人類決起
全員が出席したわけではない。ただ、おそらく。ここがもっとも人が集まっているから話、周知を行うのだ。
食事を摂った後、元気を取り戻しただけで大勢の人間は仕事を持っていない。役割がない無職。しかし、ニートではない。何かの為に立ちたいという意志があるからだ。ニートとはゴミクズ。
人々はアレク・サンドリューと、管理人のクロネアから話しがあるというだけでそこで立ち止まり待った。人間からしたら彼がやっぱりここのリーダーで、管理人からしたら彼がやっぱりリーダーだからだ。
「どっちがマイクを握る?」
「……君でいいよ。アレク………私は後でいい」
「訊かなきゃ良かった」
まずはアレクから喋ることとなった。
部下の相手なら躊躇わず、言葉もそこまで選ばず、理論さえ伝えれば良かった。だが、目の前にいるのは部下だけじゃない。その家族、ここの人間、タドマール達の人々、……………。
俺の一言一言が全員の命に掛かっている。それは全てに命を賭けている…………。上司じゃ、軽すぎる役割だろう。
コォォンッ
「皆知っていると思うが、念のために自己紹介をする。俺は元、技術開発局の主任。アレク・サンドリューだ」
マイクに通した声は頭で考えていることを丁寧に分かりやすくハッキリしていたと住民達は思った。アレクの緊張をまったく感じ取れなかった。
「俺は何もできなかった…………。こんな世界になっちまったことが、辛い。やっぱり、俺に力がなかった。…………だが、こうなって分かる。俺の1人の力じゃどうにも世界は変えられない。守れない。またこんな時代が訪れるかもしれない」
アレクの役割はみんなが希望を持ち始めた心をさらに膨らませること、役割と仕事を与えるためだ。まだ細かく誰をどこに当てればいいかできない。とりあえず、大きな目標を作り出すことが彼の役目。
「その時代が万が一来た時。俺達がやったことで再建しよう!どんな力にも立ち上がれる、蘇られる。それだけの力が俺達、人間達にあることを証明しよう!!歴史に刻む、復興を成し遂げよう!!」
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ」
「また、元のフォーワールドを作り上げること!科学の異世界を作り出すこと!!仕事に溢れ、科学に溢れ、平和に満ちていた世界を再び、俺達の手で作るのだ!!」
アレクの今の演説は中身をスッと抜いている。全員の気持ちを再確認する言葉であった。湧き上がり、興奮する者達の意志は本物だと察した時。アレクは復興を行うための手段を発表する。やる気だけでは限界もあるし、無駄もある。まだヒュールや広東達と打ち合わせは済ませていないが、漠然と建てたい施設があった。
「これより、フォーワールドの再建作業を本格化させる。それに当たって皆には大変なことを強い
るだろう。まず、我々に必要なのは"復興対策本部"だと俺は考えている!」
アレクはまだ自分で整理し尽せていない案を慎重に分かりやすく住民達に説明していく。
「これにはヒュール・バルト、山佐、広東の三名にもしっかりと加わってもらう。復興をどのように行ない、その間に皆にキッチリと労働をしてもらうための施設の建設!周りを見れば家も仕事場もない!水も食料も、大きく他の世界から輸入しているという状態!!」
アレクはこの0となったフォーワールドを上手に作り変えようと計画していた。先日やってきたタドマールの住民達をどこに住まわせるか話し合った時も、彼等を住まわせる土地がないことが課題であった。居住区の開拓や労働区の見直しも必要だと住民達に伝えた。
そして、万が一の事態に備え、自足自給ができるような農地や農村の設営も話しに加えた。タドマールの住民達の中には農業に精通している者もいた。
「まだ細かい流れは決めてはいないが、どうかみんなの力を貸してほしい。必ず、この世界が復興する政策を執り行う!しばし、俺の考えに賛同してくれ!」
アレクの言葉は確かな真実ではない。それでも、真実に辿り着ける道を作る言葉。彼が作り出す道を歩ければきっと復興は成功するのではないかという希望が詰まっていた。
まだ、彼自身も考えなければいけない事は沢山あると言っていた。山積みだらけ…………。でも、全てに答えを出していたら何も始まらない。少し、小さい、ほんのちょっぴりでも、進む道を彼に全員が託した。
「アレク、良い言葉だね」
「よせよ。俺はこーゆう柄じゃない」
「……どうかな?私は君を知っているから、似合っているって思うよ」
「俺は"科学"に目をやっていきたい……。ふっ…………」
クロネアの言葉に否定したいアレク。たった一つの世界でしかないが、人類のトップに彼が就任した。時期が来たら、ヒュールでも誰でも良いからぶん投げたいと思っていながら、早く復興するなら自分の頭と腕に賭けた方が良いと自信に満ちていた。
アレクの演説で熱が上がった後、マイクを握ったのはクロネアだった。まだ、熱く声が飛び交う中でクロネアは発言する。
「管理人、クロネアより。皆様にお話したいことがあります」
たったそれだけで場の熱が落ち着き始めた。
「アレクも述べていたが、このフォーワールドを管理している責任者として、私達管理人の力不足でこのような結末となった。邪悪は完全に滅ぼしたが、犠牲を出してしまい大変申し訳ない。命を失った者、家族を失った者…………多くの者達が、いろんな物を抱える惨事だった」
クロネアの言葉はアレクのとは違い、教養や諭させるような声で人々に伝えた。特にここにいる者達は分かっていない。悪というのが、ただ自分の中にある嫌いや妬みと言った感情がそれを指すのだろうと思っている。それはそれでしかなく。人間が人間と接することで生まれるゴミのような存在である。悪というのはゴミではなく、害悪であるため非常に消すのにも見出すことにも苦労する。
「私はシェルター内で皆様を警護し、その中にいた人達はなぜこのような事が起きているのか疑問を抱いていました。私はその場で答えることはできましたが、それを伝える時に適していなかった。決して逃げていたわけではないのです……………」
クロネアの視線が一瞬、ヒュールにいった。そして、すぐに住民達に向けた。
「……彼等。管理人と対立していた組織の名は、"黒リリスの一団"。あなた方と同じ人間達による、管理人に対する暴動と言うとしっくり来る事でしょう」
クロネアの言葉を理解できる人間とできない人間もいる。特に子供はまだ善悪を理解できていない。それでも、クロネアは精一杯の言葉を、人々に伝えたかった。
「あなた方も私達、異端な者に管理されることに不満を持ったことはあるでしょう。先ほど演説したアレク主任と私達は犬猿の仲とも言えます。しかし、それはあくまで価値の違いに過ぎない。個性や主義、目的の齟齬による不満や意見のぶつかり合いです」
人々は彼の言葉を聞いて少し動いたことのある感情を思い出した。
「それは命ある者として、当然の善の行ない。生きていると知れる大切な感情です。悪という言葉ではない。私の意見、管理人としての見解…………人間の皆様が理解して欲しいと思います。では、"黒リリスの一団"がどうして悪か……どうして我々が悪と呼んでいるのか?それについてご説明します。私情や、管理人としての理由は一切ないと先に言及します」
重要なところにヒュールを含め、"黒リリスの一団"について、耳を向けた。私情抜きでの、悪という。クロネアが使った言葉は……………
「彼等は自分本位、自分勝手であるからです」
「……………………」
単純な答えを言われ、多くのみんなが口を閉ざしたままであった。それでも、クロネアは続ける。
「世界は、今持っている魂一つと自分1人では存在していません。私が皆様に話すよう、皆様が私の言葉に耳を傾けるように。数多く存在してこそ、家族や友達、家や仕事があってこそ世界という形が生まれているのです。彼等は…………特に彼等のトップ。パイスーという男は自分が最も強い生命体と訴えるため、我々に戦争をふっかけました。その行ないは完全な自己満足でしかなく、夢というより願望です。素晴らしい志と思えますが、同時にどんなものでも歪めてでもなってみせる邪悪」
決して夢を抱くな……とは言っていない。限度を考えろ。っと警告している。
「自分のためだけで何もかも潰す。それが黒リリスの一団の正体。同時に今の私達とは違い、未来を考えていないという、力だけを誇示する革命家。改革派。壊す事だけで何かが変わると思っている人間達は、自分で何も変えられない。結果招いたのが死という道だけです。それこそ、愚かな逃げ。生まれている世界から逃げていることです」
そうクロネアは言っているが、今。管理人がこのような言葉を使っている時点で彼等が与えた影響力はある。それに気付かない振りをしているだけである。
だが、これらを聞いている人間達にはそんなことが分かるはずもない。クロネアの言葉には確かな正義があるからだ。
「これが我々が潰すべき、根絶すべきと判断した邪悪な組織の中身です。中身なんてない組織です!……この世界を潰してまで、葬る結果となりまして誠に申し訳ございませんが。今、再び平和になれるという予兆がこれで生まれました!私からはこれで以上です!!」
アレクのような歓声が上がる演説ではなく、誰が最初にやったか分からないが。拍手をした途端に全体に広がった。
正義が勝ったかのような演説であったからこそ。平和になれるという言葉があったからこそ。人々の心はとても嬉しくなれた。…………ただ1人を除いて…………
「クロネア殿!」
「!ヒュール」
「……この場で一つ、質問に答えていただきたいですぞ。これだけ人が集まった中で、管理人としての答えを出していただきたいですぞ」
「……………どーゆう質問かにもよりますが」
「いえ、ここで答えて頂きますぞ!!良いな、アレク!」
ヒュールはクロネアだけでなく、先ほど演説したアレクにも言葉を投げた。アレクは首を縦に振って了承した。クロネア自身も言っている。二人は犬猿の仲であるって……………。アレクのキツイ視線にクロネアも気付いて渋々答える覚悟を作った。
「"黒リリスの一団"に関して…………私は子供達ならず、成人も含め教育分野の責任者故、あなた方がなぜ彼等の力を上回る力で押し潰したのかという疑問に答えて頂きたいですぞ!」
「…………………」
「なぜ、力だけしか解決する術がなかったのですぞ!?あなたの演説は素晴らしいと思える反面、あなたの言葉があるなら救える者が多くいたのではないのか!!?」
ヒュールの質問は演説によって生み出された歓喜な拍手が沈む、厄介な質問であった。
クロネアは少しだけ唇を噛んだ。だが、ヒュールは畳み掛けるように言葉を出した。
「"黒リリスの一団"も我々と同じ人間ですとおっしゃった。なら、こんな戦争が起こる前に止められたはずですぞ。言葉は力に勝てないと、あなた自身認めているようなものですぞ!……私は……………私は。今、管理人とは良好な関係を築きあげられないと思っておりますですぞ!!」
クロネアは思考を続ける…………。