だから、……勝手に死なないでよ。寂しいじゃんかよ
そこは最強を求めた男の終着点だった。
強いと確信する奴を倒すことが目標。勝利のみが結果であり、繫がる道だった。
桂、ポセイドン、アレク、ロイ、ライラの五名を倒すほどの実力を持つパイスーの強さはこの世代。間違いなく、管理人、人類、他の生命体よりも強い。
グラフや表なんかでは現せないが、人の目と記憶が強さを確信させる。他人も自分も、並ぶ者がいないと思っていた。
だが、それは"この世代"の話であり、死しか行く道がないパイスーはもう次の世代に編入されない。最強という椅子に座りこそしたが、次の瞬間には椅子が消えてしまった。パイスーも候補から落ちてしまった。
最強とは、"いつも一番ではない"…………。必ず常に、その席が確保されている存在や定義など。周りが本気ではないから、周りが知らないから、もしくは自分1人が逸脱してズレているだけ。席を譲ること、空けられることで最強という定義は生まれる。
「これで良かったんだぜ」
パイスーはとても短い言葉だけ春藍に伝えた。
……パイスーの求める最強は成就した。求めが叶うことは強者でも勝者でも難しい事だ。
もう最強ではないが、たった一時。誰が座るか分からない、強さと書かれた一席に自分が座った。
ザラマや梁河も一度はその席に座りたかった。けど、彼等にはその情熱だけでも座る資格がなかった。生まれてきた瞬間からそれほどの才能がなかった。パイスーにはそれがあった。そして、それだけではなく、追い求め、勝利に飢え、戦うことを生き甲斐とし、世界の歯車をも壊してしまうほど異常者となった。
覚悟と呼ぶべきではないが、……最強という冠には覚悟という言葉こそ相応しく……。パイスーの心と身体は最強になりたいという覚悟であり続けたから、それに届いた。
生易しい道ではなかった。傷だらけになる道を歩き…………パイスーの身体がそれを物語る。両足、両腕を失い、身体を焼かれてでも得たかった。痛んでも欲しかったなんて…………。
それは間違っているよなんて、凡人だけが思う言葉だ。パイスーは大変に逸脱した異常者、狂人。同時に人類に1人しかない本物の天才であった。
バヂイィッ
春藍はパイスーの体を修復する…………。斬られた傷を"創意工夫"で閉じる……だけれど、もう遅いって分かっていてもパイスーを助けたかった。
「助けるからさ…………パイスー」
「……震えた声出すな……分かってんじゃねぇーか」
最強を求めて、成し得た体と魂はこんな有様でもとても死ぬような感じではなかった。パイスーも思ったより、自分の体が頑丈だと知った。けど、もう終わったんだ。
「戦えない俺は、俺じゃねぇ」
「!」
「人間、取り得は一つくらいだけだぜ…………はは。戦うしかなかった俺が、最強になれたから。よかったんだ。春藍。なぁ……ハーネット」
「!……?…………パイスー……」
「はははは………気にすんなよ」
パイスーとザラマ、梁河の3人は春藍慶介がハーネットであるという事実を知っている。だが、まだその本人に自覚がない。記憶が辿り着いていない。今はまだ春藍慶介だということだ。
こんな死ぬ時にそんなどーでもいい話。信じてくれない話をパイスーがするわけがない。
「あの時言ったけど……、勝ったのによ。殺したのによ…………お前を迎え入れるまでの力がなかった。……意志もなかったんだ」
「………………」
「戦うことだけの俺だった…………。誰かを守ったり、救ったり……奪ったりできねぇ、本当に不器用な奴だった」
「…………でも、パイスーは僕にいろいろと教えてくれた。僕に見せてくれた」
「………………」
「パイスーみたいな人にはこんな道を歩ませたくない。力をあるぬところへ向ければ世界はこんなにも壊れてしまう。パイスーも死んでしまう。嫌だよ……。僕は嫌だったよ」
「痛くねぇだろ?……泣くなよ。涙を落とすんじゃねぇよ、男だろ?なぁ?」
「だって、パイスー!!死ぬんだよ!!泣いてる、友達が!!仲間が!!ここにいるんだよ!!泣かない奴なんているもんか!!」
春藍の表情はグジャグジャになっていた。涙も鼻水も、声もボロボロだった。パイスーの身体がとても冷たくて、血もまったくないというのに、喋っているだけでも奇跡的なのに……彼が助かるという奇跡が起きてくれない。強さが自分にはない。
そして、救えた先で彼を助けられる術もない。きっとお荷物になるだけ。
気持ちだけでは何も変えられないと、今日一日でいくつも思った春藍。
「僕は嫌だよ!パイスーみたいに強くなりたかった!生きてみたかった!自由な君が、とても憧れで。こんな状況でも、受け入れる強さに…………凄くて、なりたかった。出会えただけで、とても良かった。同時に今別れることにとても悲しい。もう会えないよ……思うだけ、心が痛いよ」
自分に泣いてくれる人間を見るのは初めてだった。パイスーも何を言えばいいか少し分からなかった。ちょっと美化しすぎだろって……退いている自分もいる。
「…………ははっ」
でも、悪くねぇなって。受け入れた笑顔を出すパイスー。
「大丈夫だ………」
「パイスー」
「お前はまだ生きている。……いや、今。お前が俺のおかげで生まれたってところだ。もうお前で生きろよ。世界を、……わかんねぇ災害でも、人間問題でも。なんでもかんでも救ってみせろよ」
「…………うん……」
「必ず死は来る。死ぬまで俺が俺であるため、生きてみるのが……きっと良い」
救えなかった数はきっと多い
「寝るから。もう何もするな……落ち着けねぇ……」
「……………」
ただ救えなかったままにしたくない。そう決心するのに、どれだけの覚悟がいるだろうか?
「……………………」
瞳を閉じたパイスーは温かな春藍の手をずっと感じていた。死ぬまでずっと、その小刻みに揺れている手がいて……。
感じているだけで生きているという温かい気持ちがあった。
心地よいと思えた……戦闘の狂気が癒されていく。それがパイスーの生命力をゆっくりと奪っていき……。徐々に感じられる温度が分からなくなる。それでもパイスーには春藍の手が離れたという気持ちはなかった。ずっと、死ぬまでいてくれる。葬ってくれる仲間がここにいるって……。
「……パイスー…………」
「…………………」
動くことも、喋ることも失ったパイスー…………。
それでも表情はとても……幸せそうだった。
仲間が傍にいたからだと思わせる表情だった……。良いんだって言っていた理由が分かる。
春藍は悲しみがあったけど、これはきっと消えてしまう悲しみだってここで思えた。彼が彼であったんだ。
こう死んでよかったって思える。
パイスー…………最強となり、最強から陥落し……28分54秒後に死亡。
夢叶え朽ちていった。
多くの世界に影響を与えた男はやはり死ぬ……。それでも死ぬ。死んでもなお、人々に影響を与えた人物だった。
おやすみ、パイスー。最強だったんだよ。僕は史にそう刻んでいるよ。
春藍は心の中で呟いた……。