になっている。ちょっと強く訊いてみよう。
「それでどうしてなの?」
「そうねー。一つはやっぱり、確実に移動したいからなの。私のやり方はどこに行くか分からないから、少しでも近づける方法を選びたいだけよ」
「確か"アーライア"ってところだっけ?」
「良く覚えていたわね。そうよ、その世界が私の行きたいところなの」
「胸倉を掴んで叫ばれたら、嫌でも覚えているよ」
ライラの行きたい世界を覚えていた理由は恐怖であった。
だけど、今はそれがきっかけで思い出だと春藍は思っている。ライラもそんな事を思っていて欲しかった。