深海の番人、ダネッサ・オルトゥルス登場と復興のドタバタ
"遊園海底"マリンブルー…………。
ポセイドンが管理している異世界である。今、ガイゲルガー・フェルの穴によって競技大会は永続的に中止となっていた。代わり行くものに人々は不安を抱き、お主様ことポセイドンに何度も連絡をいれるが通じない。ポセイドンはまだ帰還していない。
「世界は一体どうなってしまうのだ?」
「お主様もいなくなってしまったのか?」
海と深海の世界とはいえ、食料や資源は多くある。だが、問題なのは金の回り方。物資の価値の変動にある。競泳場を利用して食い繋いできたスポンサーや、破壊された船や兵器を修理するためにある会社は経営が難しくなった。経営が難しいからこそ、リスクの高い仕事も請け負えない。
暴動などは起きていないが、確実にマリンブルーは冷たい世界に変わろうとしていた。
「あーーっ……競泳場は今日もやってねぇのか」
飲むビールが不味い!!マリンブルーで飲むと結構塩味がキツイ。
酒場で1人酒をしている男がいた。この世界ではとても珍しい小麦色をした肌を持ち、"海鮮"と書かれたハチマキを額に巻き、爪楊枝を常に口に咥える青年っぽい容姿。……だが、実際の年齢は結構上の方である。
座っている席の隣には武器である槍を置いていた。
酒場のマスターはとても暇そうな顔をする彼に話しかける。
「ダネッサ。今日は海上に行かないのかい?」
「あれも悪くねぇーんだがよ、やっぱり俺は魔物をぶっ殺す方が性格にあってんだよ」
春藍達がやってきた際はマリンブルーの海上に出向いていたため、出席していなかった。
この世界ではお主様の次に名が知れ渡っている奴。"深海の番人"と呼ばれる男、ダネッサ・オルトゥルスがそこにいた。
「なんでやんねぇーのかな?……スポンサーが消えちまったのか?」
「分からないが…………ま、おそらく大元締めに何かが起きたのが有力な噂だな。お主様も返答がないところを見ると、まだまだありそうな気がするが」
「"お主様"なぁ~。なんか面白いことをまたしてくれよな~。この槍、また改造してくれねぇかなー」
「狩りに飢えた人間が平和になると、ダメ人間になるいい例だな。ダネッサ」
「ああ、そうだ……狩りがねぇと…………!!!」
店主の言葉に閃いたダネッサは突如立ち上がる。
「狩りができねぇと思っていたが……いや、できる!!」
「あ?」
「なんて俺は馬鹿なんだ!!」
「いや、お前は馬鹿な部類じゃないのか?深海の番人」
「俺達で競泳場を作り出せばいいんだよ!!俺達が上手く、狩りができて、それで飯と酒がいただける。みんなに仕事も作れる歯車を作ればいいんだ!!」
簡単に解決できることを言うが、
「それができないから……」
「馬鹿野郎!できないって言ったら永久にできねぇー!!俺は嫌だぜ、競泳場がないマリンブルーなんて、ただの海パンとビキニと海しかねぇー世界じゃねぇーか!!そうだ、写真集とかも売れるんじゃねぇーの?俺の肉体美って美しいだろ!」
「お、お前の写真集なんぞいらんわ」
「こーなったら、色んな奴に声かけてくるぜ!」
「あ、……おい!……金払えよ!!」
ダネッサは馬鹿であるが、行動はやってくれる男である。
思い立ったら、知り合いに声を掛けまくって競泳場をマリンブルー独自に生み出そうとしていた。
「やれやれ…………お前は目立ちたいだけだろう。ほぼ独壇場だろうしな」
酒場の店主はタダ食いしたダネッサを許してやった。
それが良かったのか分からないが、ダネッサの声に人々は元気を取り戻していく。ポセイドンがいないという状況でありながら、マリンブルーの人達は纏り始めた。行動ややる気を引き出すダネッサがいて、ダネッサの馬鹿な頭を補う人達もちゃんとこのマリンブルーにいてくれた。
止まっていたお金の流れ、心にくる熱気も蘇ってきて、マリンブルーはこの危機を乗り越えたのだった。
管理人はちゃんと人類を育成していた…………。
このダネッサが表舞台に出てくるのはまだ先の話である。
……………そして、フォーワールド。アレクとクロネアの演説からすぐに復興作業が全員で行われた。異世界から派遣されたダグリオンの大工職人達。広東とヒュール、ロイの代理を務めているタドマールの住民等でこの異世界での新たなルール(法律)作り。
ラッシと麒麟が出したフォーワールドの土地情報を下に、住宅区と労働区の作成。謡歌等、教職員達は子供達への教育や相談事を引き受け、山佐やタドマールの戦士達が資材の運送を行う。一般人達は昼と夜の炊き出し準備や寝床の作成、瓦礫の掃除などを行った。ほとんどの人類に金が与えられない労働が決められ、汗を流して復興に取り組んだ。これだけの人数がいるわけだが、被害はとても大きくまるで進んでいない。だが、一日というのはこんなものだ。
「だいたい、形になってきたか」
「そうだね。初日でこれならいいかもしれない」
アレクとクロネアは復興対策本部(仮)のプレハブに入って、今後の動きを入念に話し合っていた。山佐やタドマールの戦士達といった肉体労働派はラッシと麒麟と共にまず、居住区の建築を進めさせたかった。だが、居住区と予定している場所は未だにゴミが多い。準備に復興の主力は当てているが、あまり人数を当てていない。整備の仕事に一般市民に回しているが、数がいるだけで効率が良いとは言えない。一般市民に効率的な指示や、指導ができる優秀な人材がいない。
「春藍がいれば少しは変わるんだがな…………」
「…………彼、大丈夫なの?」
「ライラとロイに任せている。死んだらあいつ等が俺に連絡するだろう…………」
部下の心配を少ししたアレク。だが、春藍がいないという現実を受け止めてなんとか人材を考えている。アレクは未来構築だけでなく、一般市民達がより強力な労働力になるような科学を作り出してもいる。アレクの負担は周囲に見えていないが、とてつもなく多いのだ。戦争からほとんど寝ずに作業をしているのはアレク1人だけなのだ。
「仕方ないですね」
「!クロネア…………」
「管理人の櫛永さんに声を掛けてみます。あの人の魔術、"パゥチュー・エンチュー"で居住区を設営する地の瓦礫をどかすくらいのことはできるはずです」
「……あのコタツ好きの管理人か。徴集する能力なら確かに手早くやれそうだな……」
管理人側も今、バタバタしていると聞いている。ホントにやれるのか?なんて、普通は聞くのだが
「呼べ。クロネア。今は向こうの事情なんて知ったこっちゃねぇ」
「当然。私の手腕で呼んでみせます」
窮地にある人類はどんな事情だろうと自分達を優先する。
クロネアはラッシにも声を掛け、共に櫛永が管理している世界に乗り込んでいった。
「櫛永、俺達についてこいよ」
「ラッシく~ん、なんで私にその危ない右腕を向けるんです?私、戦闘タイプの管理人じゃないので止めてください。死んでしまいます」
プスッ
「ク、クロネア…………なぜ、私に毒塗りのダーツを刺すのかな?」
「面倒なので気絶させてから運びますね」
「私、君達よりランクが高いんだけど…………酷くない?」
毒で身体の自由を奪った櫛永を袋詰めしてフォーワールドに持ち帰るクロネアとラッシ。手腕とか言っておきながら、完全な力で管理人を誘拐する。ちょっとした事件である。
助けて欲しいっと訴える時間がもったいない。助けろよっと、暴力に出る。なんかの矛盾であるがいざという時は必要な行動である。実力行使で助けを求めるという奴は…………。
「で。連れて来ました。櫛永さん」
「ここらへんのゴミを全部、あっちまで運んでくれよ」
「私はショベルカーとかじゃないんですけどね?」
「あなたの"パゥチュー・エンチュー"という魔術名はこれから、"ショベルカー"に改名するのはどうでしょう?」
「嫌に決まってんでしょ。私、仕事が残っているから帰りたいんだけど」
フォーワールドに初めてやってきて、いきなりゴミ掃除をお願いされる櫛永。管理人のため、報告は届いているが本当にすんごい状況だった。それでも、櫛永に視線をやる人間達はここで生きてやろうという気持ちが出ていて。
「書類、……作る仕事があるから、あとでゼブラか今井を貸してよね?」
「2人の手が空いたらいいですよ」
櫛永はいちお、来るのか分からない報酬を予約してから実行する。
別に報酬のためにするつもりではない。管理人としての職務でやってやる。
「よっ!」
サポート向きの能力であるため、管理人としての評価はされにくい。なぜなら必要とされる場面があまりにも限られており、単独では価値がつきにくい。
それでも物体の転送能力、転送量、転送できる距離。保有する魔力の総量も、ラッシやクロネアを上回っている。
ガジャジャジャジャーーー
桂、龍、蒲生などの管理人は明らかに戦争のためにいる管理人。
ガイゲルガー・フェル、粕珠、ポセイドンなどの管理人は裁きを下す管理人。
そして、櫛永、朴、リップル相馬、フルメガン・ノイドなどの管理人は復興や再建にいる管理人。
復興とかがなければ価値がない。でも、復興なんて言葉を使うことが起きないのが一番良い。
平和を作るって言葉も……なんか変な気がする。
「ふぅー……疲れたー…………」
「お疲れ様です。少し休んだらまたお願いします」
「へー。帰らせてくれないの?クロネアはどSな社長キャラだね」
柿とか蜜柑といった小さくて軽い物ならそこまで魔力を使わないで済むが、重たくいろんな物質が混ざった物は重労働。櫛永1人で居住区を作る予定の土地の瓦礫を別の場所に移動させることができたが、櫛永の魔力はもうスッカラカン。まだ瓦礫やゴミは多くある。
「お薬打って魔力を回復させてあげますね」
「凄く嫌な予感がするから止めてよ、クロネア。私は社蓄じゃない」
クロネアは一時的に魔力を回復できる薬を櫛永に与えようとしたが、これを拒否された。ちっ、コキ使ってやろうと思ったのに…………。なんて黒いことを考えているに違いない。
櫛永が作ってくれた土地に素早くダグリオンの大工職人達が入っていく。居住区を作り出す事もそうだし、まだプレハブに過ぎない復興対策本部(仮)をちゃんとした施設にするための作業も行う。建築はスピード重視だった。災害ではなく戦争で失った土地であるため、よっぽどのことがない限り崩壊がない。多少の耐久性は削っての建築が行われていた。
「ちょっと、回復したから次はどこの土地を空けるんだい?」
「それなら労働区ですね。さっさとやってください」
「あー、凄く扱いが雑になってきたねー。クロネアー」
櫛永はさらに労働区とされる土地の瓦礫もどかし、今井を借りて元の異世界に帰っていった。とても疲れた顔をして帰っていった。
「もっと仕事をさせたかったんですがねー」
「どSだなクロネア…………だが、櫛永の力はまだ少し借りたかったぜ」
「いえいえ、これくらいで十分なんですよ。ラッシ」
「?なんでだ?」
「アレクさんと少し話しましてね…………」
いちお、全力で管理人達が復旧すると代行である朴も言っていたが。全世界で起こっている混乱を防ぐため、フォーワールドに復興部隊の管理人が集中できないこと。コタツに入りっぱなしで暇そうな櫛永が忙しいという状況も結構異常である。単純な管理人の数の不足が原因で櫛永も長時間いられない。
もう一つにフォーワールドに労働を生み出すため、少しの場所だけで十分であることだ。
櫛永のような管理人が100名いたら、二週間ほどで再建できるだろう。だが、それではきっと人類は危機を心で理解しきれず、恐怖だけが残る。
この困難をほとんど自力で成し得ることが人類の心の強さに繫がるとアレクは感じていた。無論、管理人の力がなければ復興はまるで進まない。その匙加減が少し難しいが……居住区と労働区に少しだけ土地が生まれれば十分だと、クロネアは思えて決めた。
「一般市民にもっと復興させる科学を生産するそうです」
「……じゃあ、あの労働区に技術開発局みたいなのを作るのか?誰がそんな科学を……」
「アレクさんが作るそうです」
「あいつまだ寝てもしねぇーだろ……。大丈夫なのかよ!?」
「意外に心配するんですね」
「う、うっせー!!」
労働区にも大工職人が入る。そして、アレクも疲れた顔をして現場に入ってどんな物が必要か自ら訴えていた。
それを確認してクロネアはラッシの腕を引っ張った。
「私達はここにいても意味ないです。ほら、別の場所で働きますよ」
「お、おう…………」