魔術、科学、超人
フォーワールドの街灯が付き始め、周囲の暗闇に負けない明るさを保っている景色だった。
寮の外から見れば春藍の部屋が爆発しているような光景であった。
その音、その光景、煙の上がり方が異変を予感させる。
「何があった?」
「春藍が"科学"を作ろうとして、失敗したんじゃね?」
「あいつは変わったところがあるからな」
「仕事だけにすればいいのにね」
ほとんどの者達が静止してからいつもの行動に移る。関わろうとしない。
様子を見ようとしない。トラブルというのは御免な人々が多い。
同僚の部屋が爆発したとしても、火災にならなければ必要がない。隣の部屋ではないから大丈夫である。春藍が優秀で優しくても、彼等の関係はこうである。
だが、それを"管理人"よりも早く知れたこの人物は何事もないように、平静を装いつつ。
春藍の部屋へと急がずに向かった。
「……なにかあったか、春藍」
春藍の上司。アレク・サンドリュー。技術開発局の主任。
彼もまた春藍と同じく、この世界では不思議な思想を持っていた。
◇ ◇
「フォーワールドって世界なのね。"科学"の世界か」
「は、はい」
ライラに説明している春藍は正座をして、自分の知っている情報をできるだけ喋った。ライラが質問する事をただ答える。
質問に対しては可能な限りの答えを出す。技術者は嘘やハッタリを言ってはいけない。できると宣言したからには、やればいいではなく。できなきゃいけない事を上司であり、師匠でもあるアレクがよく教えていた。
だから、ライラの質問にはちゃんと答える事ができた。疑う、怪しむといったモノが彼にはない。
「ここの"管理人"はラッシ、クロネア、今井、ゼブラ、麒麟の五人だけね」
「は、はい。けど、大体管理をしているのはラッシとクロネアさんくらいで」
ライラは春藍がどーゆう人間かまですぐには見抜けるわけがない。ただ、彼の目と。彼が言っている事は真実なのだと受け止めている。
実際のところ、
「……ホントに誰も来ないのね」
「み、みんなはそーゆう人なんだ。別に人の家が爆発したって、"仲間"くらいなら"使い捨て"だから」
ひとまず、身を隠す場所を求めたライラだったが、春藍はここにいても平気と答えた。
春藍には周りにいる者達がどーゆう人達か分かっている。そして、自分達がどんな人間か分かっている。
「この技術開発局は1週間に1人くらいは死者が出る。ある者は失敗、ある者は安全確認の怠り、ある者は働けなくなる事。労働ができない者は、管理人のラッシに処分されるんだ」
人間の命の大切さなんてここにはまったくない。
そんな環境だから春藍はすぐには、ここに誰もやってこないと言えた。
「ふーん。ま、この世界の事なんて分からないし、関わる時間もないけど」
変わった人間達と。色々な世界を飛び回っているライラも思ったが、それはやはり異世界に行って出会う人々を思い出せば、自分の生まれ育った世界が常識とは限らないと理解はできる。世界、一つ一つに問題が違うのだ。
「じゃあ、あと二つ。これが終わったらあたし行くから」
「え?」
ライラは春藍の言葉にまったく関心なく、自分の事だけをしようと。目的に手段を選ばない顔つきだった。
その顔は自分が昔にしていた顔だったのではないかと……春藍は感じた。けれど、
「管理人達の能力って分かる?"魔術"?"科学"?"超人"?知ってる限り教えて」
「……え」
「訊いてた?もう一回言うよ、知っている管理人の能力を教えなさい」
魔術とは、
特殊な事象を起こせる力。魔力を用いて具現化及び、事象化する事である。
得ている能力はほとんどが生まれつきである。ただし、精度や威力などは鍛錬で強化可能。
科学とは、
特殊な力を秘めた道具の事である。能力者本人が製作している場合がほとんどである。
また、非能力者であっても使用可能である事が多い。(ただし、完璧に使いこなすのには時間が掛かったり、精度に違いが生じることもある)
超人とは、
身体能力が異常発達している力の事である。魔力が筋力などに変化していたり、身体全体に浸透している。
この三つの総称を"スタイル"と呼ばれており、ライラは管理人達の"スタイル"の情報を欲していた。おそらく、戦う事になるからだ。
「の、能力ですか」
春藍のいる世界、"未来科学"フォーワールドは科学の世界だ。
春藍自身も科学の使い手であり、他のみんなも科学の使い手である。
一方、管理人達は"科学"を使う者もいれば"魔術"を使う者もいた。とはいえ、春藍が彼等の使う力を魔術と認識するのには時間が掛かり、どんな力を持っているかだけをライラに伝えた。
「さっきも言いましたけど、管理人のラッシはとても凶悪な性格で、雷と風を起こす管理人です。違反者を問答無用で処分する奴です」
「ラッシが雷と風ね。あたしと同スタイルかな」
「もう1人、クロネアさんはアレクさんが昔に言ってましたけど。時間を止められるとか、おかしな事を言っていましたね。元々、表に出ない優しい方ですけど。残りの3人については僕は何も」
「時間を止めるか」
管理人、ラッシとクロネア。
ラッシは常にキレているような顔をしており、左頬にピアスが二つ。ジャケットを着ておりこの世界ではかなり目立ち、なおかつみんなに恐怖されている人物である。
働けなくなった人間の処刑を勤めつつ、管理人に逆らおうとする者達も全力で殺しに来る。春藍もこの人物に追われた事がある。
そして、クロネアは常に優しく笑っており、技術開発局などに仕事を持ち込んでくれる管理人である。スーツ姿であり、そのスーツはダイヤの形が多く刻まれている。彼がこのフォーワールドの最高責任者の管理人である。
「分かったわ、じゃあ最後」
ライラはとても真っ直ぐな表情をしていた。今の春藍にはない、希望や自由、信念を突き通すような表情をしていた。
その顔に一瞬、揺れかけたのだが
「この世界で広くて障害物がない場所ってどこかにある?広場でいいの」
「え」
「また同じ事を言わせないで。広場を探してるの」
春藍の戸惑いは先ほどの情報不足とは違った。何かを見つけられそうな、曖昧なものだけど。
「早く」
「あ、それなら」
チャンスが誰にでもある。けれど、そこがチャンスだとは映る目に見えないし、チャンスだと誰かが叫んでくれるわけがない。
春藍はその答えを言う前に言いたかった事ができた。
けれど、人の問いには答えるという慣れがもう言っていた。自分の心が篭っていない回答。
「ベンチェルロ広場がそうです。僕達、労働者の休憩場所の一つです」
「この世界の地図ってある?」
春藍の心は春藍の行動によって打ち消された。一瞬感じた戸惑いがもう感じないほど。ライラ・ドロシーの求めるニーズに対して真摯に応える。優秀な技術者として、可能な限り期待に応えるのは一流である証の一つ。
同時に自分の心を閉まってしまう弱さも抱えている。
ライラに言われるまま、春藍は地図を探す。技術開発局自体がとても広く、室内ながら交通機関がいくつも存在している。内部は未だに春藍でも把握できてないほど迷路となっており、改装なども頻繁に行われるため地図はよく配られる。
「ありました。これです」
「ありがと、春藍……って大きいわね」
内部だけでも広く使っている地図。春藍が言った"ベンチェルロ広場"は地図から見たらとても小さいとライラは思った。
「ここが僕達の位置です。"寮"の620号室です」
「ここ、"リョウ"って場所なのね。"宿屋"みたいなとこか」
春藍がそうであるように、ライラだって知らない言葉はある。しかし、とても似通っている言葉だ。
春藍達の場所から広場まで、春藍は線を描いてあげた。
走ってだいたい10分程度、この世界の住人ではないライラが交通機関を使用する事は"管理人"達にすぐバレるだろう。それはライラが求めている事に反する。完璧な対応をする春藍。
「じゃあ、地図をどうぞ」
「ありがとね。あんた、結構優しい奴じゃん」
地図を受け取ったライラは感謝してすぐに
「じゃあね」
「あ」
春藍の寮室から飛び出して行った。春藍は彼女から少し、話をまだ聞きたいと思っているように右手を伸ばしていた。間に合うわけがない。とっくに遅すぎた右手。
そして、どうしてライラに手を伸ばしたのかちょっと分からなくなる春藍。