叫びと共に新しい冒険へ
眠りから醒め。平常心から醒ますほどの苦しみ。記録の落とし込みが春藍の脳に始まった。春藍はそんなことなど知るわけもない。
「あああああああああああああああああああああ!!!」
3月29日7時23分18秒。
春藍の悲痛な叫びが住宅タワー全体に響いた。誰よりも早く春藍の家へ駆け込んだのはアレク。
「どうした!?しっかりしろ!!」
「うわああああぁぁぁっ!!」
もがいて、苦しんで、頭を掻き毟って、春藍が暴れていた。拳を壁やら床やら家具やらに向け、ついにはアレクにも襲い掛かった。だが、アレクは軽々と春藍の拳を掴んで倒してみせる。
「どうした!!俺が分かるか!?」
「あああああああああぁぁっ!!!」
あの時の錯乱状態とはまた違うということはアレクにも分かった。
「な、何があったの!?」
「どーしたんだ!」
ライラとロイが続けて駆けつける。春藍の様子がおかしく、3人がここに来ても春藍は名前すら呼んでくれない。ただただ叫んでいた。
「うわああぁっ、離せぇぇっ!!」
「暴れるな、春藍!!」
ロイの指導もあって今の春藍は力もあって抑え付けるのが厄介である。ロイも春藍の押さえつけに協力して、必死に止める。だが、まったく春藍は変わらない。
「ど、どうしました」
「何があったんだ」
「クロネア、ラッシ!」
「丁度良いところにいたクロネア!お前、あの毒針を持っているか!?春藍に刺せ!!こいつ、分からないが暴れているんだ!!」
「分かりましたよ、アレクさん!」
クロネアはすぐに"鏃穏"を春藍の首に刺して、身体の自由を奪い取った。それでも春藍はビクビクと身体を動かそうとしていた。
「一体春藍に何が起きたのよ?」
「夢じゃなさそうだ」
痺れた身体でも頭が痛いと訴えたい仕草をする春藍。無論、声も酷く痛みを訴えているのだが、口も痺れていて何を言っているか分からない。この場にいる五人は何もできない。よく考えれば医者のような役割をしていたのは春藍だ。診てやれる奴がいない。
「少しの間、あたしが診てあげる」
「!ライラ…………」
「あたし、外に出なきゃいけないけど…………春藍がこうじゃ心配でとても満足にやれないわ」
「……お前な」
「アレクもそうでしょ!」
「…………ああ、そうだ」
今は"SDQ"の研究が重要だ。ライラとアレク、ロイはそれぞれ役割があって、春藍は研究者の一員。替えが効く人間側だ。ただし、役割という話であるが……。
「医者に診てもらったほうがいいかもしれませんね」
「精神病か何かか?」
「突然、そうなるというのはほぼ無いだろう」
クロネアも心配そうに春藍の苦しみを見てみる。クロネアも春藍とは二日前ほど出会っており、いつものような子だったと覚えている。それが突然暴れ出すとは考えられない。春藍の性格も考えればなおのことありえない。
「ううぅっ…………あああぁぁっ……」
「……………」
「い、……いかなきゃ…………」
「!」
「え?」
春藍はとても弱い声でこの場にいる五人に伝えていた。でも、一番は春藍自身に伝えているような声の出方だ。
「いかなきゃ…………」
「ちょ、ちょっと止めなさい!」
毒で身体の自由が奪われている事すら理解できていないのだろう。それでも、足ガックガックのバンビのように立ち上がろうとしていた。それをライラがしっかりと春藍の肩を持ちながら、立つ事をサポートさせてあげる。誰かが自分を支えてくれてることにようやく気付けた春藍だが、視界も聴覚もグチャグチャしている。
「いかなきゃ」
「ど、どこに行くって言うのよ!!?」
ライラの言葉に反応したわけじゃない。春藍からすると、そこに誰かがいると分かったから言葉を出した。
「………マーティ…………クロヴェルに…………行かなきゃ………」
「!」
その世界の名をハッキリとこの5人は聞いた。それから春藍は行かなきゃという言葉を頻繁に呟いて、ライラの身体に支える形をずっととっていた。ライラはその世界の名を聞いてハッとしたが、アレクとロイにはどこのことか分からない。
「マーティ・クロヴェル……そんなところがあるのか?クロネア、ラッシ」
アレクが尋ねた時。ライラとは違って、神妙な顔つきになっているクロネアとラッシ。
「あることにはあるな…………そーゆう世界がな」
「ええ」
「何かあるのか?」
「特別変わった世界というわけではありませんが………………」
特に変わった場所ではなく、その世界の名を口にした時点でクロネアには予感がきた。ラッシもおそらく同じだろう。まさか、春藍がその世界の名を知っているとは思えないし、行ったことがあるなんてなおのことないだろう。考えられる可能性が一つ浮かび、それが正しければ、管理人側の調査でも不可解であった部分の謎が解けたりもした。
「……連れて行きましょうか?ライラがいれば手配はできますが…………」
今この場で判断するのはとてもじゃないができない。これは指示を仰ぐ必要があり、彼等の前では到底口にできないことだと、クロネアは判断した。冷徹さと情け深さ、……そして、自分の無能さを感じた。
「いかなきゃ」
春藍の言葉を何度も聞いた、ライラ。何かがそこにあることは分かった。これは病気とかじゃないって……そこがなんなのか少し分かるから。
「行くわよ。あたし、春藍を連れて行ってくる」
確証じゃないけど、…………