人類に立ちふさがった粕珠
「あー…………」
粕珠は空から地上に落ちて行く間にいくつもの死霊を見た。
「あ」
ふつふつと込み上げる。手を伸ばして誰かが助けてくれるのか?誰か、この自然落下を止めてくれるのだろうか?
雲に映る幻影達は粕珠を冷たく睨んでいた…………。
ドガアアアァァァァッッ
墜落した幼女はボロボロになった。意識が飛んだことによって、粕珠が使用していた科学は停止した。……粕珠は死んだのだ。
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生まれるという事は涙を知って、笑顔を知って、痛みを知って。
どこに繫がっているか分からないけど、…………生まれた事はこれから何かを知ること。過ぎ去り、やってくる未来に立ち向かう状態。
『脳の回路が狂っています。……なんて思うかもしれませんが、彼女は正常です。どこをとっても人間です』
粕珠は笑顔を持っていた。涙も持っていた。痛みも持っていた。
『"サイコパス"を患った人間。ええ…………そうです、異常に見えるかも思えます。私も思います。ですが、彼女は。彼等は人間なのです。どーしましょう?』
精神病質=サイコパス。
正常とされる人格から逸脱している精神状態。先天的に授かるケースが多くある。つまり、才能である。悪い才能と書くとサマになる。努力やラッキーよりも妬ましい、各々の素質の一つに当たるサイコパスを秘めていた。
『この世には嬉しくない才能もあるのです。凡人や劣等、サイコパス、身体欠損……優れている事だけじゃない……おっと。……ふふ。勘違い。才能ではなく、"先天的な不幸"と言うべきですね。人は皆、優れた素質を才能と言いますから』
彼女は好きで患っているわけではない。誰もそーでありたくはない。けど、しょうがないんだ。努力や訓練、治療でどうにかなるわけがない。そもそも。こんな自分を救いたいって思う奴がいる?いる?ねぇ?ねぇ?答えてよ?
サイコパスな私が救われる社会って何?どーんな社会?どーんな世界?それであり続ける自分が消えたら悲しい自分がいるのに、社会はあり続ける自分に消えて欲しいって……………。
苦しいんだ!!
どうにもならない!!
……………言っても分からないよ。自分が狂っているから。正常だって思って狂っているから。だから、諦めて自分は自分を信じることだけに…………。
この狂気と思われる幸せに包まれる事だけを願って。
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「はっ………」
粕珠は目覚めた。そして、助けてくれたのか?と疑いたくなる目を見せる連中がいた。
春藍、ライラ、パイスー、リア、インティ、ザラマ、梁河。
合計7名が、粕珠の目覚めを待っていたのだ。だが、それを歓迎している者は誰一人もいなかった。治療に当たったのは春藍であった。潰された両手もグローミ・シソーラスを用いた攻撃であったため、解除されれば回復する。
「だ、大丈夫……?痛いところはまだある…………?」
理解不能。
完全に理解できない。一度気絶したせいで奴等が喰らっていたダメージはなくなったが、自分を助ける理由がどこにある。しかも、こいつ以外のほとんどが不審な目を持っていた。
「悪いがおかしな辞書や、変な施設は破壊させてもらった」
「つまり、どう足掻いてもここから助からない事ですわ」
「治療してやったがこれから起こることは変わりねぇーぞ」
科学使いにとって、武器を奪われたことは無能を意味する。粕珠は結局目覚める事ができただけと知った。その状態にさせたのはきっと治療したこのガキだと察した。春藍が口を開いた時、非常に嫌気がさした。
「あの…………先に。僕から君に言う」
「なに……」
「話をしよう。君はきっと僕が嫌いだと思う。だけど、その…………」
「ハッキリと言うべ」
「き、君が助からないと分かるから、君がどうしてこんな事をしていたか聞きたい。嘘はつかないで。君がいるから何かヒントをもらえる気がするんだ」
具体的になんの?…………。
「ただ世界を救うだけじゃ、戦うだけじゃ報われない現実を打開するための一歩を、君が持っている気がする」
「………………………」
「僕とライラは自然災害を止めたい。パイスー達は管理社会から出たい。けど、そーゆう二つを実現できても本当に人の為になるか分からない。色々な意見が必要だって僕は思っている。粕珠には僕やパイスーとは違う景色が見えると思うから、教えて欲しいんだ」
いちいちムカつく。
「君が生きていて良かったなーって思える出来事って何?」
殺人鬼の幸せを問うた少年がここにいる。そんなもの狂人である粕珠にとっては一つである。
「お前等を殺したり、甚振ることだべ」
「………………」
常識とは正反対にいる粕珠。だが、常識とは多数決で多い方でしかないことだ。逸脱していることは認めるが……。自分がいずれ死ぬって分かっている彼女は焦りよりも挑発をしてやった。サイコーに胸の気分を悪くしてやろうという顔だった。
「無理だべぇ。人間も管理人も大差ない。全てが丸く収まる結果なんざ存在しねぇーべ」
パイスー達に言っているわけではない。春藍だけに集中して言っていた。このガキのムカつき具合がハンパじゃない。自分の頭を指でさしながら、
「このクソッタレの脳みそが答えている幸福が、お前等の死だべ。死ね。もがけ。苦しめ。泣け。疲れろ。悩め。悔やめ。はははは」
「………………うん」
「あたちーはあんた達とも仲良くなれねーべ。どうせ誰とも付き合わない。うっとうしいのは嫌いなんだべ」
科学を奪われているから死ぬ術もない。殺される事をイメージしている。ザマーミロと言いたげな表情でいた粕珠に、春藍はようやく言葉を出した。とっても純粋かつ残酷に
「じゃあ、粕珠が死んで……本当に死んじゃって、後悔してしまうような。人間達の世界を僕達は作り出すよ」
「………………あ?」
「僕達はやってみる。粕珠が後悔するほど、死ななきゃ良かったって思える良い世界を作り出してみる」
キレもせず。また、いないことを残念がるでもない。分かっていないクソガキ。こいつもビョーキだと粕珠は知れた。無理だろって言っているのになぜ、なぜ。こいつは自分と同じように、自分が消える事を嬉しがっている?そーゆう奴じゃない。人や管理人が死んで喜ぶような奴じゃない。
はるか先を見ている。
粕珠たった一人の命が消えるだけで、大きく世界が変わってくれることに喜んでいる気がした。助けておいてなんて奴だ。
「ごめんね。それだけを言いたかった。サヨウナラ」
「っ…………ふん」
「あとは俺がやってやるよ、春藍」
「待てパイスー。こいつ、何か言いたそうだ」
ザラマが少し止めてくれたことで粕珠は思いかけたことを言ってやった。
「やってみるべえええぇぇ!!クソ人間共!!!人間達は自分が正義だって思っているべ!!自分だけ報われればいい!!幸せであればいい!!自由であればいい!!本当の世界は、生きている自分だけしか存在しないんだべぇぇ!!」
絶対不可能を宣言した後、
「あの世で!!クソ人間共の進歩を見届けてやるべぇぇ!!ひゃはははははははははは!!!不様に消えるんじゃないべ!!クソ人間代表共!!」
ドガアアァァッ
粕珠はエールを送って、黄泉へと向かっていた……………。粕珠、死亡……。