一般人に襲われる時、全力で殴ったら痛いだろうなー
ドオオオォォォンッ
「はい。向こうの山の魔物、ジュプゴンを狩ったからお金頂戴」
バギイイィィッ
「どうだ。あっちの山で縄張りを作っていた、クリオスの巣を壊滅させた。お金と女をよこせ」
「女はいらないわ。全部、お金にして」
この日、マーティ・クロヴェルは騒がしくなった。狩猟が主な生活源となっているわけであるが、数年間、王国の軍隊でも討伐できなかった大型の魔物と軍勢を率いる魔物を単独で狩って来た化け物、二名を目撃した。
「も、もしや。数百年前にいたとされる戦士達の再来か…………」
「国の問題がこう片付くとは……………」
ジュプゴン、熊のような体つきで長い尻尾が生えている魔物。かなりの凶暴性があり、縄張りに入った者は生かして返さない。泳ぎも得意。
クリオス、キノコに足が生えている魔物であり、動くだけでなく植物のように増え続け、敵の水分や大地を枯らせる魔物。クリオス同士で合体し始めると強力な魔物にもなるらしい。
ライラとロイはお金を稼ぐためにテキトーに魔物の討伐依頼を引き受けて見事仕留めてみせた。五年前の自分達では苦戦する相手だったかもしれないが、相当に強くなった二人を止められる魔物はこの世界にはいなかった。
「お金が貯まったし、自由に動けそうね」
「そうだな」
相変わらず、ロイの背中には春藍が巻き付けられている。ここに来て何時間か経ったが、一向に言葉を出してくれない。何かヒントを得られればと思っているのだが、そう簡単にやってこない。
「……………ロイ」
「なんだよ」
「あんまり、大きな声を出さないでよ。バレたら大変だから」
ライラにも春藍の様子に憶測を立てていた。管理人、ブライアントワークスといった組織側とは違い、本人が傍にいても情報が少なかった彼女がここまでの推察をできたのは恐るべき事だろう。
「あたしの予想が正しいか分からないけど…………春藍は、たぶん。ここに住んでいた人」
「!?……どーゆうこった?妹だっているんだぞ!」
「考えられる可能性よ。……このマーティ・クロヴェルって世界。……正確にそうだって言えるわけじゃないけど……あいつがいた場所。あの……パイスーが昔、ここにいた場所」
「!!」
随分と前の事でも、2人はパイスーをしっかりと憶えている。ライラはパイスーとも話しているから分かる。
「分からなかった。パイスーが春藍に執拗していた理由。……春藍自身も、彼等に接していた理由。……上手く、ピースを埋めていくと春藍の状況が説明できる」
「どんな説明だ」
「春藍はハーネットという人の"RELIS"…………。ハーネットって言われても、あんたは分からないだろうけど……管理人を相手にした事がある人物で、色んな異世界を調査していた人物。パイスーとも面識があって、あいつはハーネットの事を仲間と言っていた」
ライラの読みはこの時点では100%当たっていた。
「…………それがどーゆう危険になるんだよ」
「分からないの?ハーネットがパイスーの仲間だった……ということは管理人からしたら、ハーネットはそれだけでも危険な存在」
「!」
「あたし達と管理人の関係が崩れるかもしれないし…………もしかしたら……………」
そこから先はとてもじゃないが言えない。考えたくも無い。
「……まー、止めようぜ」
「え?」
「飯を食おうぜ、飯!あそこの料理屋でテキトーに食おう!春藍、重いし疲れた!」
ロイの言葉と、強引に手を引いて料理屋に足を運ばれる。
料理屋に入ればロイはまず、春藍を降ろして椅子に座らせる。4人席で春藍とロイが隣になり、ライラが春藍と向かい合った形になった。
「ううっ…………」
「大丈夫、春藍」
「とりあえず、何から食うか…………」
春藍を心配するライラをよそにロイはガンガンと料理を注文する。かなりの大食いであり、手に入れたお金を全部使う勢いで料理を注文する。
「かしこまりましたー!オーダー入りまーす!」
ウェイトレスのメモ帳が2ページも使われるほどの量。早仕舞いするかと、厨房にいるコックが思うほどの量。
「熱は?」
「なかったぞ」
「食欲は…………」
「あるわけないだろ」
ライラの顔は心配一色。ロイはお冷を飲んでからライラに伝える。
「ライラ。お前は仲間を大事に過ぎだぞ」
「!」
「春藍を信じろよ。風邪みたいなもんだと思っておけよ、さっきの話もそうだが、管理人だろうがなんだろうが、春藍を狙う奴が現れたら俺とお前が全力で守ればいい。それだけだ」
「………………ロイって頼りになるわね」
ライラはロイの言葉を聞いて、釣られてお冷を飲む。
ロイは春藍の分のお冷に手をかけて
バシャアァァッ
「っ…………」
「飯が来るから起きろよ春藍」
「ちょっとロイ!!」
春藍の顔面にぶっかけて意識が朦朧としている彼を起こす。
「ううっ…………」
「おい、しっかりしろ!春藍!飯が来るぞ!何でも良いから食え!!」
「病人になんて事を……………」
「っ…………だ、大丈夫……………」
水をぶっかけられて目が覚めたというより、意識を取り戻したような感じだった。頭や身体に来る痛みは変わらずにキツかったが、慣れることができた。
「ロイが僕を鍛えてくれたから……………」
「当たり前だ。俺は軟弱な育て方はしねぇ」
「…………無理はしないで…………春藍」
ロイが頼んだメニューがどんどんと置かれていく。周りのお客さんたちが唖然とする量なのに、躊躇わずガンガン手をつけ始めるロイ。ライラも春藍も軽そうな料理を手にとって頂く。食べながら春藍は、ロイが食べている音よりも小さいような声で2人に話した。
「き、……記憶が……………おかしくなる」
「記憶が……?」
「……僕は…………春藍…………慶介……でいい?……………ハーネットって呼ばれる……声が聞こえる」
「!」
春藍は先ほどのライラとロイの会話を聞いていない。ライラもそれは断言できる。しかし、すぐさま推測が当たった…………。
「お、落ち着いて。春藍」
「うん…………ライラ……………」
「……それでも何か。…………思い出したことがあるならあたし達に行って。場所までなら連れて行くから」
「…………!っ……つつぅ…………」
それでも意識を断たないように頑張っている表情を見せる春藍。逆にそれがライラに心配を与えていた。
「もう、……僕をおぶらなくていいよ…………自分の足で歩くよ…………」
「見るからに不安でしかないわよ」
「……ここでそんな……弱いことしてたら………みんなに置いていかれちゃう。……僕、強くなれたんだよ………」
ロイとの特訓の成果もあるが、それ以前の経験から忍耐強くなったのだろう。
「それでこそ、男だぜ!」
「はは…………」
「春藍……………!……それより、ロイ。もうあの量を全部食べたのね…………」
「会計は俺が済ませるから気にするな」
ちょっと話している間に皿は綺麗になっていた。恐るべき早食いである。ライラ、少ししか食べていない。
ロイは会計を済ませる。コックはあの量を食べられる人間を珍しそうに見ていた。3人が外に出て、一番歩きが遅い春藍が先頭を歩く。どこかに向かいたいような気がする。
「っ…………」
しかし、フラフラ。
「あたしが肩を貸してあげる。だから、自分で歩きなさい」
「あ、ありがとう…………」
ライラが肩を貸して春藍は歩いて行く。とても遅い速度であるが、ロイにとっては良い食後の運動だったため、口も出さなかった。
春藍もどこに向かっているのか分かっていないだろう。本能に任せている歩き方をしている。その歩きだけで精一杯であった…………。
本来なら10分で行ける距離を倍以上使って進んでいる。
「………………………」
「………………………」
歩いている間。いくつかの者達が追ってきていることをライラとロイは気付いていた。気配がバレバレ、時折、姿も見える。
しかし、複数が監視していることに集中しているため、倒しにはいけない。
「管理人じゃない…………?」
「……早く仕掛けてこいよ」
ライラとロイの戦闘準備はとうにできていた。正体不明の連中を相手取るする構えだった。
「……………ここは……」
「?」
敵(?)の方に意識していたライラ。気付くと春藍が目的に場所に着いたようだが……普通の民家の前で止まった……。
「あ、……はは……………私の……家。無くなってる…………な」
「?」
「…………ライラ……。ごめん…………お願い……」
「なにかしら?」
「"ピサロ"で遠くに行きたい……………誰か……つけて来てるしね…………」
こんなにも弱りきった春藍にも気付かれる敵がいるとは…………。ライラは春藍のお願いを受け入れて、"ピサロ"で雲を作り出す。警戒が強い3人の前に相手は動き始めた。
ザザッッ
ほぼ同時に飛び出して、ライラ達を止めようとする相手方。
「なっ!?」
ロイは驚きの声をあげつつも、来る連中に拳を叩きこんで気絶させる。ライラは次の瞬間には春藍と一緒に空へと打ち上がった。
「い、一般人か!?」
「ロイ!!あたし達、先に行くけど!あとで追いなさいよ!!」
「任せろ!!」
春藍は心配そうにロイを見た後、すぐにライラに目的の方向を指差した。ロイもまた、雲が向かった方角だけを確認した。
ロイに襲い掛かる一般人はまだまだいた。
「ちっ……やりにくいぜ」
命をとったりはしない。それをするのは一般人を操っている奴にする。バレバレの気配だったのも、一般人だったからと考えれば納得する。操作している奴はきっと隠れて様子を見ているだろう。
「だが、コイツ等じゃ俺達の足止めになんねぇぞ!!」
操り人形と化した一般人達を次々と気絶させ、もうタネ切れのようだ。ロイはすぐにライラ達が向かった方角へと走っていった。
「"超人"じゃねぇ……考えられるのは"魔術"か"科学"のスタイル…………なら、ぶっちぎれば本体が俺達に追いつけねぇはずだ!」
敵を仕留められないのは心残りだが……。なるべく、3人で固まっていた方が良い。ロイの判断は正解だ。敵は人を操る能力であることが判明しており、万が一。ロイが敗れることとなればライラと春藍が絶体絶命。春藍がなにやら重要な鍵を握っていることもロイは想像できている。
「ロイ!敵はどうしたの!?」
「わかんねぇよ!人を操る能力だった!とにかく、俺も乗せろ!」
走るロイを見つけ、雲を低空飛行させてロイを拾ったライラ。
謎の敵から逃げることには成功したが、それは一時的なものだったとロイとライラは知る。
「!」
「はぁっ!?」
振り返り、遠くに見え始める王国。そのさらに向こう側から早く飛んで来る鳥類型の魔物。それも巨大な群れ。
「魔物も操るのか!!追いつかれるぞ!!ライラ!!」
「くっ…………仕方ないわね!!」
できれば魔力は消費したくない…………。あれが操られた魔物だと分かっているからなおさら、雑魚相手に消耗なんてしたくない。
「……やっぱなし!」
「は、はぁっ!?良いのかよ!」
「このまま続いたら追いつかれるけど……。それより先にあたし達が目的地に着くわ!あと一分もしないわ!ロイ!春藍をちゃんと守りなさいよ!」
ライラの雲は目的の山に突撃していった。